えせ人魚姫 |
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今日は人魚姫の15才の誕生日。 やっと、海上を覗くのが許される日。 姉たちに聞いていたのとは違い、真っ暗な海。 それでも人魚姫は期待に胸を弾ませ、水面から顔を出しました。 顔をたたく雨と風。 海は嵐のようでした。 激しく揺れる波、吹き荒れる風。 木の葉のように揺れる船。 「きゃう」 どぽん。 人魚姫は慌てて海に潜ります。 嵐の中の船の甲板、金髪の青年と目が合ったように思ったからです。 「まさか、ね」 この暗さで、この嵐で、この距離で。 気のせいだと人魚姫は思いました。 初めて人間に会うから緊張してるのだと。 人魚姫は今度はそっと水面から顔を出しました。 海は相変わらず荒れ狂っています。 その波に乗って、人魚姫は船に近づきました。 もっと近くで見てやろうと思ったからです。 人魚姫の視線の先で、金髪の青年が身を乗り出すようにして海を見ています。 あ、あ、あ、危ない。 人魚姫が思った瞬間、横波に船が大きく揺れました。 甲板に青年が・・・居ない? 人魚姫は慌てて船に近寄ります。 自分のテリトリーで土左衛門が出来るなんてまっぴらだったのです。 青年はすぐ見つかりました。 暗い海に長い金の髪がゆらゆらと揺らめいていたからです。 「重ーい」 人魚姫はそっと青年を抱きかかえると、岸に向かって泳ぎだしました。 すぐそばには船が在りましたが、自分の姿を見せるわけには行きません。 「おもっ」 いくら海の中とはいえ、華奢な人魚姫が大男の彼を運ぶのは大変でした。 何度も捨てようかと思いましたが、それでも力をふりしぼって泳ぎ続けます。 悪戦苦闘を繰り返すうちにかなりの時間がたってしまいました。 それなのに青年は未だのんきに気絶したままです。 「本気で捨ててやろうかしら」 「うーん」 青筋を額に付けた人魚姫が呟くのと同時に、青年がうめき声を上げ目を開きました。 それはそれは綺麗な蒼い瞳。 海の底には無い色です。 「きれーーー」 人魚姫はちょっと見とれてしまいました。 彼が口を開くまでは。 「なあ、名前なんて言うんだ?」 そしてにっこり。 それは、女の人なら10人中9人は、男でも10人中3人は見ほれてしまうほどの笑顔でした。 人魚姫もれっきとした女です。 普通なら見とれてしまったでしょう。 ───普通だったら。です。 「───は?」 人魚姫の思考が麻痺したのを責められる人はいないでしょう。 もしかして、頭おかしーんじゃないの? 人魚姫がこう思ったのも。 うなりを上げ荒れ狂う海。 周りを見回しても海。海。海。 人魚姫が支えなければ、人間などひとたまりもありません。 人魚姫は思わず青年から身を離そうとしましたが、いつの間にか腰と肩に回された手。 溺れるものは藁をも掴むと言いますが、それにしてはちゃっかりしすぎです。 ええーとー? 引きつった笑みを浮かべる人魚姫に青年はじわりと腕の力を強めます。 「オレはガウリイ。エルメキア国の王子だ」 真っ正面から抱きかかえられ、あまつさえ顔が触れ合わんばかりの至近距離。 うぎゃー!! どぼん ぶくぶく ビックリした人魚姫はガウリイ王子を道連れに海中深く潜っていきます。 しかし─── ニコニコニコ 海女さんもビックリするような時間が過ぎても、ガウリイ王子の手はいっこうに外れません。 ニコニコ顔もそのまま。 仕方なく、もう一度海面へ。 ニコニコニコニコ ニコニコ。 「・・・リナ。よ」 何やら不可解な事が起こったような気がしましたが、ガウリイ王子の笑みに負けて人魚姫は名前を教えました。 「リナかぁ。いい名前だなぁ ───それにすっごく可愛いし」 そこで、ガウリイ王子はリナ姫の姿をじっと眺めました。 「な、なによ」 身にまとうのは貝殻の胸当てのみ。 