中年の山登り (星が城山 編)
近年は中高年の山登りブームである。しかも、日本百名山とかで人気の山ともなるとシーズン中は人で一杯、道迷いなどしたくても起きない状態である。 とはいっても、登り続けるためには何か目標が欲しい。
日本百名山、近畿百名山などというのは多くのガイドブックでも紹介されており一つの目標としては格好の指標である。 私の場合、もちろん日本百名山も登りたいが目下目標としているものがあるのである。
今を去ること10年くらい前、一冊の本「中高年向きの山 100コース 関西編、高田 収 編、山と渓谷社」 を何気なく購入した。 その本に記載されている山は著者が関西を中心に選定した100の山なのであるが、うち約半数はいわゆる関西の有名な山であり残り半分はどちらかといえば里山で歴史的に由緒のある山やほとんど無名の山、五万分の一の地図にも名前が無い山などが著者の独特の想いで選ばれているのである。
それ以来、いろいろ山に関するガイドブックも買ったのであるが、いつのまにかこの本に載っている山を完登するのが一つの目標になってしまっているのである。ところが著作が昭和59年ということもあり荒れ果てた登山道、当時の面影が無くなってしまった山やスキー場に置き換わってしまった山、逆に藪こぎ山として紹介されている山に立派な林道が出来ていたりするのでとにかく要注意である。
例えば、兵庫県西紀町の鹿倉山は麓から狼谷という川を遡行して上り詰め、危険な岩場を登り最後に藪をくぐって頂上にたどり着く、というおもしろそうな山であったがいざ行ってみれば舗装された林道が頂上直下まで完成、15分で登頂してしまった。 逆に、和歌山県湯浅の三本松峰では記載されている登山道が湯浅自動車道の工事でずたずたになっており、迷いまくったあげくなんとか高速道路の下をくぐり、すでに雑草の巣窟となった霊厳寺跡からたどりついた頂上らしきところははたして目的の山なのか、三角点はどこなのかさっぱり分からず体中イバラのトゲだらけになりながら湯浅の町に帰り着いた事もあった。ことほどさように名も無き100山をすべて登るのはいやはや大変である。
ということで前置きは長くなったが今回の山行きはこの本の中で93番目に登る山なのである。 93番目といっても行く先はなんと瀬戸内は小豆島にある星が城山という所で、ここは太平記の時代から城が築かれたという由緒ある山であり小豆島でも有名な寒霞渓(かんかけい)の隣に位置し、海からそそり立つ標高は817メートルもありそれなりに登りごたえのある山なのである。
反面、小豆島ということでいかんせん交通の便が悪い。 日帰り登山としてはかなりきついし、海水浴、魚釣りと組み合わせればよいが登山だけで行くには失礼ながらちと値打ちが少ないのではという山を選んでいるのがなんともこの本らしいのである。
とにかく、完登するためには避けて通れない山なのであるが、今回の目標としていかに効率よく登れるか、言い換えれば「どれだけ安く行けるか」すなわち悪くいえばけちけち登山、よく言えば清貧登山というエコノミー登山を計画したのである。
普通の人(つまり常識的な人)ならまず早立ちして姫路か岡山の日生(ひなせ)まで車で行きフェリーで小豆島へ、ドライブウエーで寒霞渓へそこから星が城山へピストン、ついでにオリーブ園と二十四の瞳映画村によってお土産を買いさらに小豆島温泉郷へ立ち寄り再びフェリーで帰るという贅沢三昧コースをたどるのであるが、高速代、フェリー代、ガソリン代など他の山に比べ多額の費用が掛かってしまい費用対効果の点から考えると釈然としないのである。
そこで今回はインターネット情報による交通情報を駆使して出来るだけ効率よく、しかも日帰りで星が城山への登頂を果たすという充実したお話である。
