2006年1月15日

平成17年度版教員研修実施システム
事前研修1 資料
「アクション・リサーチの実践に備えて

                                近畿大学 三上 明洋 mikami@kindai.ac.jp


  ここでは、アクション・リサーチの実践に必要な基本的事項を簡単に説明しています。
 その内容は、次の4つです。
   1 アクション・リサーチとは?
   2 アクション・リサーチのプロセス
   3 Journalの記録方法
   4 失敗しないコツ
 以上の内容を参考に、アクション・リサーチの基本を理解し、事前研修2(Journalの記録)に進んでください。



1 アクション・リサーチとは?

  佐野(20003)は、次の通り、アクション・リサーチに対する3つの立場を明らかにしている。

  (1) 反省に基づく実践を繰り返すことによって、自分の授業を改善していくことを第
   一にする授業研究の立場

  (2) 学校や地域の教師集団で協力してある問題を実践で追及することによって、カリ
   キュラムや評価ばかりでなく、学校運営などの教育改革にも反映しようとする立場

  (3) 応用言語学や言語習得理論に基づく仮説を、授業実践を通じて検証し、関連学問
   に貢献しようとする立場

 ここに示されているように、アクション・リサーチは、1人の教師の日常の授業改善から学校・地域単位の大規模な教育改革の実現にまで広く活用することができると考えられるが、本研究では、上記(1)の立場となる授業改善のためのアクション・リサーチを扱うこととする。それは、現在の日本の英語教育を改善するためには、何よりもまず、各英語教員が、アクション・リサーチの研究手法を活用して、自分の担当クラスの指導を繰り返し改善し、理想的な授業に少しずつ近づけていくことこそが必要であると考えるからである。

  三上(200087)は、授業改善のためのアクション・リサーチという立場から、次のようにその定義を示している。

  「アクション・リサーチとは、授業内におけるさまざまな問題を解決するために、教師自らが中心となって、その授業に関するデータを収集・分析し、その問題の解決策を導き出していく研究方法である。

  また、Cohen, Manion and Morrison (2001:226)は、アクション・リサーチのより具体的でわかりやすい説明を示してくれている。

  "Action research is a powerful tool for change and improvement at the local level.

  つまり、アクション・リサーチとは、教師が、授業の中で直面するさまざまな悩みや疑問における解決策を見つけ出すための手段と言えるのである。

  

2 アクション・リサーチのプロセス

  アクション・リサーチのプロセスには、さまざまな研究者によって、すでにいろいろなモデルが示されているが(横溝:2000, 33-43)、ここでは、三上(2002379)の10段階のステップを活用することとする。その実施手順では、アクション・リサーチの実践の中で最も難しいと考えられる仮説の設定が、リサーチの開始時点から段階的にそして円滑に行えるよう配慮がされている点に特徴がある。その10段階のステップは、次の通りである。

 アクション・リサーチのプロセス

Step 1 現状把握 Step 6 計画
Step 2 テーマの明確化 Step 7 実践
Step 3 予備調査 Step 8 検証
Step 4 トピックの絞込み Step 9 内省
Step 5 仮説設定 Step 10 発表

 Step1現状把握では、教師は、リサーチ開始時点でのクラスあるいは生徒の状況をできるだけ正確にそして深く把握するよう努める。そのために、クラス全体の雰囲気、様子、授業内の各活動に対する生徒の積極性の度合いなど、日頃の授業の中での感想や疑問などをJournalの記録(教師が授業中あるいはその直後にその授業の感想や生徒の様子などを記録した日記のようなもの)として書き記し、それを一定期間継続する。ただし、Journalの記録は、授業の現状を把握するための最も重要なデータとなるため、リサーチ期間全体を通して、継続して記録する方が望ましい。

 Step 2テーマの明確化では、一定期間記録されたJournalを読み返し、授業における関心事や問題点を見つけ出し、リサーチのテーマをある程度明確にし、Research Questionとしてまとめる。

