Corundum |
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少しだけ開いたカーテンから覗く細い細い月だけが唯一の明かり。 その月も今は雲の影に隠れてしまい姿が見えない。 代わりに訪れるのは闇。 人にとっては恐怖の対象になるそれも、彼にとっては馴染み深いもの。 闇は慈悲深く彼の罪を覆い隠す。 しかし、その闇でも隠しきれない罪があるのなら。 彼は薄闇に覆われた部屋でぬくもりを抱きしめていた。 腕の中の存在はもう少女とは呼べない妙齢の女性。 自分の胸に頭を乗せた彼女の髪をゆっくりと梳く。 指に優しい髪がシーツに零れ落ち、彼のそれと混じり合い二筋の流れを作る。 彼女の方も目を閉じたまま、髪を撫でるその腕に身を任していた。 どこか気怠げで穏やかな一時。 「なあ、リナ・・・」 「なに?」 微睡むような一時を破ったのは彼の方。 天井を見上げたまま髪を梳くリズムも変わらずに。 「本当にオレで良かったのか?」 「なぁに、ガウリイ。 今更何をウダウダ言ってるのよ。 それとも、あたしに飽きちゃったわけ?」 呆れたような声とは裏腹にクスクスと漏れる笑い。 表情すらも容易に想像できるその笑いが彼女がそんな事を微塵も思っていないと教えてくれる。 「そんな訳ないだろ。 ただ・・・リナが後悔してないかと思って・・・」 「ふうん」 サラリとした感覚が彼の胸と顔を撫でた。 急に身体を起こした所為で髪を梳いていた手が落ちるが、彼女は気にしない。 彼の真意を推し量るように、闇の中でも光を失わぬ赤い瞳で覗き込んでくる。 ちょうど切れた雲間から零れた銀光が彼女の顔を照らし出した。 「何でそう思うの?」 「何でって・・・」 肯定も否定もなく、逆に聞き返されて苦笑した。 彼女の姿に、力に、心に、惹かれるものは数知れず。 例えば、自分のように。 例えば―――今日彼女にプロポーズした領主の息子のように。 「だってせっかくの玉の輿だったろ? 断るなんて勿体ないじゃないか」 戯けたような物言いもその瞳の前には通用しない。 蒼い瞳の中に何を見たのか。 彼女は無言で彼の言葉を待っていた。 彼はベッドに落ちたままになっていた手を持ち上げた。 そして一筋。 壊れ物にでも触るように、慎重にすくい上げた髪に口づけを落として呟く。 「オレは・・・・だから」 側にいるリナにも聞こえないほどの小さな声。 血塗られたこの両手。 人並みの幸せを望む資格もありはしない。 あるのはただ、その手に光を留めし罪のみ。 贖うことも叶わぬ、大罪。 わかっていても自分から手を離す事も出来ない。 罪は益々重くなるばかり。 罪には罰を。 そして彼を断罪するは、ただ一人。 「バカね」 だが、咎人の懺悔を女神はあっさりと笑い飛ばした。 「コランダムって知ってる?」 「こらんだむ?」 鸚鵡返しに繰り返す彼の顔を細い指が順に辿っていく。 「『鋼玉』とも言うんだけどね」 顎、唇、頬、そして瞼。 「赤いものはルビー、青いものはサファイアって呼んでるけど元々同じ石なのよ。 結局あたしとガウリイの違いなんて、その程度じゃない? あたしだってあんたが思ってるほどお綺麗な人生送ってないわよ。 あんたが人殺しなら、あたしも人殺しよ。 でも、あたしは絶対幸せになってみせる。 あんたもでしょ? あんたとあたしは同じなんだから」 言ってリナは艶やかに微笑む。 「―――ああそうだな」 ガウリイはリナを引き寄せると瞼に唇を寄せた。 赤く輝く瞳。 ―――彼だけの、宝石。 |
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2001/2 ← 戻る |