2012年4月

科研プロジェクト

研究課題1: アクション・リサーチ実践者育成のためのオンライン英語教員研修実施システムの開発(平成15-17年度)


研究課題2: メンタリングの手法を活用したアクションリサーチ実践研究指導者育成システムの開発(平成18-20年度)


研究課題3: 新しいアクションリサーチ活用法による大学英語多読指導法の開発と効果に関する研究(平成21-23年度)


研究の経過と概要

研究課題1: アクション・リサーチ実践者育成のためのオンライン英語教員研修実施システムの開発

                                     *科研費研究成果報告書(平成18年3月発行)より抜粋

 平成154月より3年間に渡り、文部科学省科学研究費の助成を得て、「アクション・リサーチ実践者育成のためのオンライン英語教員研修実施システムの開発」を試み、英語教員によるアクション・リサーチの円滑な実践を目指して、自主的に参加を希望する教員を対象に必要な研修・支援を提供することになった。

 その主な目的は、アクション・リサーチの円滑な実践を可能にするために、

 (1) インターネットを活用したアクション・リサーチの実践者(teacher-researcher育成のための英語教員研修プログラムとその実施サポート・システムを開発すること
 (2) 研修プログラムの参加教員に対する効果を検証すること
 (3) 各参加教員によるアクション・リサーチ実践研究経過と結果のまとめをデータベース化し、ウェッブ上で広く他の英語教員に公開すること

の3つである。

 まず、平成154月より、上記英語教員研修の実施とその支援の提供に先立って、本教員研修実施システムの中心となる研修プログラムの内容とその実施の流れを決定し、また、主に電子メールを活用したリサーチ実施サポート・システムの整備を行った。そして、同年12月には、三重県・兵庫県の中学・高校英語教員4名と筆者を加えた合計5名により、アクション・リサーチ実践者同士の交流の場となる「アクション・リサーチの会@三重(現アクション・リサーチの会@近畿)」を発足させ、同時に、筆者がリサーチ支援者となり、同研究会参加教員を対象に、本研修実施システムによるアクション・リサーチの実践に必要な研修と支援の提供を開始した。ところが、平成15年度の研究結果から、予想以上に英語教員によるアクション・リサーチの実践は困難であることがわかったため、主に「アクション・リサーチの会@三重」の参加教員を対象者として、アンケート調査を実施し、アクション・リサーチの実践を困難にしている要因を探った。その結果は、三上(2005a)に詳しくまとめられている。また、その調査結果に基づいて、平成15年度に活用した教員研修実施システムにおける具体的な改善点を明らかにし、より充実した新システム(以後平成17年度版教員研修実施システムと呼ぶ)を構築するに至った。

 平成174月、筆者の勤務校変更により、「アクション・リサーチの会@三重」は、「アクション・リサーチの会@近畿」と名称を変更し、近畿地区からの新たな参加教員も加えて、平成17年度版教員研修実施システムを活用して、アクション・リサーチの実践に必要な研修と支援を継続して行った。

 平成17年度版教員研修実施システムでは、研修プログラムとリサーチ実施サポート・システムの両面において、その内容や実施方法におけるさらなる充実が図られている。その新システムを活用し、リサーチ支援者(筆者)は、初めてアクション・リサーチを実践する英語教員とできるだけ頻繁に連絡を取り合い、個々のリサーチに対して具体的・実践的な支援を提供することを目指した。その結果、初めてアクション・リサーチを実践する英語教員であっても、その1サイクルをやり遂げ、その成果を実際に体験することができた。このように、現場の英語教員によるアクション・リサーチの実践は、研究手法に伴う実践上の複雑さや曖昧さゆえに大変難しいものではあるが、個々のリサーチ進行状況に応じた具体的・実践的な助言・支援を提供することによって、円滑なリサーチ実践が可能になることがわかった。

 本「研究成果報告書」は、これまでの3年間に渡る研究の成果をまとめたものである。今後は、本研究成果をさらに発展させ、一層充実した教員研修実施システムの開発につなげていきたい。また、本「研究成果報告書」が、英語教員を対象にするアクション・リサーチ研修をより効果的なものにするための基礎的な資料として活用されることを期待している。


