249.そばにいて





深夜、思い通りの時間に目を覚ます。

時計は見ない、おそらくは数分の違いもなく、3時だろうから。

星明かりだけが生命を放つ新月の夜には、館の最上階へと上り。ひとり、神経を研ぎ澄ますのが、13年の月日からなる習慣だった。


規則正しい寝息を立てながら眠る紫龍を起こさないよう、無意識に追ってくる頭の下から、徐々に左腕を抜き、身体を離す。

そうして、複雑な影を刻むシーツの波をあとにしようとしたとき。


後ろから、クンと、髪を引っ張られた。


恋人の性格は承知しているので、こういった種類の悪戯を意外に思い、振り返ると。

眠り姫のごとく熟睡している。行為の名残を感じないほど、寝顔は、いつも幼い。

目尻に唇を落とし、立ち上がろうとすると、ふたたび、髪を強く引っ張られ。

いったいどういうわけかと、引力を感じる髪の先をたどれば。


絡みついていたのは、彼の、漆黒の髪。闇より深い、黒い髪。


わたしの髪と、紫龍の髪が、ひとふさ。

毛先から少しの位置で。

夜半までの、ふたりのように、きつく絡まり、結び合っている。

不思議な偶然の、産物。だけれども。





なぜだろう。

はっきりと。


「行かないで」


彼の声が聞こえた気がした。





ひとは、どの瞬間にでも、変わることができる。

やわらかい気持ちで満たされ、いまとなっては無意味な、孤独な儀式を捨てようと簡単に思えた。


窓の向こうで、星が笑うように、きらめく。


絡まる髪をそのままに、体温の残るくぼみに滑り込む。

腕の中に紫龍を抱くと、2度3度、居心地の良い場所を探すように身体をすり寄せ。心臓と肩口の間で落ち着いた、幸せそうな顔。

ぬるい吐息と、わずかに開いた唇が、心の中と胸の先とを刺激する。だから。


愛しい、おまえを愛したい。


起こしたら可哀想だろうか?---そんな考えよりも、わたし自身が正直だから。さっそく、行動に移すべく、唇を塞いだのだった。





眠りから呼び戻されて、状況が掴めていなかった紫龍が律動を合わせたから、時間をかけて2度交わって。

熱が冷めていくのと同じ速さで、まどろみに誘われかけた頃。





絡まった髪を思い出して、ふたり、ほどこうと必死になって、どうにも出来なくて。

わたしの髪を切りましょうと言うと、切るなら俺のだと言い張るあなたは、強情そのもの。こういうときは譲らないのが面白い。

延々、「わたしが」「俺が」と言い合ったあとで、したことは。


ハサミで、同じ長さだけ、同じ束だけ、切り合って。

そして、薄紫色に染まり出した明け方の空に放り投げた。星になれと願いを込めて。


ふたりで歩けば、勘のいい者に
気づかれ、冷やかされもしよう。

わたしの左側の髪と、あなたの右側の髪が、同じように少し短いなんて。とても可笑しい、とても素敵な出来事だ。

髪を切った憶測は自由だけれど、理由は単純。



星になっても、そばにいて。





249.そばにいて/20060706
All rights reserved by aho-kan!