 Step3予備調査では、Journalの記録以外のさまざまな調査方法も積極的に活用して(例えば、各種試験・小テスト、アンケート調査、インタビューなどの方法がある)、生徒の英語力・興味・関心、授業の満足度などを把握し、Step 2 ではまだ十分に絞り込めていなかったリサーチのテーマをさらに焦点化・具体化する。そのためには、必要な調査項目を漏らさず、それぞれを適切な方法で調査・分析することが重要である。

 Step 4トピックの絞込みでは、予備調査の結果を詳しく分析し、対象クラスの授業における問題点を見つけ出し、それと関連する最も重要なトピックを1つに絞り込む。この時点で、トピックは、十分に具体化されていなければならない。

 Step 5仮説設定では、Step4で絞り込まれたトピックに関連する授業の目標を設定し、また、その目標を達成するために、効果があると考えられる新たな指導実践を探し出し、その2つを仮説としてまとめる。ただし、設定する仮説の数は、アクション・リサーチの研究手法に慣れるまでは、あまり多くせず、自分で実践可能な範囲とするとよい。仮説の数が多くなれば、新たな指導実践の実施あるいはその効果の検証に関する負担が大きく、また複雑になってしまうからである。仮説の数は、初めは1から3程度が目安となるであろう。また、この時点で、設定したそれぞれの仮説について、どのようにその効果を検証するのか、効果の検証方法についても具体的に決定しておくことが必要である。その際、予備調査と同様に、必要な調査項目を漏らさず、それぞれを適切な方法で調査・分析することを忘れてはならない。

 Step 6計画では、新たな指導実践を実施する準備として、より具体的な行動計画を立案する。ここでは、立案された計画が、教師の観点からだけではなく、生徒の観点からも実施可能なものであるか十分に検討する必要がある。

 Step 7実践では、Step 6で立案された行動計画を実践する。その際、新たな指導実践の開始とともに、その効果の検証が始まることを忘れてはならない。新たな指導実践を実施しながら、授業観察、Journalの記録などにより、効果の検証に役立つデータを収集する。

 Step 8検証では、新たな指導実践の効果を検証する。Step 5で決定された効果の検証方法に基づき(もちろん必要な場合には修正・変更も可)、新たな指導実践の効果を示すデータを収集・分析し、設定した仮説を検証する。もちろん、必要な調査項目を漏らさず、それぞれ適切な方法で調査・分析をするよう注意する。

 Step 9 内省では、Step 8の効果の検証結果を踏まえて、新たな指導実践の成果を総合的に評価する。その際、(1)効果のあった点だけではなく、(2)さらに改善の必要な点についても内省を深める必要がある。そして、内省を通して、実施された指導実践の改善点が明らかになった場合には、再びStep5仮説設定へ戻り、新たなリサーチサイクルを開始することもある。

 Step 10 発表では、リサーチのプロセスと結果をまとめて発表し、他の教師・研究者からの意見・アドバイスを得る。他者からの意見・アドバイスを参考に、リサーチ全体に対する内省をさらに深め、再び仮説設定へ戻り、新たなリサーチサイクルを開始することもある。


3 Journalの記録方法

 第1段階オフライン研修をより充実したものにするため、以下の要領に従って、Journalの記録を実践して下さい。もちろん、できる範囲で結構です。何かご不明な点等がありましたら、どうぞ遠慮なくご連絡ください。

 それでは、オフライン研修当日、みなさんがJournalの記録を手にご参加いただけることを何よりも楽しみにしております。

3.1 Journalとは?

    Richards and Lockhart(1994:7)は、次のようにJournalの定義をとてもわかりやすく説明している。

  A journal is a teacher’s or a student teacher’s written response to teaching events. Keeping a journal serves two purposes:

1 Events and ideas are recorded for the purpose of later reflection.

2 The process of writing itself helps trigger insights about teaching. Writing in this sense serves as a discovery process.     

