the original sin 











きっと・・・あなたを殺してしまう















少女が青年の胸に顔を寄せた。
常日頃なら人の気配に敏感な彼も少女には気を許しているのか、何の反応も示さず眠りの中を漂っている。

緩やかに上下する胸
規則正しい心音

少女は昼とは似ても似つかぬ物憂げな表情で上体をベッドから起こし、身体を捻って自分のすぐ横で眠る青年を見下ろした。
その白い腕が躊躇いがちに青年の咽に触れる。
そして―――
「・・リ・・・ナ・」
ビクン
青年の声にその手が引き戻される。
寝言で呼ばれた自分の名。
震える両手を握りしめ数回深呼吸を繰り返す。
少女はもう一度青年の寝顔を覗き込むと、ベッドを抜け出しシャワー室へ姿を消した。





「別れて欲しいの―――」
起き抜けに掛けられた言葉にガウリイが立ち竦む。
リナとガウリイが「保護者」と「被保護者」の関係から抜け出したのは少し前のこと。
「な・・に・・を・・」
ガウリイが咽の奥に絡みついた言葉を無理矢理絞り出す。
突然の事に思考はマヒし、ただリナを見つめるだけ。
その目をしっかりと見返してリナはもう一度口を開いた。
「あたしと別れて」
「何故!」
問い返される声は悲鳴に近かった。



「―――ガウリイは知らないから・・・本当のあたしを」



「本当の?」
リナはゆっくりとガウリイに近づくと、その手を取りを自分の頬に押し当てる。
「雷撃(モノ・ヴォルト)」
「ガッ・・」
短い悲鳴を上げて床に崩れ落ちるガウリイ。
その身体にのし掛かるようにしてリナがガウリイの咽に両手を当てた。
「身体・・・動かないでしょう?
あたしが毎晩あなたの横で何を考えてたか教えてあげる」
伏せられた睫毛が赤い光を隠し、その表情をわかりにくいものに変える。
「毎晩毎晩、あなたを殺す事ばかり。
ガウリイってば全然あたしを警戒してないんだもん。幾らでも殺せた」
「な・・ぜ・・」
それはひどく掠れて聞き取り辛らかったがリナにはきちんと伝わったらしい。
何がおかしいのかクスクスと笑い出した。
「不思議?そうねあたしも不思議よ。
自分がこんなに欲が深いと思わなかったわ」
あどけない笑みのまま、リナは両手に少しずつ力を込めていく。
「始めは側に居られればそれだけでよかった。でもすぐにそれでは足りなくなった。
恋人?それも駄目」
苦しげに顔を歪めるガウリイを愛おしげに見つめる。
「いつかあなたが別れたいといったら?
もうあたしとは一緒に居られないといったら?
あたしはガウリイを殺してしまう。
殺してしまえば・・・・・あなたは永遠にあたしだけのものになるっ―――」
一瞬の沈黙の後やっとリナが両手を離す。
ガウリイの咽から苦しげな息が漏れた。
「ふふふ、怖いでしょう?
だから・・・」
そっと触れるだけのキスをガウリイに送るとリナは立ち上がった。




「じゃあね、ガウリイ」



「リナッ!」
ガウリイの叫び声と共に腕が引かれ床と天井が入れ替わる。
ガウリイが自分の上に乗っていると知ったリナが暴れ出した。
「ちょっ・・・どきなさいよ!」
「いやだ!!」
ガウリイがリナの身体を痛いほど押さえつける。
「やっと・・・やっと手に入れたんだ。お前と別れる気なんてない!」
「あたしの話を聞いて・・・」

「うるさい!!」

ガウリイを怒鳴ったことはあっても怒鳴られたことの無いリナがビクリと言葉を止めた。
ガウリイはリナの両手を片手であっさりと押さえつけ、空いている方の手でリナの顎を掴む。
「お前こそ本当のオレを知らないんだ。
『保護者』の振りをしてお前を男から遠ざけた。
『いい人』の振りをしてお前を夢の中で何回も抱いた。
お前を手に入れる為ならどんなこともやった。
いっそお前を浚ってオレしか知らない場所に閉じこめてしまいたかった」
いつも泰然として胸の内など出さないガウリイが真情を吐露する。
リナはその事に驚きよりも喜びを感じていた。
自分を・・・
自分だけを求めるガウリイ。
手首の痛みですら―――心地よかった。
「ガウリ・・イ・・・」
「リナ・・・」
ガウリイが熱い声で名前を呼んで耳朶を甘噛みする。
「オレだけだって・・・
オレだけだって言えよ。
オレだけだって誓えば・・・命なんておまえにくれてやるから」
リナの顎を押さえていた手が段々と下がっていく。

「リナ」

狂おしく呼ばれる名前
瞳を貫く激情

「・・・ガウリイだけ・・・ガウリイだけだよ・・・」
「リナッ!!」

甘い吐息
触れ合う肌

リナの白い腕がガウリイの首に回された。

「・・・あなただけ・・・」









食べてしまった禁断の果実












たとえこの気持ちが罪と呼ばれるものであっても

いつか・・・あなたを殺してしまったとしても















2000/10


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