中年の山歩き (青春18キップ編)
いわゆる「鉄道マニア」ではないが、最近は山登り、ハイキングに公共交通機関である鉄道、バスを利用するようにしている。その理由は
1)なんといっても安全である、事故の心配がない。
2)省エネルギーに貢献できる。
3)単独で行動するなら自家用車より安上がり。
4)帰りに睡眠できると次の日が楽である。
5)お酒も飲める。
6)車が傷まない。
7)公共交通機関の維持に役に立つ。
他方、デメリットといえば人数がそろうと自動車の方が安くつくし、へんぴな所では登山口まで到達できる自動車は圧倒的に有利である。 しかし、単独行動の多い私どもにとっては自家用車はデメリットが多く林道を走って登山口まで行くようなワイルドなコースは歳のせいか苦痛であり、新車では林道走行は気を使う。今回のお話は、苦節20年、いろいろな山歩きで経験した交通機関でのお得なキップの利用方法ならびに昨今の地方における公共交通機関の現状について書いてみた。
さて、JRをはじめ各私鉄でもお得な割引キップがある。その代表といえばご存知「JR青春18キップ」である。これは、そもそも学生の休み期間、すなわち春、夏、冬の休み期間(約1か月半)に合わせてJR全線が利用できるフリー切符で、期間中の好きな5日間に日本中のJR全線が使い放題になるのである。 ただし、利用できるのは普通、快速列車だけで、特急列車や新幹線などはたとえ特急券を購入しても利用できないという制約がある。
JR青春18キップという名称から18歳以下しか利用できないのかというとそうではなく誰でも購入、利用ができる。 また、グループで同一日に複数枚も利用でき5人家族で同じ日に移動可能、お値段はといえば5枚綴りで11500円で1枚あたりのお値段は2300円となる。 ということは、同一日で2300円の通常運賃以上を利用するとお得になるという塩梅である。
ところが、この価格設定が微妙で、例えば大阪を起点とすると往復運賃で2300円と言うことであれば東は京都の先、近江八幡付近まで、 西は姫路付近まで、南は和歌山をこえて海南付近まで往復しなくてはもとが取れないのである。 ここにさらに特急料金を払って新幹線でも乗車出来れば、活動範囲が飛躍的にのびるのであるが、そうは問屋がおろさないようになっている。 いわゆる「乗り鉄」といわれる鉄道マニアなら鉄道を乗ること自体が至福の時と感じる人々なのであるから1日中JRに乗っていても快感であろうが、当方はいかに安全に経済的に目的地に着き、さらには山登りを目的としているのであるので悠長に電車に乗って遊んでいるわけにはいかないのである。 出来るだけ早く目的地に着いて、山登りを完了させ再びJRを使って帰宅しなくてはならない。
電車が動いている時間は24時間のうち18時間程度で、仮に現地での歩行時間を6時間とすると限りなくスムーズにいっても山登りに利用できる時間は少ない。 しかも駅前に山が存在すると言うことはまずないので登山口への連絡にも公共交通機関を利用する必要がある。
つまり、日帰りでJR青春18キップを使用し、しかも6時間程度の山登りをするためにはJRの利用時間を普通列車の片道で最大5時間以内の場所をターゲットにする必要がある。これを運賃で計算するとだいたい片道2000円、往復で4000円程度となり原価の2300円よりはお得であるが、思うほど得することはないのである。 さすが、JR、うまい具合に価格設定をしたものである。
例えば、平成21年3月に熊野古道は伊勢路を歩こうと熊野市駅前から新宮を通り那智まで歩いた。 行きに青春18キップを使うとどうしても熊野駅に着くのが午後1時頃になり有名な熊野灘の27キロにわたる海岸歩きは不可能と判断、一日目はやむなく近鉄特急で松阪へそこからJRの特急で熊野へ至り、歩き続けて新宮で一泊。 次の日早朝から新宮から那智まで歩き昼の12時過ぎに到着。 満を持して普通電車でいよいよJR青春18キップを使用したのであった。