肩も背中もお腹もここかしこで惜しげもなく素肌をさらしています。 シミ一つないような白い肌。 腰から下が魚なのが残念です☆ 「これでもうちょっと胸が・・・」 「どやかましい!!」 めぎょ。 リナ姫の怒りの籠もったパンチがガウリイ王子の顎に炸裂しました。 黄金の左───ではなく、いつの間にかその手にはナックルがはまっていました。 リナ姫はガウリイ王子を殴り飛ばしても、まだ怒りが収まらない様子でしたが、すぐそこに岸が在るのを見て怒りを収めました。 ガウリイ王子と暴れている間に岸近くに流されていたのです。 「ラッキー。早くこんなボケ王子は捨てちゃおうっと♪」 最後の力を振り絞ってリナ姫はガウリイ王子を岸に押し上げました。 「これでよしっと。後は誰かに拾ってもらえば・・・」 しかし・・・ 「え、え、・・・まさか・・・」 リナ姫はパニックに陥りました。 夢だと思いたいところですが、目の前のガウリイ王子は見る見るうちに青ざめていきます。 胸も上下していないようでした。 このままでは、人助けどころか人殺しです。 何よりこんな事が姉たちに知れたら・・・ リナ姫の脳裏を姉たちの顔がよぎります。 ひぃぃぃぃっっっ・・・ リナ姫は意を決すると、ガウリイ王子をそっと覗き込みました。 ───人助けよ。人助け。 すうっと息を吸い込みガウリイ王子に口づけて息を・・・ 「んん・・?」 いつの間にかガウリイ王子の手がリナ姫の頭をがっちりとホールドしていました。 「んーんー」 暴れようが何しようがリナ姫の力ではどうにもなりません。 人工呼吸どころかリナ姫が酸欠に陥りそうです。 おまけに何やら温かいものが口の中に・・・ ───こんのエロくらげぇぇぇぇ!! ロイヤルトルネードクラーッシュ リナ姫のしっぽにはねとばされ、あはれガウリイ王子はお星様になりました。 「ふん」 次の日、リナ姫はまた海の上に向かいます。 今度こそあこがれのお日様を見ようと意気込んでいました。 海面に近づくにつれきらきらと光る筋がリナ姫の目に飛び込んできます。 これがお日様の光? まるで昨日の王子の髪のような金色。 海上から上を見れば、抜けるような青が頭上一杯に広がっています。 これが空? あの王子の瞳の色。 「ってなんであのクラゲのことなんて・・・」 「クラゲとはひどいなぁ」 「っっっ!!」 突如耳元に聞こえた囁きに、リナ姫は耳を押さえて振り返ります。 見れば昨日のガウリイ王子が波に揺られながらにっこりと微笑んでいるではありませんか。 遠くには船があるのも見えます。 どうやらここまで泳いできたご様子。 「あ、あたしあなたの事なんて・・・」 「ひどいって言っただけなんだけど、どうやらオレの事みたいだな」 リナ姫の顔が見る見るうちに赤くなります。 それを見たガウリイ王子が、土砂崩れしそうな・・・ いや、明らかに土砂崩れした顔でリナ姫を見つめます。 ───やっぱ、かわいいなぁ。 いっぽう、赤い顔を押さえていたリナ姫ですが昨日の出来事を忘れるはずもありません。 人工呼吸がファーストキスでおまけにディープです。 乙女の夢がぶちこわしです。 警戒をしながらガウリイ王子から離れていきます。 「お、ちょっと待てよ」 「何?」 「昨日のお礼をしようと思って」 「お礼?」 リナ姫は不振そうに言いました。 もらえるものはもらう主義のリナ姫でしたが、お礼はお礼でも『お礼参り』はノーサンキューです。 確かに船から落ちた王子を助けたのは自分ですが、その後二度もぶっ飛ばしたのも、確実に自分なのです。 「お礼なんて要らない」 全速力で泳ぐリナ姫にガウリイ王子が恐ろしいことに同じスピードで泳ぎながらも尚も続けます。 「なあ、ごちそうもあるんだぜ」 「ごちそう?」 リナ姫は心は揺れました。 