甘い誘惑

「ごちそーさま」
かちゃん。
揃えて置かれたナイフとフォークに6つの目が集中した。


「―――ど、ど、どーしたんだリナ!??」
「・・・天変地異の前触れか?」
「お医者様を呼ばなくては!!」

魔法医だ祈祷師だ神官だ占い師だと騒ぎ立てる少女を一睨みで黙らせてリナはイスから立ち上がった。
「あたしだってこーゆう時ぐらいあるわよ」
「嘘だ」
「嘘だな」
「嘘ですね」
間髪入れずに返った答えにリナのこめかみがピクリと動き、その右手に掲げられた。
「あんたらねぇっっ」

「「「わぁっ!」」」

次に来るであろう衝撃を予想して3人は身構えた。
しかしいつまで経っても攻撃呪文は飛んでこない。
竦めていた首を恐る恐るのばし、3人はリナの様子を窺うと、リナは右手をあげた姿勢のまま固まっていた。
しかもその視線は3人を見ていなかった。
「リナさん?」
3人を代表してアメリアがリナを呼ぶ。
その声にリナはノロノロと視線をあげ・・・
「―――部屋に帰るわ」
「リナ?」
「リナさん?」
2人が呼ばわるが今度は反応がない。
精気のない瞳。幾分落とされた肩。
「どこか・・・具合が悪いのか?」
「さぁ・・・」
リナは床に視線を落としたままフラフラと食堂から姿を消した。
後に残されたのは呆気にとられた3人と、たった3枚ぽっちしか重なっていない皿であった。



部屋に戻ったリナは何をするでも無くベッドに転がり枕に顔を埋めていた。
何もする気が起きない。
このままではいけないのはリナにも分かっていたが。
「こんなに辛いだなんて・・・」
じわりと目に涙が浮かぶ。
いつまで我慢しなければいけないのだろうか。
と。
「入りますよー」
遠慮気味なノックと共にアメリアが部屋に入ってくる。
そして自分のベッドに座り、顔を上げないリナを心配そうに見た。
「・・・リナさん、本当にどうしちゃったんです?
どこか具合でも悪いんですか?」
ふるふるとリナが頭を振る。
「じゃあ何か心配事でも?
わたしで良かったら聞きますよ」
心から心配している事は声にも籠もっていた。
そんな真摯なアメリアの声にリナが顔を上げた。
「アメリア・・・・あたし・・・あたし・・・」



太っちゃったの〜〜〜〜」
「ええっ!?太ったって・・・
はっ。それで食事の量を減らされてたんですね?
どーりで・・・おかしいと思ったんです。
あのリナさんが2人前しか食べないなんて」
普通ならば即突っ込みが入るところだが今はそれどころでは無いらしい。
リナはベッドに突っ伏して泣き声をあげる。
「お腹減ったよー、辛いよぉ〜〜〜
もぉやだぁ・・・」
「そんなリナさんに取って置きのものをご紹介しましょう」
「ぜ、ゼロスぅ?!あんたなんで・・・」
驚くリナにどこからかわいて出た魔族は指を立て口元に持っていく。
「それは秘密です。
それよりこれ如何ですか?
『ミルミル減るンX』!
飲むだけで不要な肉や脂肪が無くなりますよ。
それが何と!お値段たったの550万。
ちなみにXは僕の頭文字ですから」
「買った」
「まぁそう言わないで。
今なら枝毛切り鋏もお付けしますよ。それから・・・」
「だから買ったって」
怪しげな紫の液体を差し出すゼロスがワンテンポ遅れて首を傾げた。
「おや?」
「り、リナさん、落ち着いて下さいぃ」
「あたしはこれ以上無いってほど落ち着いてるわよっ」
リナはベッドの上に荷物を広げるとそこからめぼしいアイテム、宝石の類をポイポイとゼロスに投げて寄こす。
「それだけあれば550万は軽く越えてるでしょ。
早くそれを頂戴」
「リナさぁ〜ん。止めましょうよぉ」
「うるさーい!」
ぐいぐいと袖を引っ張るアメリアを一振りで引き剥がしリナがゼロスにずいっと迫った。
「自分で持ってきておいて、今更イヤだとか言わないわよね?」
「え?でも・・・」
「言わないわよね」
「・・・はい・・・」
更にずずずいっと迫るリナにゼロスは大人しく頷いた。
そんなゼロスの手から奪い取るようにしてリナは小瓶を抱え込む。
「これで・・・ご飯が食べられる」
そしてそのまま一気に液体を呷った。
「ああっ・・・」
アメリアが心配そうに手を組み合わせ見守る中、ごくりとのどが鳴る。
「うっ・・・」
「リナさん?!」
リナの手から落ちた小瓶がシーツの上に転がる。
その小瓶を追うようにがくりとリナが手を付いた。
「ゼロスさん!もしかして!!」
アメリアはリナを背後に庇うようにしてゼロスの前に立ちはだかった。
「リナさんに一体何を飲ませたんです!?
さぁ、キリキリと白状して貰いましょうか!」
「何って・・・だから『減るンX』ですって」
「そのXが怪しいです!」
「いや、そー言われても僕の頭文字ですし・・・
あ、リナさんが起きられましたよ。ほら」
「うー、苦っ・・・ってそうだ!ね、あたし痩せた?」
ゼロスの言葉を裏付けるようにリナがガバリと身体を起こす。
「リナさん・・・」
アメリアが安堵の息を吐きかけ・・・その表情のまま凍り付いた。
「アメリア?」
「あっ・・・・あっ・・・・あ・・・・」
ブルブルと震える指がある一点をさす。
「り、り、り・・・リナさん?それ・・・」
リナも訝しみながらもアメリアのさした箇所目をやり・・・
「なっ・・・何よこれ――――――――――――!!!」
元から大草原の小さな胸だのえぐれ胸だの言われていたリナの慎ましい胸が・・・真っ平らになっていた。
「ゼロスっっ!どーいうこと!?!」
リナが力一杯襟首を揺さぶるが、ニコ目の魔族は至って冷静に分析した。
「あー、この薬は不要な肉が無くなるんで・・・
リナさんにとって胸は不必要だったと言うことですね」
ごごごごご・・・
どこからか地鳴りのような音が低く響き出す。
「り、リナさん、おち、落ち着いて下さい。ね?」
アメリアが青く強ばった顔で、しかし決死の思いでリナに一歩一歩近づいていく。
だがその甲斐も虚しくニコ目魔族が火に油を注ぎ込みご丁寧にも爆弾まで放り込んだ。
「それにしても無くなったのは胸だけですか。
リナさん程度の胸だったらたいした減量になりませんよ。
何ならもう1本買われますか?」