この時期、人気のない那智駅から普通列車に乗車、串本で乗り換え。この区間の紀勢本線は圧倒的に特急列車が多く、普通列車は2時間に1本である。 次の紀伊田辺行きの普通列車なのであるが幾度となく特急列車に抜かれ、さらに白浜で1時間の停車時間がある。これは後続列車の待ち合わせでもなく、対向車の待ち合わせでもなくとにかく何もなくただ1時間の間、白浜駅で止まっているのである!! さらに紀伊田辺で1時間の列車通過待ち、御坊でまた乗り換え。すでに、6時間を経過しておなかも空いてきたので海南で下車、食事ついでに銭湯で入浴。 再び、和歌山行き普通列車で和歌山へ、ここで乗り換え天王寺、京橋、放出と乗り換えを繰り返し、結局自宅にたどり着いたのは午後10時過ぎであった。 つまり、 18キップを使うことにより本来なら4300円、特急利用なら6700円のところを2300円で移動できる訳であるが、移動に掛かる時間は10時間を費やす事となる。 ただこの10時間を無駄な時間と考えるのではなく、疲れをとるためにお昼寝したり本を読んだり、列車待ちの間にお食事したりして有意義に過ごす事を大切にしなくてはならない。
もちろん、紀伊半島の西半分をトコトコ進む列車の窓からはここ数年間で歩き通した熊野古道、紀伊路が見え隠れして、感慨ひとしおである。
青春18キップにはいろいろな使い方がある。 例えば、四国は松山へ向かう列車で「ムーンライト松山」という夜行列車がある。 これは、大阪駅を午後11時ころ出発、岡山から瀬戸大橋を渡り、翌朝松山へ着く快速列車である。 快速列車なので18キップが使用可能である。 ただし、この列車で18キップを利用するには少々、コツが必要である。 18キップの利用条件は同一日内での利用に限られるが、2日間にわたる夜行列車においては乗車時に18キップを使ってしまうと、次の日も別のキップを要求される。 それでは元も子もないので工夫が必要なのである。つまり、午前0時まではこのムーンライト松山号を普通キップで利用するようにするのである。 この列車が午前0時を迎えるのは明石付近なので、大阪ー明石までのキップで乗車、
明石付近に到達した時点で車掌さんに申し出て次の日のはんこを18キップに押してもらうと言う方法である。
一方、関西の私鉄、大阪市交通局などが発行している「スルット関西」チケットでも3デイパスなるものがある。 これも、18キップと似たところがあって、季節限定版であり3枚のフリーチケットと施設優待券が付いていて5000円である。 この特徴は、関西のJR以外のほとんどの電車、バスが自由に利用できる。 また、大きな違いは特急料金が発生する区間でも特急料金を支払えば乗車できるのである。 ここがポイントでJRの18キップでの普通列車のみという制限がないので高速移動が可能なのである。 ただし、いかんせん「スルット関西」なので関西地域に限られる。例えば、近鉄では名古屋まで利用できるかと言えばそうではなく青山町で打ちきりであるし南海電車も特急高野号が利用できるのがありがたい程度である。 しかも、一回あたりの料金設定も1700円とこれまた微妙な線である。
その他、各電鉄会社が独自で発行しているフリーチケットも周辺の施設の割引優待券利用や使い方次第ではお得である。ただし、JRにしても私鉄にしても電車ばかり乗っている段であれば、お得感たっぷりのフリーチケットであるが、山登りや観光を中心に考えると思ったほどお得にならないという絶妙の金額でさすがの料金設定である。
ここで、JR青春18キップ、スルット関西チケットの使用にあたり、私が独自に考えたポイントを記載する。
1)当たり前の話であるが、出来るだけ早立ちをする。