そりゃあ、海中での食事と言えば限られてしまいますから、正直言えば飽き飽きだったのです。 姉たちから聞いた食べ物の数々が脳裏をよぎります。 でも・・・ 「でもあたし、お城に行けないわ」 自分のしっぽでぴしゃりと海面をたたいて見せました。 「大丈夫」 ガウリイ王子はゴソゴソと何やら小さな小瓶を取り出します。 中には紫色の液体。 はっきりきっぱり、怪しさ大爆発です。 「ゼロスってゆー魔法使いからもらったんだ」 これが予感と言うものでしょうか 何やら冷たいものがリナ姫の背中を走りました。 「あ、あたしやっぱり遠慮するわ。じゃ」 ぱしゃりと海面に打ち付けられたしっぽをガウリイ王子が人間離れしたスピードで捕らえます。 「よっと」 ガウリイ王子はリナ姫を後から抱きかえると、軽く顎を押さえ、もう片手で器用に瓶のふたを外します。 ―――いやあぁ・・・ 涙目のリナ姫の前に怪しげな小瓶が。 顎を押さえられて口を閉じることも出来ません ならばと暴れますが、ガウリイ王子の腕はびくともしません そして――― 無理矢理のどに流し込まれた薬。 吐き出そうとした瞬間――― ちゅ☆ ガウリイ王子が軽く耳にキスをして・・・ ごっくん。 「いやぁ!飲んじゃった―――!! ・・・あう・・・」 リナ姫が自分の身体を抱きしめ、うめき声を上げました。 身体がバラバラになるような痛み。 「あ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁ」 くてり。 リナ姫はガウリイ王子の腕の中で気絶してしまいました。 一方自分の計画通りに言ったと言うのにガウリイ王子はちょっと不満顔です。 「ちぇ。ここが海の中じゃなかったらなー。あんな可愛い声で鳴くなんて。 ま、いいか。時間はたぁーーーぷりあるしな。 な?リナ?」 ガウリイ王子はリナ姫を抱き船に泳いでいきました。 「ここどこ?」 リナ姫はまだぼんやりとした様子で辺りを見回しました。 自分に何が起こったのか全然分かりません。 わかるのは自分が『海』以外の場所に居ると言うことだけでした。 部屋には素晴らしい調度品の数々。 自分が寝ていたベッドからは嗅いだこともない、でもいい匂いがしました。 お日様の匂いです。 自分のみに何が起こったのかリナ姫は事情を思い出そうと・・・ 「えーと、王子に変な・・・ ああああ!!!」 痛みは引いていましたが慌ててみたしっぽは・・・ 人と同じ「足」に変わっていました。 「よっ。起きたか?」 いつの間にか気配もなく部屋に現れたガウリイ王子が幸せそうに目を細めます。 「うん。似合ってるぞ」 さすがに貝の胸当て一つと言うわけにも行きません。 眠っている間に女官が着替えさせたのは薄いクリーム色のドレス。 歩くと裾がふうわりと揺れて、白い足が覗くという優れものです。 ちなみにお見立ては王子です。 もちろんサイズもガウリイ王子の指示です。 とてもよく似合っていますが、測ったわけでもないのにリナ姫のサイズにドンピシャリという、今更ながらにガウリイ王子の恐ろしさを示す一品です。 幸せいっぱいのガウリイ王子とは反対にリナ姫は俯いてしまいます。 よく見ると握りしめた手が震え、額にも青筋が浮いています。 「このバカ王子!!」 すぱーーん 部屋いっぱいに素晴らしい音が響きました。 座り込んだ王子の目に涙が光ります。 どうやら凄く痛かったようです。 「あのなぁ、スリッパは履くものであって、人を殴るものじゃないぞ?」 「スリッパ??」 リナ姫は手にしたものをしげしげと眺めました。 ちょっと細長い楕円形をしたものは人魚姫の手にジャストフィット!でした。 たたいた感じもべりーぐーです。 「そーそー、足に履くんだ」 「足?」 「ほら立てるか。食事の用意が出来てるぞ」 王子がリナ姫の手からスリッパを取り上げると、ベッドの足下に揃えて並べます。 