―――ぷち―――

「夜よりもなお深きものぉ〜〜〜」
「おや」
リナが唱えだした呪文にゼロスが目を開く。
「わーーーーー、リナさんそれだけは止めて下さい〜〜〜〜〜」
「うるさいうるさい〜〜〜
絶対に殺ス!」
「ゼロスさん!早く何処かに行って下さい。
このままだと・・・」
「どうしてです?」
暴れるリナを抑えるアメリアにゼロスが微笑んだ。
「っっ・・・!
ゼルガディスさん!ガウリイさん!!」
アメリアのせっぱ詰まった呼び声に隣の部屋に居た青年二人が答えた。
「アメリア?!
ガウリイ!」
「おう」
一瞬の気合いと共に壁に穴が開き、そこから武器を携えたゼルガディスとガウリイが飛び込んできた。
「ゼロス!?お前どうしてここに・・・」
「どーしたアメリア!」
「うぇぇーーん、ゼルガディスさんー」
殺気立ってゼロスとの間に割り込んできたガウリイにリナを押しつけアメリアはゼルガディスにしがみついた。
「リナさんを何とかして下さい〜。
あの呪文を使おうとするんです〜」
「何?なんでそんな・・・」
「実はゼロスさんの薬の所為でリナさんの胸が・・・」
「「むねぇ?」」
ガウリイに羽交い締めにされ口を押さえられた少女の胸元に視線が集中した。
「・・・・・・あんまり変わらないと思うが・・・」
「んぐん〜ぐぐぐっ!」
力一杯リナが抗議する。
「ガウリイさん、リナさんを興奮させてどーするんですか」
「お、すまん。ついな・・・」
「んんぐむぐぐ・・・んぐむぐぐぐぐーー(何がつい、よ。後で憶えてなさいーー)」
ジタバタと暴れる少女から目を逸らしゼルガディスはゼロスへと視線を向けた。
「お前が居ると話がややこしくなるから消えろ」
「何故です?
リナさんがせっかくあの呪文を唱えて下さる気になったのに」
「・・・お前、自分たちが滅びる原因がリナの胸如きってのは情け無く無いのか?」
「むがっ!?(如き!?)」
「・・・そうですねぇ・・・理由がリナさんの胸程度じゃ獣王様もお怒りになるかもしれませんねぇ・・・」
「程度?!(もががっ?!
あんたらねぇ人の胸をなんだと思ってる訳?
如きとか程度とか。
大体ねぇ・・・」
「リナさん、リナさん」
リナの熱弁をアメリアがパタパタと手を振って止めた。
「胸戻ってますって」
「え?・・・・本当だ・・・」
いつの間にか離されていた手で胸を押さえてリナはへなへなとベッドにへたり込んだ。
「よかったぁ・・・」
「よかったですね、リナさん」
手を取り合って喜ぶ少女らを後目に諸悪の根元が熱心にメモを取っていた。
「ふむ・・・どうやれ定着性に問題があったようですね」
「ゼーロースー」
「まぁリナさん怒らないで。
わざとじゃないんですから」
「わざとでもわざとじゃなくても許せるかっ!
闇よりもなお・・・」
「わーっっ!」
「では僕はゼルガディスさんの言うとおり失礼しましょうか。
みなさん、また」
全員でリナを押さえている間に、にこやかな笑みを残しゼロスの姿がすっと宙に消える。
「こらー待ちなさい!」
「あ、そうそう。
お代はお返ししますねー」
「当たり前よっ!」
「・・・・・・で、この騒ぎは一体何が原因なんだ?」
ベッドの上に降ってきたアイテムや宝石を横目にゼルガディスがリナを睨み付けた。
「えーっと・・・」
宙に消えたゼロスに向かって突き上げていた拳がへろりと下がる。
「ちょっと・・・飲むだけで痩せるって言うから・・・」
「痩せっ・・・お前そんな下らない理由で・・・」
「下らないって失礼な!
500gも太っちゃったんだから!」
「ごひゃく・・・・
「「ぐらむぅ?!!」」
男2人が目を剥いた。
「寄りにもよって500gぐらいの為にゼロスの薬を飲んだあげく、世界を壊し掛けたのか?!!」
「何いってんのよ500gもよ!500g!!」
「500gって食事1回分も無いじゃないか」
