200.崩壊





丁寧語を使うからといって、いつも冷静なわけじゃない。
むしろ自分が呪わしい。

あなた相手に余裕なんてない。

言いたい、行ってほしくないと。
言ってしまいたい、


「わたしといるほうが、ずっと、ずーっと楽しいでしょう?」


なんてこと。



兄弟は血の絆。
半分は同じ血。
同じ血で、同じ地位。
それでいて、友達。
共通点の多さ。



出来るなら、いますぐ黄金の地位を返上して、青銅に入りたい。
そうしたら、もっとあなたに近づける?


「皆に会ったら、すぐに帰ってきます」
「ひさしぶりでしょう、ゆっくりしてきていいんですよ」


どうして、この口は本心を裏切る?
言えばいい。


わたしも一緒に行っていいか、と。
あなたのいない時間はつまらない。


気もそぞろにめくるページに、さらさらと落ちてくる黒髪。
後ろから、ひょいと顔をのぞかれた。


「一緒に行くか?」
「......どうして?」
「そう、顔に書いてあるから」


いつの間に、この心を読めるようになったんだろう。
それが、わたしとあなたが過ごした時間なのだろう。


気持ちは、行きたい。
だけど青銅の会に同行するなんて、格好がつかない。
いくつか日本行きの理由を考えてみたが、どれも説得力がないのだから仕方がない。

行きたい、わたしは行きたいです!
それでも立場上、行くに行けないから、あえなく降参している始末。


今度は偽らざる本心を言ってみた。


「わたしがいれば、皆、気を使うでしょ。いいから気にせず行っておいで」


ソファ越しに覆うように身体を乗り出していた紫龍の、潤んだ黒い瞳。
まばたきもせず見つめられ、数秒して。
額に唇を落としてくれた。


優しい唇。
あたたかな、あなた。


「ムウの好きそうなお土産買ってくる。なるべく早く帰ってくるからな」


軽快に山をくだる紫龍の足音が、秋風に乗って届く間、遠ざかる姿を思うと微動だに出来ず。
進まないページに、いつしか乾いた夕日が差し込んだ。



あなたがいない部屋で、思う。



いつか見た、どこかの国のビル解体映像のように。

意味なくそびえた用を成さないヤセ我慢は。

粉塵を高く撒き散らし、脆く崩れてなくなればいい。





200.崩壊/20101001
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