中年の山歩き (東海自然歩道 編))
はっきり言って、東海自然歩道は人気がない。 東海自然歩道といえばなにを連想するであろうか? 箕面の森やポンポン山などハイキングで小学生の遠足を連想するかもしれない。 そもそも東海自然歩道とは昭和49年に明治100年記念事業の一つとして整備された全長1697Kmの日本列島を貫く長距離自然歩道である。 その選定に当たっては、各地の名所旧跡をたどり、自然にふれあうことのできる大阪府の明治の森箕面国定公園から東京都の明治の森高尾国定公園におよぶロングトレイルで、国と地元自治体と共同で管理されている。 この規模は、米国アパラチア山脈に位置するトレイルと並び世界的にみても長大な規模の自然歩道であるとのことである。 近畿地方にいたっては、箕面を起点として滋賀県石山で東海道ルートと山の辺ルートの二手に分かれ三重県柘植で合流する。 主要な景勝地を経由しているので山歩きをしている人なら東海自然歩道とは気づかずに足を踏んでいる人も多いと思う。
ところが、この歩道、基本的にはのんびり歩くハイキングコースなのであるがこれを東京まで全踏破するとなると難点がみえてくる。 継続して歩くとなると、ちょうど一日の行程として適切な場所に宿泊施設が少なくおおむね日帰りのハイキングとして歩く必要がある。 また、建設から30年以上たった今、自然の中に作った歩道は整備しなければ自然に帰る。 路肩は崩れ、指導標は朽ち果てひどいところは自然歩道が消滅しているところさえある。
東海自然歩道の整備が行き届かないのはむしろ当然で、なんといっても「長すぎる」のである。 各地の名所を繋げているのであるが、とにかく長大であるため連携した整備が行き届かないのだ。 たとえば、岐阜県の養老付近の東海自然歩道は度重なる河川の氾濫で歩道は寸断され、地図にはない迂回路を巡ることがたびたびで2−3倍の歩行距離を歩くことになる。 また、関西本線の加太(かぶと)駅付近の東海自然歩道も要注意である。 平成21年の正月に加太から柘植まで歩く予定であったが、余野自然公園付近でぷっつりと道標が無くなり大雪の中をさまようこと2時間、まさか東海自然歩道で遭難というのも話にならないので加太まで引き返し途中の林道でカップルの乗車した車に助けられるという事もあった。 中には、道標も見失い荒れ果てた草むらをたどると民家の庭先へ出てしまうということもある。 また、歩道の位置する都道府県によっても整備状況が違っており、たとえば、信楽付近では滋賀県側は道標も一定間隔で整備されているが、三重県側に入ったとたんに状況が悪化し、それこそ年に数人しか歩いていないのではないかというほど荒れ果てた感じの道になるのである。
ちなみに、最近有名な熊野古道であるが、こちらは世界文化遺産にも登録されまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。地元の自治体も観光の中核と位置づけ観光産業とタイアップして大変整備が行き届いている。 また、歩いてみると多くの歩行者に出会うし不必要と思われるほど指導標が整備されている。 地元のPRも上手でなんとなく神秘的なイメージを醸し出すことに成功している。 ところが一方、東海自然歩道のPRを見た人はいるだろうか? 昨今の中高年の山歩きブームの中でも、是非行ってみたというイメージはなく「小学生の遠足」向きといった程度で正直なところさほどおもしろくないといったところではないだろうか?