「ガウリイさん分かってないですね、食事の除いて500gも増えちゃったって事じゃ無いですか!」
「500gって結構な量よ?それを下らないとかぐらいとか・・・」
「そーですそーです。500gが何処に付いたか考えるだけで恐ろしいです」
「そーよね、何処に付いたのか・・・
こーなったらいっそ・・・」
「ちょっと待て!」
交互に力説する少女二人にゼルガディスは痛む額を押さえた。
「ぐらい」と「も」
その溝は広く深い。
そして何より一番の問題は放って置くともう一度薬を買いかねないと言うことだ。
500gごときで滅びるなんて洒落にならない。
「・・・別にみたところ変わってないから良いだろ」
「見た目変わってない?
じゃあ内蔵に脂肪がついたってこと!?
どーしようアレって取れにくいのよね。
やっぱりこうなったら・・・」
「だから待てっ!」
こー言えばあー言う、あー言えばこー言う。
所詮リナに口で勝てる筈もない。
「おい。ガウリイ。お前も何とか言ってやってくれ」
「う〜〜〜ん」
考えているようないないような顔つきでガウリイは腕を組んで首を傾げた。
「リナ・・・お前、すこーーしだけ身長伸びてないか?」
「え?本当!?」
「そんな気がするんだが・・・」
「あ、きっと体重増えたのその所為ですよ」
「そっか・・・きっとそうよね。
そうと分かったらお腹が空いてきちゃった。
今なら丁度お茶の時間だわ。
アメリアもどう?」
「はい。ご一緒させて頂きます」
「じゃああたし達は食堂に行って来るからあんた達は壊した壁を修理しといてよね」
「リナさん何食べられますか?
ここの自慢はタルトだそうですよ」
「良いわねー」
少女達の声が遠ざかっていく。
「・・・・・・おい・・・・俺達は一体・・・・」
茫然と立ち尽くすゼルガディスの肩をガウリイが叩いて慰めた。
「まぁいいじゃないか。何も無かったんだし。
リナが暴れて壁一枚なら良い方だろ?」
「・・・違いない・・・」
苦笑したゼルガディスは思い出したようにガウリイに尋ねた。
「そーいや、リナの身長は本当に伸びてるのか?」
「さー?」
「さーってお前・・・」
「オレは『気がする』って言っただけだぜ」
「そりゃそうだが・・・」
「良いじゃんか別に。それでリナが幸せなら。
それに500gだぞ。
お前分かるか?オレにはさっぱりだ」
「・・・安心しろ。俺にも分からん」
「だろ?だったら良いじゃないか。
これでリナも幸せ、オレ達も幸せ」
「なべて世は事も無し、か」
ははははは・・・
他愛もない嘘に騙される少女達が可笑しいのか、そんな少女達に振り回される自分たちがおかしいのか。
始めは苦笑だった笑いが爆笑に変わるまで二人は笑い続けた。
やがて先に笑いを押さえたゼルガディスが首を振った。
「さて、それじゃ修理するか。
旦那、修理道具を借りてきてくれるか?」
「ああ」
こちらはまだ笑いがおさまらないらしい。
目元に貯まった涙を払い尚も続ける。
「大体女は少しぐらい肉のある方が抱き心地が良いと思わないか?
リナだってもう少し肉が付いた方が絶対今より抱き心地が良くなると思うんだけどなぁ・・・」
「お前それリナには言うなよ。
呪文で吹っ飛ばされるぞ」
ゼルガディスも笑いながら切り抜かれた壁を拾い上げた。
相変わらず見事な切り口だ。
「それに今よりったって・・・『今より』!?」
慌てて振り返るが誰も居ない。
修理の道具を借りに行ったらしい。
ゼルガディスは何となく壁の穴を見つめ天井を仰いだ。
これ以上考えるととてつもなく怖い考えになりそうな気がして思考を止めた。
「・・・なべて世は事も無し・・・か」


2002/5
なんでこんなに長い(^_^;)

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