研究課題2: メンタリングの手法を活用したアクションリサーチ実践研究指導者育成システムの開発

                                *科研費研究成果報告書(平成21年3月発行)より抜粋

平成184月より3年間に渡り、文部科学省科学研究費の助成を得て、「メンタリングの手法を活用したアクションリサーチ実践研究指導者育成システム」の開発を試み、アクション・リサーチの実践研究支援体制の充実を図るため、その指導者を育成する教員研修プログラムとその実施サポート・システムの開発を行ってきた。本研究は、平成15年度より行った「アクション・リサーチ実践者育成のためのオンライン英語教員研修実施システムの開発」を継続・発展させたものであり、英語教員によるアクション・リサーチの円滑な実践を支援することを目指すものである。

 本研究の主な目的は、アクション・リサーチ実践研究におけるメンター(指導者)の育成を図るため、(1) インターネットを活用したアクション・リサーチにおけるメンター(指導者)育成のための英語教員研修プログラムとその実施サポート・システムを開発すること、(2) 同研修プログラムのメンター(指導者)育成に対する効果を検証すること、(3) 各メンター候補者およびメンティ(アクション・リサーチ実践初心者)によるメンタリングの経過と結果をデータベース化し、ウェッブ上で広く他の英語教員等に公開すること、の3つである。

平成18年度は、まず、先行研究を基に、教員養成・研修のあり方を探るとともに、メンタリングの定義、機能、効果、問題点などについて考察し、アクション・リサーチ実践研究指導者育成を目的とするメンタリングの手法を活用した教員研修プログラムの具体案をまとめて発表した(三上, 2006)。また、その具体案に基づき、アクション・リサーチの実践研究指導者を育成する教員研修プログラムとその実施サポート・システムの開発を行い、研究代表者が、中学・高校・大学の英語教員6名のメンターとなり、各教員によるアクション・リサーチの実践を支援するためにメンタリングを試みた。さらに、その実践経験を基に、初めてメンタリングを行うメンター候補者を対象に、アクション・リサーチ支援としてのメンタリングの進め方に関するガイドラインを作成し、その具体的な実践方法を明らかにした(三上, 2007)。 

 平成19年度には、前年度に開発したメンタリングの手法による教員研修プログラムとその実施サポート・システムを活用し、新たに大学英語教員2名からの参加協力を得て、約6ヶ月間に渡ってアクション・リサーチの実践を支援するメンタリングを実践した。この実践期間中、研究代表者は、コーディネーターとしてメンター候補者とメンティによるメンタリングの実践をモニターするとともに、両者に必要な助言・支援を提供した。その結果、メンティは初めてのアクション・リサーチの実践であるにもかかわらず、メンター候補者からの支援によって、その1サイクルを最後までやり遂げることができ、メンタリングの実践が、アクション・リサーチの支援を充実させるとともに、メンターを育成する効果的な方法となる可能性を示すことができた。

平成20年度には、前年度に実践したメンタリングの経過と結果を詳しく分析し、メンタリングを企画・運営するコーディネーターの役割を具体的に明らかにするとともに、参加したメンター候補者とメンティを対象に実施したアンケート調査の結果を基に開発した教員研修プログラムの効果と問題点を明らかにした(三上, 2009)。また、三上・三上(2008)では、アクション・リサーチの実践においてメンティが直面する問題点を挙げ、その解決に向けたメンターからの支援方法について述べ、アクション・リサーチの実践を核とするメンター/メンティ制度の導入を提案した。

 このように、本研究では、アクション・リサーチ実践研究におけるメンター(指導者)を育成する教員研修システムを開発し、実際に大学英語教員を対象にそのシステムを活用し、その効果や問題点を探ってきた。本研究において、特に、アクション・リサーチの実践を核とするメンタリングというこれまでにほとんど実践されたことのない新しい試みを他の英語教員からの協力を得て実現することができたことは、とても意義深いことであった。ただし、参加教員数がまだ少ない上に、メタリングの実践には個人情報の保護という観点から公開を控えた方がよい情報が多く含まれてしまうため、当初の研究目的の1つであったメンタリングの経過や結果をデータベース化し、ウェッブ上で広く公開するところまでには至らなかったのは残念である。今後は、引き続き、本教員研修システムに改良を加え、それを活用したメンタリングの実践研究を積み重ねていきたい。それによって、日本の英語教育におけるアクション・リサーチ支援としてのメンタリングがさらに広く実践されるようになり、その結果としてデータベースの構築が実現し、さらにはどのような形でデータベースの公開を行えば、メンタリングを進める上で役に立つ情報を提供することができるのかという公開のあり方についても探ることができるものと考えている。