3.2 手順

(1) 1〜2クラスを継続的に最低4〜5回記録する(もちろんできる範囲で結構です)。

(2) 1枚の紙とエンピツだけを用意すればよいでしょう。必要に応じて、下記のJournal用ワークシートを活用することもできる。ただし、これは単なる1つの様式例であって、すべての項目を記入する必要は全くありません。単にその日の授業で気づいた点、疑問に思った点を簡単に日本語で数行程度メモをするくらいの軽い気持ちで実践した方が、記録を継続できるかもしれません。

   Journalワークシート http://engserve.edu.mie-u.ac.jp/~eg6003/AR/2journal.htm (インターネット英語教育研究会(代表:早瀬光秋三重大学教授))

 (3) 授業中あるいは授業後できるだけ早い時間に簡潔にしかしできるだけ具体的に感想・疑問・問題点などを自由に記録する

注1 上記(1)〜(3)までをオフライン研修当日まで行い、その記録のすべてをご持参ください。オフライン研修当日は、記録を読み返し、参加者同士の話し合いなどを通して、自分の授業を見つめ直し、問題点の発見あるいは改善策を探し出すことを目指します。 

注2 はじめのうちは特定のトピックに焦点を絞らずに自由に観察し気付いた点を記録し、次第に焦点を絞り込んで観察・記録を行うようにすると良いでしょう。ただし、すでに調査項目がある程度明確になっている場合は、焦点を絞って、授業・学生の反応を観察・記録することから始めても良いでしょう。

注3 オフライン研修当日は、上記の記録の中に、公表したくないあるいはできない内容や情報が含まれている場合には、それらを削除あるいは修正したものをご持参いただけると良いでしょう。

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Journalの記録例>

高専専攻科の授業

Journal記録例                  記録者: 三上明洋(鈴鹿高専)

月日: 2003106日(月) 1030 〜 1200

科目: 技術英語T

クラス: 専攻科1年 35名

感想: 

今回は、初回の授業であったので、授業の概要説明、TOEIC学習法などの説明を行ったため、講義形式が長くなり、途中飽きている学生も数人見られたが、むしろ真剣に耳を傾ける学生が多く、学生のTOEICへの関心の高さが伺えた。次回から本格的にテキストを使用した授業を開始するため、そのなかで、TOEICのスコア−アップと関連させたアドバイスをうまく与えていきたい。

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4 失敗しないコツ

  最後に、アクション・リサーチの実践を成功させるための10のコツを紹介します。

  (1) 長期的な展望をもって、授業やリサーチを実践する

  (2) 授業の目標を具体的に設定する

  (3) 十分にリサーチの焦点を絞り込む(具体的なトピックにする)

  (4) 新たな改善策を実際に試みることができるテーマやトピックを選ぶ

  (5) 仮説の設定と同時に効果の検証方法を考える

  (6) 効果の検証は計画的に行う

  (7) 自分の実践を振り返る時間を作る

  (8) 授業改善には、リサーチ・サイクルの繰り返しが重要

  (9) 壁にぶつかったときは、生徒に相談をする

  (10)  アクション・リサーチ実践者どうしで仲間を作り、交流を図る


参考文献

Cohen, L. Lawrence Manion, and Keith Morrison (2001). Research Methods in Education (5th ed.) London: Routledge.

三上明洋 2000.「英語授業改善のためのアクション・リサーチに関する一考察」『関西英語教育学会紀要』第23 pp. 85-96.

 … 2002. 「大学における英文読解指導のアクション・リサーチ」『第28回全国英語教育学会神戸研究大会発表論文集』pp. 379-380.

Richards, J. C. and Charles Lockhart.(1994). Reflective Teaching in Second Language Classrooms. CambridgeUniversity Press.

佐野正之(2000) 『アクション・リサーチのすすめー新しい英語授業研究』東京:大修館

横溝紳一郎(2000) 『日本語教師のためのアクション・リサーチ』 東京: 凡人社