241.発見





お茶が入りましたと告げる声をきっかけに、修復文書の世界から日常へと、意識が切り替わる。
色のくすんだ分厚い古書を閉じて卓に向かうと、控えめな笑いが降りてきた。

「それって、クセですよね」
「クセ?」

思いがけない指摘に、さて、なにをしただろうと思い返しながら、香ばしい温かさを運ぶ茶を受け取った。

「そう、あのね。あなたが本を読むのを中断するときに、右手の中指で、軽くページを叩くんですよ。トントンって。閉じるときには、両手で挟んで、こう、」

嬉しそうに、真似をする。

「いままでの内容を閉じこめるみたいに、一瞬、目をつぶるんです。本当に一瞬、」

楽しかった出来事をそのまま伝えようと必死な子供のように、

「そうやって記憶していくのかな、すごいなぁって、いつも思ってたんですけど、」

夢見がちに頬が紅潮していくのを、ほおづえをつきながら楽しい気持ちで見ていた。

「それって、やっぱり、クセですよね!」


言い切った紫龍はといえば、ばっちり目があった途端、瞬間で熟れた果実のようになる。
これ以上はないくらい目を開いたかと思うと、首が痛くならないのか心配するほどの勢いでうつむいて。
聞き取れないほどの小さな声で、しかし、「ごめんなさい」と口が動いたのは分かった。


謝ることなんて、なにもないのに。本当に飽きない。


勝手に落ち込む紫龍に手を伸ばし、隣に腰を下ろさせた。
おとなしく従いながらも、そっぽを向く顎をとらえて、こちらを向かせる。
わずかに触れた頬は、ひどく熱かった。

「......意外」

長めの前髪をかき上げ、額に額を軽く合わせて、揺れる瞳をのぞく。
こうされると紫龍が動けなくなるのを知っているから。


わたしはズルイ。


「あなたは、ちゃんとわたしのことを見てくれてるんですね」

1、2、3、4、5、...

「......はい」

返事を待つまでの10秒にも満たない時間を、こんなにも長く、愛おしく感じたことはない。

「嬉しいですよ」
「本当に?」
「ええ、もちろん。とても嬉しい」

本当に、本当。とても、とても嬉しい。
気持ちを込めた瞳を閉じないで、そっと首を傾げて、触れあうだけの。瑞々しい唇の弾力に、息がこぼれる。

溢れる愛おしさは、遠慮がちに切り出された言葉の甘さと、見つめ返す瞳の真摯な美しさに、すぐさま塗り替えられて。

「これからも...見ていて、いいですか?...ムウのこと」

答は決まっているのに、せりあがった心臓がいっぱいになって、すぐには声にならなかった。

1、2、3、4、5、...

「......はい。お願いします」

あなたはズルイ。





心乱すのも、心満たすのも、触れ合いを許すのも。
無意識の仕種ですら、他の誰かになんて見つけられたくない。


この瞳が見たいと望むのは、いま、互いに映す姿だけ。


わたしたちは、ズルイ。
わたしたちは、正反対の、似たもの同士。





241.発見/20070224
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