本「研究成果報告書」は、これまでの3年間に渡る研究の成果をまとめたものである。今後は、英語教員によるアクション・リサーチの実践に対する支援がさらに充実し、より多くの英語教員がより円滑にアクション・リサーチを実践でき、授業改善を図ることができるようになることを願っている。本「研究成果報告書」が、そのための基礎的な資料として活用されることを期待している。


研究課題3: 新しいアクションリサーチ活用法による大学英語多読指導法の開発と効果に関する研究

1. 研究の背景

  (1) アクション・リサーチについて

アクション・リサーチ(以下AR)とは、教員がresearcherの役割をあわせもち、計画―実行―内省というプロセスを経て、授業改善を目指す授業研究法である。佐野(2000)により、この研究手法が我が国の英語教育に紹介されて以来、効果的な授業改善の手段として注目を集め、高知県、神奈川県、栃木県をはじめ全国各地の英語教員研修で積極的に取り入れられ、英語教員によるARの取り組みは急速に増加している。

 佐野(2000: 31-48)は、ARの考え方を、@ 授業研究の立場、A 教育改革運動の立場、B 理論検証の立場の3つに分類している。簡単に言うと、@は、教員が自分の担当授業を改善することを第1の目的とし、Aは、授業改善にとどまらず学校や教育行政の改革を果たすことを目指し、Bは、応用言語学や言語習得理論の研究成果に基づいて構築された理論を教室の中で検証し、実践に役立つ理論を構築しようとする立場である。この分類に従うと、日本では、ARが授業改善の手段として紹介されたためか、そのほとんどすべてが@に分類され、その成果はリサーチ実践者の授業改善や指導力向上という個人的・局所的なものに限られてしまっていることがわかる。

 一方、世界でいち早くARを教育に応用したイギリスやオーストラリアでは、@に加えてAやBの立場によるARが広く実践され、カリキュラムや教材を開発したり、構築された理論を実践の場で検証するというように、1つの教室の枠を越えた大規模な成果につながっている。例えば、佐野(2000:39)Burns(1999)では、1976年にイギリスで設立された最初のAR研究団体CARN(Classroom Action Research Network)やオーストラリアでのAMEP(Australian Adult Migrant English Program)と呼ばれる成人移民者に対する英語教育コースなどの取組が報告されている。

 結局、国内では、AR実践の普及が進み、その支援体制の充実化も図られてはきたが、その活用法は限定され、海外に比べ十分な成果が得られていないのが現状である。その最大の原因は、ARを実践する教員に前述のAやBの立場による視点が欠けているためであると言える。したがって、ARによる成果をさらに高めるためには、海外での成功例を参考にしながら、改めてそのあり方を問い直し、AやBの立場によるAR実践へと活用の幅を拡大する必要がある。

(2) 大学英語多読指導法について

 200610月に実施された日本の英語多読指導実態調査(山崎, 2008:246)によると、実際に多読を実践している大学の割合は37%であり、そのうち「個人レベルでの実施(62)が、大学カリキュラムの一環としての実施(32%)を大きく上回って」いることがわかった。このように、日本の大学での多読指導は、その必要性・重要性を認識した教員によって個人的に実践されているケースが多く、指導形態もさまざまのようである。

 このような多読指導の実態を踏まえ、近年、海外に劣らず日本でも、野呂(2008)をはじめ英語教育における多読研究が多く行われるようになってきているのは大変望ましいことである。しかし、これらの多読研究では、Graded Readersなどの比較的やさしい読み物を学生に与え、一定期間の学生の英文読書量と英語力の変化の関係を分析する形式が大半である。このような研究では、どのように学生の読書量を増やすかという指導のあり方の探求よりも、どれだけ学生の英語力が伸びたかという指導による結果の分析が重要視される傾向にある。つまり、このような結果重視の多読研究だけでは、前述のような個人的な指導実践を体系化された指導法の開発につなげることは難しいと考えられる。したがって、今後は、多読指導のさらなる充実を図るために、その効果を単に示すだけではなく、その効果を踏まえて指導のあり方を深く追求し、効果を高めるための指導法を開発すると共に、その研究成果を英語教員同士で共有することが最も重要である。