「え、あ、」 まだ怒りは在りましたが、空腹には勝てません。 リナ姫はガウリイ王子の言うとおりにスリッパに足を入れ立ち上がろうと――― 「きゃあ!」 針を踏むような痛みにリナ姫は悲鳴を上げました。 元々しっぽは歩くようには出来てなかったですから当然の事です。 「痛いよー。ご飯食べにいけないよー」 どちらがより『痛かった』かは謎ですが、ガウリイ王子を見上げる赤い瞳を飾る涙。 ―――ぐらり 潤んだ瞳で見上げるリナ姫はかわいらしく、ガウリイ王子でなくてもよろめきそうです。 もちろんガウリイ王子も一発でよろめきました。 後にはベッド。 なかなかに美味しいしぃちゅえーしょんです これで落ちなければ男じゃありません。 ですが、 リナ姫の『ご飯』発言がガウリイ王子のなけなしの理性を引き留めました。 小さく華奢な身体――― ―――体力は付けて置いてもらわないとな・・・ 自分を見て良からぬ事を考えているとは知らないリナ姫は更にガウリイ王子を煽ります。 「お腹空いたよー(うるうる)」 「おお(ぽん!)」 やおら手を打ったガウリイ王子はリナ姫を抱き上げました。 いわゆる『お姫様だっこ』と言うやつです。 顔を赤くして自分の腕の中にいるリナ姫に爽やかに笑いかけました。 下心はみじんも出しません。 「オレが連れてってやろうなー」 役得役得。 にっこりとガウリイ王子が笑いました。 「おいしかったわ。ごちそうさま。 今日はありがとね、王子」 二人で最初の部屋で食後の香茶を飲んで、ゆっくりと話をして。 名残惜しい気はしましたが、リナ姫はガウリイ王子にお礼とお別れの言葉を言いました。 始めの印象は「変なやつ」でしたが、話をしているうちに「変だけどまあいいやつ」に変わってきていました。 ごちそうを食べてすっかりご機嫌なリナ姫は、ガウリイ王子に惜しげもなく笑顔を振る舞います。 「これから毎日美味しいものを食べさせてやるからな」 「んー、ごちそうには惹かれるけど、海に帰らなくっちゃ」 その顔が寂しそうに見えたのは王子の自惚れでしょうか? でも。 「何いってんだ。その足でどーやって帰るんだ?」 「え?」 リナ姫がぎぎぎぃっと首をひねってガウリイ王子を見ます。 「人魚に戻れないっていってんだよ」 「ええーー?! どーゆーことよ!!」 かっくんかっくん リナ姫は手近にある王子の首を締め上げながら前後に揺らします。 しかしガウリイ王子は幸せそうに笑ったまま。 「なに爽やかに笑ってんのよ。 元はと言えばあんたがーー」 「うんうん。ちゃんと責任とってやるしさ。 おまえさん王子のオレとヤらないと海の泡になっちまうんだ♪」 「ヤる?」 ちょーーっと男女間のことにうといリナ姫はガウリイ王子の言いたいことが分かりませんでした。 きょとんと リナ姫は赤い目を大きく見開いて首を小さく傾けます。 それを見たガウリイ王子の口の端がゆっくりとつり上がりました。 「そうかー、分からなくていいよ。オレが教えてやるから♪ オレ、とくいだしさー♪」 「い、いい、遠慮する」 悪寒の正体は分からないまま、リナ姫がガウリイ王子の手から逃れようと暴れまくります。 「遠慮するなよ。海の泡になってもいいのか?」 「ってどこさわってんのよ」 「んーまあいろいろ」 「色々って・・あ・・ちょ・・やめ」 「ほんと、リナは可愛いなぁ」 「やめって・・やん」 物語の終わりはいつもハッピーエンド 王子とお姫様はいつまでも仲良く暮らしましたとさ END? |
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2000/9/ ちなみに姉妹の設定は L様 ダルフィン ゼラス ルナ ミリーナ リナ アメリア です。 怖い姉妹(笑) ルナとミリーナどっちが上なんでしょう。 ← 戻る |