中年の山歩き (東海自然歩道編)
世の中には不思議なものがあるが山登りにおいても「机上登山」なるものが存在する。 これは実際には山には登らずもっぱら地図の上で山への取り付き、歩行時間、歩行距離などをプランニングして登山するという空想上の山登りである。 「なんじゃそら?」という御仁もいると思うがいわゆる鉄道マニアにおける時刻表オタクと同じであり、家を出てからどのような経路で山に入り家に帰り着くまでにどのような順路で行動するかを考えてそのプランを綿密に立てることである。
一方、私事ではあるが山登りをするにあたりどうも困った性格というかこだわりがあるのである。 それは、
1)一度登った山は歩きたくない
2)自然歩道ならとにかく始めから終わりまですべてをつなげたい
3)1冊のガイドブックを購入したらその本に載っているすべての山を登りたい
4)同じように一冊の地図帳にある登山道はすべて歩きたい
のである。
特に「一度登った山には登りたくない」というのは関西弁でいうところの「難儀な性格」でありたとえば、金剛山に1万回も登るような一つの山を極める人があるが信じられないお話である。 もちろん、一つの山をいろんなルートから登ることは楽しいし、春夏秋冬と同じコースをたどるのも確かに楽しいと言うのも分かるのであるがどうしても一回登った山は興味が無くなってしまうのである。 従ってここ20年以上も近畿地方の山を毎週のように登っていると悲しいかなほとんどの山を登り尽くしてしまい、なかなか新規の山へというのは困難となってくる。 そこで、この3年間ほどは趣向をかえて熊野古道や東海自然歩道の様なトレイル歩きをメインにしているのである。 あえて言うまでもないが「歩道」と名が付くようにそもそも道であって、同じ所を歩くのがイヤなら同じ区間を歩かなければいいわけで「同じ所を歩きたくない」という性格の自分にとってはまことに好都合なのである。
平成24年5月3日から4日にかけては東海自然歩道のうち亀山ー湯ノ山温泉の区間を歩いてこれにて東海自然歩道 全区間1679kmのうち近畿圏の部分約800kmをすべて繋ぐ事ができたのである。 これは平成20年12月に起点の箕面の森自然公園から歩き始めて苦節3年4か月掛かったことになる。 熊野古道も昨年全6ルートのうち奥駆け道をのぞく5ルートを昨年踏破したがこれは約5年ほど掛かった。
さて、このような長距離歩道を歩き通すには少々コツがいる。
1)順番に近い部分から遠い方へ歩きたいという気持ちは分かるがこれは現実的ではない。途中の区間でもいろいろな状況や近くに行ったついでなどから細切れ虫食い状態に歩いてゆく。 また、逆向きに歩く区間もオーケーである。
2)歩道歩きでは元の地点に戻るのは非効率的かつ「同じ所を歩かない」定義に反するので必然的に一方通行になる。 したがって、公共交通機関利用が多くなる。
3)もちろん、他の山登りや他のトレイル歩きの往復と組み合わせてもいい。たとえば、東海自然歩道と旧東海道、西国33カ所巡り、熊野古道と伊勢街道などがある。
4)前もってインターネットにて交通手段や宿泊施設、歩道の状況、過去のトレイルの報告などをしらべて、できるだけ詳しいタイムスケジュールを作る。
もってまわったような書き方であったが、ここで前述した「机上登山」なる概念が登場するのである。
実はこういった事前の計画を立てること自体がおもしろいのであり実際に現地でその通りの時刻設定で物事が進むのか、ほんとに情報どおり道が存在するのかがなどがワクワクドキドキ感がおもしろい。 たとえば、前もって調べておいた列車、バスは時刻通りに来るわ、道は道標通りに完璧に整備され予定時間内に歩き終え、さらに調べておいた銭湯はその通りの場所に存在して帰りの電車も寸分の狂いもなく運行となったときの満足感というか達成感は筆舌に尽くしがたいものがあるのである。
ところがである、世の中にはうまくいかない時もある。平成23年の正月に歩いた東海自然歩道の養老ー湯ノ山温泉区間においては道自体の崩壊が激しく、道標は朽ち果て道迷いの連続、折からの大雪の中をラッセルして10時間、真っ暗になった中をたどり着いた人気のないホテルがまた幽霊ホテルのようなこわーいホテルであった。 また、平成24年5月にこれも同じく東海自然歩道のフィナーレを飾るべく亀山ー湯ノ山区間の最終地点であと3キロで全行程終了というところで増水した内部川にぶち当たった。 ガイドブックによると本来この川は浅瀬でほとんど川の流れはなくどこでも渡れると書いてあるが前日の豪雨のため堰堤を含めとても激流で渡れず。 30分ほどうろうろしているうちに何とか渡れそうな浅瀬を見つけて裸足、ズボンも脱いで50メートルほどの氷の様な冷たい川を渡渉、あと10メートル歩けば気絶するかもという何とも不細工なエンディングであった。
このように事前の下調べに反して突然大きな難関が立ちはだかるところが人生に似ておもしろい。
考えてみれば日本という国は山だらけ、道だらけである。たとえ近くの山を登り尽くしても道は半永久的にある。 たとえば旧東海道、中山道、伊勢街道、西国街道、京都一週トレイルなどいくらでも歩くことができる。 しかも「同じ所を歩かない」という基本条件を満たすという難儀な性格の自分にはぴったりの歩き方ができるのである。 これら日本中に延長した道を歩くためにあと300年くらい生きようと思っているのである。