2.研究の目的

本研究の主な目的は、次の3つである。

(1) 佐野(200031-48)の分類に基づき、研究代表者が、大学における自分の英語担当授業において、これまで広く行われている@ 授業研究の立場よりも、A 教育改革運動の立場、B 理論検証の立場によるARを長期的に実践し、国内ではまだ実践例の少ない新しいAR活用法の具体的なモデルを提示する。
(2)
長期的なAR実践を通して、大学における効果的な英語多読指導法を開発し、その短期的・長期的な効果を明らかにする。
(3) 長期的なAR実践を通して得られる多読指導に関する有益な情報や資料をデータベース化して、インターネット上で広く公開し、他の英語教員と共有するシステムを開発する。

3.研究の方法

本研究では、佐野(2000)によるARの3つの分類に従って、授業研究の立場よりも、教育改革運動や理論検証の立場によって、研究代表者が、本研究期間中(3年間)勤務大学の担当授業(通年科目)において、ARを実践した。このAR実践では、1年を4期(前期前半・後半、後期前半・後半)に分け、指導上の問題点の発見と改善を年4回繰り返し、1年コースの大学英語多読指導法を開発することとした。また、年度末には、1年に渡るAR実践研究のすべての成果を踏まえて、1年間の多読指導全体のさらなる充実を図ることとした。このように、1年間に渡るARを毎年異なる学生を対象に3年間で計3回繰り返し実践し、大学における効果的な多読指導法の開発とその短期的・長期的な効果を明らかにすることとした。

 4.研究成果

研究代表者は、3年間に渡り、勤務大学英語担当授業の中からリサーチ対象クラスを選定・決定し、アクション・リサーチを実践した。対象クラスは、4クラス(1年目)、3クラス(2年目)、3クラス(3年目)の合計10クラスであった。それぞれの授業の一部(週1回約30分)において多読指導を導入し、その指導のあり方と効果を探った。指導の効果を検証するにあたっては、読解速度テスト、英語コミュニケーション能力テスト(GTEC)に加えて、自己決定理論に基づくアンケート調査をそれぞれ実施した。

その結果、1年間に渡る多読指導法としての1つの具体的な方法を確立することができた。まず、多読指導導入期には、それに慣れることに重点を置いた指導を丁寧に行うことが重要であろう。その上で、学生が慣れてきた段階で、順次さまざまな活動を導入していくことが効果的であると考えられる。特に本研究では繰り返し読み(Repeated timed reading)の指導を組み合わせて行った。

全体的には、1年間に渡る多読指導を実践することによって、学生の英文読書量を増加させることができ、学生の読解速度を向上させる効果に加えて、動機づけを高める効果があることが確認された。しかし、英語力の向上については確認できなかった。

今後、3年間で収集されたデータをさらに詳しく分析し、その指導による効果を確認した上で、順次その研究成果を発表するとともに、多読指導に関する有益な情報や資料をインターネット上で広く公開していくこととする。

引用文献

Burns, A.(1999) Collaborative Action Research for English Language Teachers. Cambridge University Press.

野呂忠司(2008)「中学・高校生に対する10分間多読の効果」第34回全国英語教育学会東京研究大会発表予稿集 pp. 247-249.

佐野正之(2000)「アクション・リサーチのすすめ―新しい英語授業研究」大修館書店

山崎朝子(2008)「多読指導の現状:科研研究の成果」第34回全国英語教育学会東京研究大会発表予稿集 pp. 246-247.


 *上記研究は、平成15,16,17年度、平成18,19,20年度並びに平成21, 22, 23年度文部科学省科研費若手研究(B)の助成を受けた。


問い合わせ先:
    近畿大学経営学部准教授
    三 上 明 洋
    〒577-8502
    東大阪市小若江3-4-1
    E-mail: mikami@kindai.ac.jp