帰郷 〜 Lina 〜

「姉ちゃん、ちょっといい?」

姉ちゃんはあたしを部屋へ招き入れるとワインとコップを2個持ってきた。
あたしにお酒を飲ませてくれるなんて今まで無かったけど。
黙って差し出されたコップに口を付けてみると覚えのある味がした。
ゼフィーリア産のワイン。
隠れて飲んでみたのが姉ちゃんにばれてお仕置きされたのがつい昨日の事のよう。

テーブルに置いたコップを覗き込むようにしてあたしはポツポツと話しだした。
姉ちゃんにはちゃんと話さないといけない。
ずっとそう思っていたから。
そう、あの呪文を使った時から―――




「・・・・・それでリナは後悔してるの?」
てっきり怒られると思っていたのに。
姉ちゃんの顔が見れなくて俯いて話ていたあたしの耳に、穏やかな姉ちゃんの声がした。
何で―――
「何で怒らないの?
あたし・・・あたしはとんでもないことをしたの。
たった一人と世界を天秤に掛けて!
世界を滅ぼしかけて!
どーして?どーして?」
目頭が熱くなってきた。
しゃくり上げそうになるのを必死で押さえる。
泣くなんて卑怯だ。
あたしが泣く権利なんて、無い。
歯を食いしばるあたしに姉ちゃんはもう一度言った。
「だからリナは後悔してるの?」
「後悔・・・後悔なんて・・・・

してるわよ。

守ることが出来なかった自分を。
力が足りなかった自分を。
でもあの術を使ったことは―――後悔、しない」
「じゃあ、いいんじゃない?」
「姉ちゃん?」
あたしはこの部屋に入ってから始めて姉ちゃんの目をじっと見つめた。
姉ちゃんがそんな事言うなんて信じられない。
だって姉ちゃんは―――
「でもそれは姉としてよ。
『赤の竜神の騎士』(スィーフィード・ナイト)としてはそうはいかないわ」
ごくん。
あたしは無意識のうちに息を飲んだ。
「本当ならリナ、あなたを放っておく訳にはいかない。
でも、姉としてあなたをどうこうするのは忍びない」
あたしは目を逸らさず姉ちゃんの顔を見る。
「それならあなたの弱点を無くせばいい。
リナが術を使ったのは彼の為なんでしょう?
だったら・・・・」
がたん
イスが激しい音を立て、零れたワインが机に広がり床へこぼれ落ちる。
でも、あたしにはそんな事どうでもよかった。
「ガウリイに何するつもりなの・・・」
姉ちゃんは冗談は言わない。
やると言えば必ず―――やる。
「リナ、あなたはここに居ればいいわ。
私が守ってあげるから」
自信に満ちた表情。
昔は―――ううん、今でも姉ちゃんのする事に間違いは無いと思ってた。
姉ちゃんのする事は全て正しいと。
でも―――
「ガウリイに・・・手出しはさせない」
自分に言い聞かせるように声を出す。
姉ちゃんはただ静かにあたしを見ている。
それだけなのに。
総毛立つほどの威圧感。
今まで見たことない『赤の竜神の騎士』としての姉ちゃん―――
全身のあらゆる感覚が叫んでいた。
ここから逃げ出したいと。
でも、そんなこと許さない。
許してやらない―――

あたしにとっては永遠でも実際には5、6秒の事だろう。
ワインは未だに床に落ち続けていた。
息が詰まるほどの沈黙の後、姉ちゃんがふっと息を吐いた。
「じゃあ強くなりなさい。
誰にも文句を言わせない様に」
今ごろになって足が震えてきて、あたしは床にへたり込んだ。
全身にイヤな汗が滲んでいる。
姉ちゃんも人が悪い。
あたしを試すなんて。
「姉ちゃん・・・ひどい・・・」
「後悔しないんでしょう。
だったら泣き言なんて言わないの」
あ―――
そっか、あたし姉ちゃんに叱って欲しかったんだ。
罪には罰を―――
それを望んでたんだ。
後悔しないって自分で言ったのに・・・
「ゴメン、姉ちゃん」
「分かればいいのよ。
早く強くなりなさい。
誰よりも・・・・・私よりも・・・」
うっすらと微笑んだその顔は悲しそうにも・・・羨んでる様にも見えた。
「うん」
あたしはしっかりと頷いてみせた。
強くなろう。
大切なものを守れる様に。



床を拭いた姉ちゃんはあたしをイスに座らせてくれる。
そして、至近距離からあたしを覗き込んだ。
「それはそれとして。
リナはガウリイさんの事どう思ってるの?」
☆%♪?#!
「ど、ど、どどどーって・・・」
「あら、何とも思ってないの?
そんなこと無いわよね?」
姉ちゃんは立ち上がりかけたあたしの肩を掴んでもう一度イスに座らせる。
あの・・ものすごい力なんですけど・・・・


「私に逆らってまで庇おうとしたくせに」

うっ

「何とも思ってないなんて言い訳、許さないわよ」

ううっ

「自覚はしてるんでしょ?」

うううっ

「いい加減に素直になりなさい」

うううううううううううううううっっっっっっ・・・・・

今度は違う意味で汗を流すあたしに、姉ちゃんはにっこり笑ってとどめを刺した。
「この姉に言えないなんて・・・そんなはずないわよね」
進退窮まったあたしは目の前のコップをひっつかむと一気に中身をあおった。



「リナ?」

姉ちゃんの声が遠くから聞こえてくる。
ふわふわしていい気持ち。
今なら―――



「あろれ、ねーちゃん・・あたひねぇ・・・・・」



2000/11


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