2)スルット関西では乗車運賃の高い路線を有効に利用する。 例えば、有馬温泉に向かう神戸電鉄や京阪京津線、叡山電鉄、比叡山ケーブルや高野山ケーブルなどを利用するとそれだけで元が取れる。
3)距離を稼ぐためには新快速などの運行区間を利用、それ以後の区間は場合によってはいったん下車して特急を利用してもいい。 ある一定区間だけ特急を利用するのも有効である。
4)電車だけでなくバスも有効である。 例えば 、紀勢本線の普通列車は2−3時間に一本であるが平行して走る国道42号線沿線はバス路線がつながっており、鉄道の空白時間を埋めるようにバスが走っているのでそれを区間区間で利用するとうまく移動できる。 5)「乗り降り自由」の得点を最大限利用する。 列車の待ち時間の間に駅を出て駅周辺を見物してもいいし、食事、お風呂なども活用可能である。
とにかく、鉄道、バスをうまく利用するのは事前の時刻表のチェックが必要不可欠であり、むしろ、移動の当日よりも事前の下調べの方が大変である。 ただ、完璧な行程表が出来ればすでに旅行の大半はおわったようなものでここに醍醐味があり、脳の活性化にもなる。 この辺も公共交通機関利用の効用である。
さて、なぜそこまでして公共交通機関を利用するのか? そこで、もう一つの話の地方における交通機関の現状である。 むしろ、惨状とも言うべきである。 山の中を歩いていると、こつ然と現れる立派な林道に出くわすことがある。 ところが、通行する車両はほとんどなくときおり軽トラックがバタバタ走るだけである。 立派な林道に比べて周囲の集落には人気がなく朽ち果てた民家が目に付くのが寂しい。 こういったところは周辺の農地も山林も手入れがなくなり荒れ果てた山になるのである。 いくら山の中に道路やトンネルを造っても移動する手段が無ければ意味がない。 三重、和歌山県の山奥では1日に数本しかないバス便のところがたくさんある。
例えば三重県台高山地の大又バス停では朝夕1本ずつのダイヤである。 私などは朝到着して夕方に帰るのでそれでもいいが一日2本のバスというものは地元の人にとって果たして利用価値はあるのだろうか? ひどいところでは1日0.5便というところがあった。 つまり、一日で片道しかバスの便がなく帰りは翌日なのである。 こんな事ではますます自家用車のない人は住めなくなってしまう。
自家用車の無い人、特に子供、お年寄りにはバス路線というものは非常に大切でそれもある程度の便数が運行されていなければ結局利用出来ないのである。そもそも人口の少ない過疎地域ではバス路線は赤字であり民間のバス会社は次々に路線を廃止して自治体が肩代わりで運行するところが多く存在する。 しかし、それもこのまま赤字が続くとたとえ自治体運営であっても先行きは怪しい。 山間部のバス路線を維持するためには利用者が増えて収益があがらなくては益々路線の廃止が進んでしまう。 われわれは過疎地域の公共交通機関を維持するためにもこれを積極的に利用する必要があるのである。
はっきり言おう、高速道路の無料化には反対である。 バス、フェリー、鉄道を守ろう。
今の時代、バスなんて時代遅れで車があるじゃないかと言う意見もあるが、都会でも駅前のマンションが人気があるようにやはり人間は公共の交通機関が安定して存在する地域に安心感を感じるのである。 つまり地に足が着いた生活があるのである。
過疎地域に住んでいる人が悪いのではなく交通機関の減少が続く地域では若者が将来を考え都市部へ移ってしまうのは当然である。 都市だけではなく地方が豊かに発展する日本こそ健常な国家である。 四季折々の美しい自然、機能的に整備された美しい耕作地あり、若者からお年寄りまで従事できる農業、林業の基盤があってこそ豊かな地方がある。 地方の自然、国土の保全から見ると地方に人がいなくなるのは大きな損失である。この負の連鎖を断ち切るためにもわれわれは少しでもいいから自家用車の使用を止めて公共交通機関を利用する義務があるのである。