ところで、この東海自然歩道を歩くに当たっては大きなポイントがある。 それは、当たり前といえば当たり前なのであるが、「大阪から東京に向かって一直線に続く道」ということなのである。 つまり、東京に近づくほど大阪から遠くなっていくのである。通常の山登りなら周回コースをとるにしても山の頂上を中心に登ってほぼ同じ位置に戻って完了というのが通例である。 ところが、東海自然歩道は歩けば歩くほど遠い位置に存在することになり、近場の区間を歩くに当たっては問題ないが、次第にその区間のスタート地点が遠方となりその区間に到達することすら困難になってくるのである。
これは、大きな問題である。 これも比較するのも何であるが、熊野古道の場合、大阪からもっとも遠方に位置するのが新宮あたりである。 ということは、無理をすれば日帰りでも新宮付近の古道を歩くことは可能である。
さて、東海自然歩道を近畿圏、中部圏、関東圏の3つに分割すると、近畿圏は箕面から関ヶ原までと言うことになる。 この近畿圏だけに限れば、どのルートもおおむね日帰り可能である。 特に、春、夏、冬の「JR青春18切符」の発売期間を利用すれば、東海自然歩道の存在する地域は比較的公共交通機関の便利なところが多いので、早朝の快速列車を利用すれば最低でも歩行時間5時間程度は確保出来るのである。
ところが、岐阜県大垣あたりまでは何とか列車の接続もいいが、その先は雲行きが怪しくなる。 JR以外に近鉄電車を利用する手もあるがかえって時間が掛かるときもある。つまり、名古屋から先はJR青春18切符を利用することのできない新幹線なるものを利用するしかないわけで単に東海自然歩道をつなげることが目的としては大きな出費となる。 特に、愛知県から静岡県にかけての山あいのところは、JR線からも離れさらにバスで山の中に分け入る必要があり、次回の歩き始めの起点に到達することすら難儀である。 では、泊まりがけで行けばいいというご質問はごもっともであるが、先に述べたように昔の東海道五十三次のように適当な宿屋がないのである。 神奈川県以後は宿泊か夜行バスを利用する手もあるが、まさか東海自然歩道でテント泊というのも非現実的であるので、やはり日帰り行程が前提となる。そのために、東海自然歩道を歩けば歩くほど次第に歩き始める地点が遠くなり、肝心の歩く時間は短くなり、帰宅時間も遅くなるという大きなジレンマが待ちかまえるのである。
例えばの話であるが、静岡県は富士山の麓、富士吉田付近を散策する富士五湖 紅葉台コースを日帰りで行こうとしたモデルを作ってみた。
(往路)新大阪(7:06)=静岡(新幹線)=新富士(自由席回数券10200円)=紅葉台入口(富士急バス2050円)(11:45)
(復路)富士吉田(16:08)=(富士急バス1370円)=御殿場=沼津=静岡=新大阪=新幹線(自由席11120円)(22:13)
つまり、肝腎の歩行時間は休憩も入れても4時間ほど、それにかかる交通費は24740円となる。
このように、はるばる静岡まで遠征してわずかの歩行時間、それにしても高額な交通費と、もっと距離を稼ぎたいが帰宅の事を考えると歩行時間は短くなるという、費用対効果の点からも大変な矛盾をはらんだ行程なのである。
先にも述べたが、東海自然歩道自体は名所こそ繋げてはいるがそれ以外は取り立てて風光明媚なところもない延々と続く田舎道である。 これを、一筋の道として歩き通すという行いはもしかすると日本百名山を踏破するよりも困難で、「なんでこんなことをしているのだろう」という精神的な苦痛にうち勝つという大きな試練が待ちかまえている。 逆に言えば、多額の費用を掛けてこつこつと大阪から東京までを歩き通すという試練を成し遂げたあとの達成感はまた違った意味で大きいという事になる。
Web上で調べても、日本百名山踏破の報告は多いが、東海自然歩道踏破の報告は少ない。 これをやってのける人は、相当のマニアであり完歩したあとの達成感はその不屈の精神を持った者だけに許される究極の達成感であろう。
で、私と言えば、現在、東海自然歩道を箕面から嵐山まで繋げている。 これは楽勝であった。 さらに、信楽周辺、養老関ヶ原周辺を虫食い状に歩いている。 たかが東海自然歩道と考えては大きな間違いで体力、気力、財力、それに時間が相まって充実しないと完歩はなしえない。 さらに、次は「旧中山道」も待っているよという悪魔のささやきもある。
本職の山登りの合間に歩き続けて行くがいったい何時になったら完歩出来るのか、武者震いの思いである。