Risky Game

夜の闇に金髪が流れ、街灯の明かりにその姿が浮かび上がる。
聞いていた通り。
そいつは人の姿で堂々と現れた。
金髪とマントを靡かせ、まるで風の様に重さを感じさせない身のこなしで軽々と屋根を越えてくる。
下から見ていたのでは気が付かないだろう。
んっふっふっふ・・・
やっぱりここで張ってて正解だったわ。
やつはあたしに気づきもせずに、無防備にこちらに背を向けた。
今よ!
「動かないで!」
あたしは身を潜めていた建物の影から一歩踏み出し声を張り上げた。
「変態バンパイア!!」
「変っ・・・」
そいつの動きがぴたりと止まり・・・ゆっくりとこちらを振り向く。
事前に聞いていなければあたしも驚いたかも知れない。
蒼い瞳のバンパイア。
―――三流芝居みたい。
長い金髪を無造作に束ね、フォーマルな黒の上下に黒のマントを羽織ったその姿はヤバイくらいはまっていた。
少なくとも三流以下の物書きがうつ興行でも、こいつが立っているだけで客が入るくらいには。
「・・・化け物だのなんだのイロイロと呼ばれたが、そんな酷い呼ばれ方は始めてだなぁ・・・」
不意を付いたと言うのに、余裕さえ窺わせて、そいつはこちらに足を踏み出した。
その動きに合わせて、マントの裾と長い金髪がふわりと宙を舞う。
「動かないでって、言ったはずよ」
そいつに見えるようにあたしは自分の姿を示してみせた。
右手には聖水で清めた銀の銃弾の入った銃。
左手には杭の代わりに同じく聖水で清めた短剣。
胸元には十字架。
念には念をいれて弾丸には十字が刻んである。
「あたしの名前はリナ。リナ=インバース」
「まさか・・・」
あたしの装備を見ても顔色一つ変えなかった男が初めて表情を動かした。
インバースの名前にはそれだけ意味がある。
化け物退治のプロフェッショナル。
どんないかれたモンスターどもも、この名前を聞けば震え上がる。
ところが・・・こいつは事もあろうに笑い出したのだ。
「インバース?お嬢ちゃんが??」
苦しそうに身体を折って笑い転げる。
「子供が大人をからかうもんじゃないぞ。
さあ、お子様は寝た、寝た」
「うるさい!!」
声と同時に『気』を叩き込んだ。
弱い相手ならこれだけでしばらく動けなくなる。
が・・・
さすがと言おうか、腐ってもバンパイアと言うべきか、あたしの『気』を喰らってもピンシャンしている。
何事も無かったかのように身体を起こし顔をこちらに向けた。
笑いを納めた蒼い瞳がやっと『あたし』を見た。
「ふーん・・・最近インバース家に凄腕の女が加わったと聞いていたが・・・
まさかお前のことか?」
「・・・試してみる?」
銃の引き金を無造作に引いた。
狙うは身体の中心。
下手に心臓なんかを狙って、こちらの隙を作るつもりはない。
第一狙ったところで当たりはしない。
相手は動かない的ではないのだ。
初弾は思った通りあっさりとかわされた。
移動する先を予測して二度三度と引き金を引くが掠りもしない。
こちらも相手の動きを読んでいるのだが、弾道を見て避けられたのではどうしようもない。
恐ろしいまでの反射神経。
「変態は変態でもバンパイアを名乗ることだけはあるわね。
見直したげるわ・・・ちょっとだけね」
「そりゃ、どーも・・・
しかし、変態、変態って・・・オレのどこが変態なんだ?」
「一人につき一回しか血を吸わないバンパイアなんて、変態で十分じゃない?」
「良いじゃないか別に。オレの勝手だろ?
それに一回ぐらいなら、死ぬこともないし、吸血鬼化することもないし・・・」
口ではのほほ〜んと言いながらも、動きは止まらない。
またもや弾を避ける。
「まあ、確かに誰も死んではいないわよね・・・」
こちらも軽口を返しながら、動きは止めない。
弾を撃ち尽くした銃を捨て、予備の銃を取り出した。
「でもね!」
同時に弾を二発。
近づいてこようとする男を牽制すると、銃をしまい右手に短剣を持ち替える。
バンパイア相手に接近戦など、気が狂ったのかと見ているものが居れば思うかも知れないが、あたしにはこれがある。
首からかけた十字架。
インバース家の秘宝の一つ。
魔を祓い、聖なる気を増幅する。
左手で十字架に触れ、『気』を増幅する。
「その分被害者が続出なのよ!!」
放った『気』の後を追うようにして、床を蹴った。
この『気』はさっきの数倍の威力がある。
軽く身をかわした程度では到底避けられない。
避けるか、弾くか・・・当たるか。
どちらにしても隙は出来る。
突っ込むあたしの目に男が笑ったのが見えた。
親指を軽く握り込むようにしたかと思うと、その親指が押し出された。
しまっ・・・!!
咄嗟に交差させた両腕で顔を庇った。
目の前で破裂した『気』の威力が辺りにまき散らされ、軽くないダメージがあたしを襲う。
あたしの『気』が男の放った何かに爆発させられたのだ。
まさか迎撃されるとは思ってなかったあたしは為す術もなかった。
動くことも出来ず、爆風のような余波が過ぎるのを待った。
実際『気』が破裂してからあたしが動けるようになるまで、数秒とかかって無いだろう。
しかし、戦いに於いてその数秒が命取りになることもある。
数メートルの距離をどう動いたのか。
気が付いた時にはあたしの右手首は既に男に捕まえられていた。
自分の意志に反して右手が上がり、つま先立ちでギリギリの高さまでつり上げられる。
こんの、馬鹿力っ。
辛うじて悲鳴を喉で押し殺し、落とし掛けていた短剣を強く握る。
痛いのは相手も同じはず。
十字架の加護はあたしの全身を薄い膜のように覆っている。
聖水が魔物を焼くのと同じように、あたしに触るだけでもかなりの苦痛が伴う。
少しでも手が緩んだら一発お見舞いしてやる。
あたしは至近距離にある蒼い瞳を睨み付けた。
だが、相手は思った以上に辛抱強いらしい。
顔を顰めながらも、空いている右手をあたしの首から下がった十字架に伸ばしてきた。
あたしは抵抗らしい抵抗も出来ず、男が十字架を掴むのを見ていた。
上がるうめき声。
十字架を掴んだ手がシュウシュウと音を立てるが、男は構わず一気に鎖を引きちぎった。
―――待っていた、最後で最大の・・・隙。
まるで魔法のようにあたしの左手に銃が現れた。
銃口は胸に。
もう避けようもない。
銃弾はちゃんと残してある。
「ゴメン、あたし両利きなの」
切り札はギリギリまで隠しておくもの。
極上の笑みを浮かべて左手に力を込めた。
夜の静寂に軽く乾いた音が響く。
銃に残っていた全ての銃弾を撃ち尽くすまで数秒と掛からなかった。
心臓を打ち抜かれた男の身体がぐらりと傾いだ。
掴まれていた腕が自由になり、かかとが床につく。
男の身体は塵に・・・
!!
何が起こったのか分からなかった。
地面に崩れ落ちるはずの男に腕を引かれ、その胸に倒れ込む。
塵になるはずのバンパイア。
なのに・・・
「悪いな、オレの心臓は逆にあるんだ・・・」
笑いを含んだ声が耳元で聞こえ、そのまま冷たい唇が首筋に降りてくる。
血を、吸われた訳じゃない。
首筋にするバンパイアのキスは人には見えないが、同族に対して自分の所有を主張する印。
同時に獲物に対しての魅了の効果もある。
要するにあたしはこのバンパイアの獲物で魅了が・・・

