並び立つもの |
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勢いよく振られた剣先から赤いものが飛んだ。 悲鳴を上げる暇もなく喉を切り裂かれた者は自分の身に何が起こったのかすらわからなかったであろう。 後に続く重いものが地面に当たる音。 ごぼごぼと溢れる血溜まりを疎ましげに避け、剣を振るった人物は次の獲物に向かって無造作に歩を進めていた。 流れ落ちる金糸が。目にも留まらぬ銀光が。 閃くたびに大地が朱に染まる。 その身に返り血すらも浴びることなく、敵を屠る。 その姿は見るものによっては悪夢としか言いようがない。 いっそその身に赤い彩りがあれば、少しは現実味を帯びるものを。 動かされることのない表情と相まって、益々現実味は薄れていく。 彼が織りなす赤と金とその整いすぎた相貌に、魅入られしものは敵味方数知れず。 だが、彼の者は、誰の誘いも受けず、誰のものにもならず。 一振りの剣を相棒に、戦場を渡る。 お節介な傭兵が彼に問うたことがある『なぜ一人でいるのか』と。 彼は返事を返さなかった。 それは意味を為さぬもの。 彼が認めるものはいない。 よって、並び立つものも―――いない。 わざと光を落としてある薄暗い酒場で彼は一人グラスを傾けていた。 酒場の猥雑な空気から切り離された空間。 その手の店にありがちな安っぽい香水の匂いのする女達がそんな彼を遠巻きに見ていた。 薄明かりにも映える金の髪と引き締まった身体付き。 酒場の女でなくても放って置かない美丈夫。 だがそんな事は彼には関係ない。 身体に纏う気配だけで拒絶した。 尚も向けられる視線を気にすることなく手酌で酒を注ぐ。 目の前にはかなりの数の空き瓶が転がっているが、顔色一つ変えずに飲み干した。 今日、人を殺した。 少し前の依頼で潰した邪教集団の生き残り。 捨て身で掛かってくる輩に手加減する理由もなくて彼女に害が及ぶ前に切り捨てた。 ただ―――それだけ。 そんな彼に近づく人影があった。 小柄な少女。 見た目だけなら大して気にもされなかったであろう。 女達には関係なかったし、男達にしてみても少女は少し幼すぎた。 ただその瞳に浮かぶ光さえなければ。 金の髪の青年が凍えた氷ならば、少女は烈火の炎。 近づけば火傷だけではすまされまい。 男も女も。 酒場中が注目する中、少女は気にする風もない。 無防備ともいえる気軽さで青年の前に腰を下ろした。 青年が少女を受け入れたことで、その場の緊張は一気に解けた。 息を詰めて見ていた者達はやがて思い思いの行動へ戻っていく。 あるものは酒を煽り、あるものは女達を口説いて回る。 酒場にざわめきが戻った頃、彼が口を開いた。 「何も言わないのか?」 「何のこと?」 サラリと少女は嘯くと、彼のグラスに手を伸ばした。 慎重に一嘗め。 グラスの中身は酔えればいいと言わんばかりの強い酒。 ピリピリと舌を刺す味に思わず顔を顰めた。 「あんた良くない酒飲んでるわねぇ」 そのまま彼にグラスを返さず手の中で弄ぶ。 薄明かりを反射してキラキラ光るグラス。 彼も無言で彼女の手の中のグラスに視線を注いでいた。 やがて。 コトン。 小さな音を立ててグラスが倒され、琥珀色の液体がテーブルに広がっていく。 グラスを倒した人物は悪びれもなく微笑んだ。 「お酒は程々にしときなさいよ」 キッチリ一杯分の酒の代金を机に置いて立ち上がる。 そして去り際に一言。 彼にしか聞こえないほどの小さな声。 酒より酔える言葉にガウリイは苦笑した。 『次は手を出さないで』 「ああ、そうだな」 それでこそ――― もう酒は必要ない。 少なくとも今夜は。 ガウリイは代金を置いて立ち上がり、リナの後を追った。 |
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2001/1 ← 戻る |