ある日、地下鉄の掲示板に「大阪ー姫路 1デイパス 2600円」というフリー切符を発見した。 これは、大阪市営地下鉄、阪神電鉄、神戸高速鉄道さらに山陽電鉄で姫路までが乗り放題で当たり前の話であるが始発から終電車まで一日中乗り放題なのである。 JRの「青春18キップ」というのもあるがこれは使用期限が限られているし5枚綴りで11500円は根性入れて使わないとかえって損をしてしまうのが難点である。そこで、この1デイパスで姫路まで行き小豆島へは四国フェリーで往復、島内のバスはこれまた1日フリーパスを駆使して寒霞渓へというコースをとる事にした。
平成15年2月11日、阪神梅田駅を午前7時発の姫路直通の特急電車で一路姫路港へ、午前9時45分発のフェリーへに乗り込むのであるがそもそもここが問題なのである。午前7時15分発の始発フェリーであれば時間的にゆっくり出来るのであるがいくら時刻表をひっくり返してもこの時刻の乗船は不可能で大阪からであればどうしても9時45分の便になってしまう。 したがって小豆島へは昼前に到着ということになってしまうのである。 もっとも、山陽新幹線を利用すれば余裕で間に合うがそれでは今回の山行きの意味が無くなってしまうのである。
とにかく、8時30分頃に姫路到着、姫路港へはバスもでているが節約のためぶらぶら歩いて予定通りフェリー乗船、ところがこのころより天気予報通りぼつぼつ雨が降り出してきたのである。
まさに豪華客船のフェリーは時間通り小豆島は福田港へ到着した。すぐ前がバス乗り場である。ところが、すでに雨は本降りになっておりこの時期、観光客はまばらでフェリーからの乗客はほとんどが自家用車で移動する人である。 バスに乗る人は私のほかは地元のおばちゃんらしき数人のみであった。 ここから寒霞渓へ直接行くバス路線は無いので、まず島の南側の草壁港まで行き乗り換えしてから麓の紅雲亭で下車、この時すでに時刻は午後1時になってしまったのである。
しかもである。 最終のフェリーが午後5時15分でそれに間に合うためにはここで再び午後3時55分のバスに乗る必要があるのである。 ということはここから3時間足らずの間に標高差400メートルを登りさらに星が城山には尾根筋を片道1時間とすると普通は合計約5時間、マラソンランナー並の速さでないと到底間に合わない事が判明した。そこで当初の目的に反して泣く泣く隣にある寒霞渓ロープウエーを使ってしまったのである。
あっという間についてしまった山頂駅は気温3℃、薄ら寒い中、観光客は誰もおらず場違いの私一人が取り残され、「そぼ降る雨のあるごとく我が心にも雨が降る」とかいってる場合ではなく時間が無いのである。 ここからは遊園地みたいな寒霞渓を離れ尾根道を東へたどるがなにしろ雨と霧でまったく視界なし。本来なら岩壁と瀬戸内海を眺めながら自然林を行くコースであるが、帰りのフェリーに間に合うように時間との勝負をしながらみぞれ混じりの雨の中をびちゃびちゃの道を迷わないようにテープを頼りに急ぐのはまさに人生の業(ごう)というか修行の世界である。
とはいっても霧の中に浮かぶ登山道はむしろ幻想的でもあり本来は美しいコースと思われる。頂上は東峰と西峰にわかれており駆け足で両方に登頂、午後2時30分には下山を開始、急いで元来た道をたどり今度は寒霞渓への下りを怒濤のごとく駆け下り予定時間の10分前に間に合ったのであった。再びバスを乗り継ぎ午後5時15分のフェリーで姫路へ無事帰還したのであった。
というわけで今回の掛かった費用はロープウエー代をのぞいてバス代(1980円)、往復のフェリー代(2640円)、1デイパスが2600円としめて7220円である。 ちなみに車で行くとなると高速道路代で7300円、フェリー代16300円、ガソリン代が約5000円としてしめて28600円となり前者の4倍である。
反省点としては小豆島内のバスは1日フリーパスよりも正規運賃の方が若干安いのではないか、返す返すも悔やまれるのは登りでロープウエーを使わざるをえなかったことである。
とにかく、時間との勝負の中、山に登ったのかフェリーに乗りに行ったのか分からないような企画であったが、無事目的の登頂を果たし、いつもの行け行けドンドンの山登りもいいがこれはこれでおもしろい山行きであった。