―――殺される・・・確実に。

頭のどこかで冷静な声が告げる。

―――殺やられる前に・・・

右手を無言で突き出した。
倒すはずの相手に印を付けられる。
そんな無様なことが姉ちゃんに知られたら・・・
幸いにして証人はこいつ一人。
そしてこいつを殺せば印も消える。
心臓が逆にあるのなら、今度はそちらに風穴を開けてやればいいだけだ。
だが男はあたしの短剣を避け、後ろに軽々と飛び退いた。
少なくとも胸を撃ち抜いてやったはずなのに、ダメージが感じられない。
一段高い屋根の上で、あたしを見据えたまま何故か楽しげに笑った。
「まだ、攻撃してくるとはな。大した精神力だ。
だが、その印のある限りお前はオレの獲物だ・・・そうだろ?」
いけしゃあしゃあと!
「あんたが、あたしの獲物なのよ!!」
叫び声と共にもう一度『気』を叩き込む。
増幅無しのあたしの『気』など避ける必要も無いはずなのに、わざとらしく避けてみせる。
「では、追ってこい。オレを・・・」
「言われなくても」
視線だけで射殺せるのなら殺してしまいたい。
歯噛みするあたしの目の前で、男は夜の闇に消えていく。
「次に会う時が楽しみだな・・・」
その声を、その笑みを、その姿を。
あたしは瞳に焼き付ける。




狩るか、狩られるか。




夜は今始まったばかり。



2001/4


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