「紫龍、紫龍。いるか?入るぞ」


少し大きめのノックを2回。礼儀に人一倍うるさいあいつには、俺も気を使うという日本語を実践する。
優しい隣人のドアはいつも誰かを迎えるために開かれている。
裏をかえせば閉ざされたドアは拒絶の信号なのだ。
しばらく返事を待ってみるものの、まったく反応が感じられない。
思いきってドアを開ける。予想に反してカギはかかっていなかった。そして…

俺は目にしたあまりに美しい光景に息をのんで、伝えるべき言葉を忘れ立ち尽くす。

聖闘士にしては細い両腕に、輝く白い花を抱えたおまえ。
幾度かの失明のあとで極端に視力がおちたおまえの澄んだ瞳は、長く伸びた睫毛を隠すメガネのもと、眠るように閉ざされて。
甘い香りが充満する部屋の中央、足を組んで動かぬ姿は、アンティークのチャイナドールを連想させた。

なにをもって、この夢幻を壊すことができようか。
俺はまだ動けず、言葉すらかけられず。
夜のとばりに色濃く翳りながら香る花の、たんなる傍観者として、そこに、いた。


我、華の睫毛に酔ひしれん。







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ハーデス編後、ムウ様を思い慕って待ち続ける紫龍の図です★