2005年5月7日

アクション・リサーチの紹介 2 実践編

1 ARのプロセス

   ARを実際にご自分で実施しようとしても、具体的に何から始めたらよいのかわからないというご質問を受けることが多くあります。
   そこで、ここでは、まずARの基本となる流れを簡単にご紹介させていただきます。
   ARでは、授業の改善を図ろうとする場合に必要となる5つの行程を1サイクルと考え、そのサイクルを繰り返し行うと考えれば理解しやすいと思います。 これを図に示すと下記のようになります。
   つまり、現在のクラスの状況を把握し、それを踏まえて到達可能な目標を具体的に設定し、その目標達成のために必要だと考えられる実践を計画そして実施し、その効果の検証結果に基づいて、内省を深め、次の新た実践へとつなげていくという流れになります。
   

       図: ARの基本的な流れ

              (1)  現状把握    (2) 目標設定    (3) 計画  
                                                                                                                                                   
                                       (5) 検証と内省     (4) 実践    


2 Mikami's Process Model

  ARのプロセスについては、これまでさまざまなモデルが提案されています。
  ここでは、リサーチの開始から仮説設定までの各ステップを通じて、リサーチの焦点を段階的に絞り込むことを目指す三上(2002)のプロセスモデルに基づき、ARの実施手順(10のステップ)をできるだけ具体的になおかつ簡潔に紹介したいと思います。

  Step 1  現状把握

  リサーチ開始時点でのクラスあるいは生徒の状況をできるだけ正確にそして深く把握するよう努力する。そのために、クラス全体の雰囲気、様子、授業内の各活動に対する生徒の積極性の度合いなど、日頃の授業の中での感想や疑問などをjournalの記録(授業者が授業中あるいはその直後にその授業の感想や生徒の様子などを記録した日記のようなもの)として書き記し、それを一定期間継続する。

  Step 2  テーマの明確化

  Journalの記録を読み返し、授業における関心事や問題点を見つけ出し、リサーチのテーマをある程度明確にし、Research Questionとしてまとめる。 ここで最も重要なことは、どのような「学生」に対して、どのような「力」をつけたいのかというリサーチの出発点を確定することです。

       Research Questionの例:
            「英語に対する苦手意識が強く、ほとんど訳読の授業しか受けてこなかった学生
             の英語読解力を高めるためにはどのような指導が必要か?」              

  Step 3  予備調査

  リサーチ出発点が確定できたら、Journalの記録以外のさまざまな調査方法も積極的に活用して(例えば、各種試験・小テスト、アンケート調査、インタビューなどの方法がある)、生徒の英語力・興味・関心、授業の満足度などを把握し、Step 2 では十分にまだ絞り込めていなかったリサーチのテーマをさらに焦点化していく。

       上記のRQに関する予備調査の例:
          1 学生の英文を読む速さと理解度の測定 
                      2 英文中の未知語数の調査
          3 WPMの継続的な記録とその変化の分析

  Step 4 トピックの絞込み

   予備調査の結果を詳しく分析し、Step 1で目標とした力を学生に身につけさせる上で、自分の授業において問題となる点を見つけ出し、それと関連した最も重要なトピックを1つに絞り込む。この時点で、トピックは、十分に具体化されていなければならない。

      上記のRQに関するトピック例:
         「英語に対する苦手意識が強く、ほとんど訳読の授業しか受けてこなかった学生が、目的に応じた
          適切な速さで英文を読んだり、大まかな内容をできるだけ速く読み取れるようになるためにはどの
          ような指導が必要か」

  Step 5 仮説設定

   目標を達成するために、効果があると思われる新たな試みを考えだし、仮説にまとめる。設定する仮説の数は、あまり欲張りすぎず自分で実践可能な範囲にするとよい。下の例では5つの仮説を設定しているが、それだけ実践や効果の検証における負担が大きく、大変であった。これまでの経験から、仮説は1-3程度が目安のように思われる。

   また、この時点で、それぞれの仮説について、どのようにその新たな試みの効果を測定するのか、具体的な効果の検証方法を決定しておくことが必要です。各仮説の( )内にその効果の検証方法を示しておきます。

   仮説の例
     1)        学生にやさしい英語で書かれた文章を読ませることによって、細部にこだわらず
            大まかな内容をとらえて読むことができるようになる。
(WPMと理解度の測定)
           2)        さまざまなreading skillsの指導をおこなうことによって、学生が英文を読む際にそ
            れらを活用した効果的な読み方ができるようになる。
(WPMと理解度の測定)
           3)        速読訓練に先立って、学生に速読の原理面での理解を徹底させることによって、
            速読訓練の効果を高めることができる。
(アンケート調査)
           4)         timed readingpaced readingを組み合わせた指導を行うことによって、学生の読む
            速度を高めることができる。
(WPMと理解度の測定、アンケート調査)
           5)        英文を読んだ後、reading response logを書かせることにより、読みの速さだけでな
            く、読んだ内容についても考えさせ、読みを深めさせることができる。

                                              (学生の作品内容の比較)

     Step 6 計画

  ここまできたら、あとは新たな試みの計画を具体的にたて、それに基づいて実践するだけです。もちろん実施可能な計画をたてるよう気をつけましょう。 特に教師の観点だけではなく生徒の観点からも計画が実施可能なものであるか十分に検討する必要があるでしょう。

   Step 7 実践

  Step 6で立てた行動計画を実践する。Journalの記録を忘れずに継続して行うとよいでしょう。それらは、効果の検証の際の大変貴重なデータにもなってくれると思います。

   Step 8 検証

   Step 5で決定した効果の検証方法に基づき(もちろん必要な場合には修正・変更も可)、新たな実践に関するデータを収集・分析し、その効果を検証する。

   Step 9 内省(Step 5へ)

   効果の検証結果を踏まえて、新たな実践の成果を総合的に評価する。さらに改善を要する場合には、内省によって、再び仮説設定へ戻り、新たなリサーチサイクルを開始することもある。

   Step 10 発表(Step 5へ)

     リサーチのプロセスと結果をまとめて発表し、他の教師・研究者からの意見・アドバイスを得る。再び仮説設定へ戻り、新たなリサーチサイクルを開始することもある。

以  上

 ご覧になっていただいた通り、ARには大変長く複雑なプロセスが必要とされます。ただ理想的な授業がそう簡単に実現できないことを考えると、授業改善を図ろうとするARにこれだけ複雑なプロセスが必要となることも納得していただけるかもしれません。
 それならば、「アクション・リサーチの会@三重」において、日頃抱えている授業における悩みや疑問点を共有し、お互いに励まし、助け合いながら、一緒に少しずつでもご自分の授業を理想的なものに近づけていきませんか。
 ARは、授業者が中心になって実施するリサーチです。授業者が、ご自分の置かれている状況に合わせて、実施できる範囲で、リサーチを進め、理想的な授業に少しずつでも近づいていこうとすることが最も大切なことだと思います。 


  研究代表者: 近畿大学
           語学教育部・講師 三 上 明 洋
           mikami@kindai.ac.jp