109.クチビルノスルコトハ〜Kiss in the Silent Library〜





ムウ先輩と俺は、学年も分野も違うから、私立の広い校内では行動範囲が重ならない。
つきあい始めてから買った携帯は、先輩のメールでいっぱい。
機械全般に不慣れな俺に「ゆっくり覚えていけばいいから」。
先輩の声が聞こえてきそうな受信箱を見返しながら、もたもた送信練習中。
電話はしない。会いたくなるから。


先輩のメールは簡潔で無駄がなく。

「5分後図書館、いつもの場所」
「今日は一緒に帰れません。ごめんね、わたしが残念」
「日曜、会える?」
「改札に着きました、迷ってない?」
「おやすみ。また明日、あなたの駅で」

短い言葉も、先輩が送ってくれたから大切な宝物。ひとつも削除できない俺。


なかなか会えない校内では、少しでも顔が見たくて、一緒にお昼を食べる約束。
有名なシェフの監修が売りらしい食堂のメニューは豊富で、たしかに美味しい。
ムウ先輩と分けっこしながら食べるから、もっと美味しい。

だけど、食堂に行くそのまえに。
借りた本を返すというもっともらしい理由でクラスメイトの誘いを断り、かならず、図書館へ向かうのが日課。
ムウ先輩と会うために。少しでいいから、ふたりきりになるために。


誰にも内緒、言えない関係、だけどなにも恐くない。


昼休みがはじまったばかりの図書館に生徒の影はなく、エアコンの稼働音がかすかに響くのみの、静かな沈黙に支配される。
先輩の専攻は特別難解で、いつも人気のないフロアの、奥まった専門書架が待ち合わせ場所。

俺の目につくように、わざと通路側にこぼした綺麗な長い髪が見え、それだけで緩む頬をぺちぺちとしながら早足で近づき、勢い込んで棚を曲がると。
すぐそこにいた先輩とばっちり目が合い、その見慣れぬ姿に驚いて。
なぜだろう、くるりと方向を変えてしまった。


だって、そんな姿、いきなり見たら。
胸がキュッと音を立てて、言葉が出ない。
心臓がうるさくって、鼓動が音漏れしそうで、振り返れない。


はじめて見るメガネ姿---


ムウ先輩は自分の魅力にぜんぜん気づいてないと、ときどき思う。
いつもなら手を繋いで絡め合った指に、おまじないのように安心できるのに。
そんな姿、まともに見れない。自分がバカみたいに先輩が好きなことだけしか分からない。

なのに背を向けて。


先輩にヘンに思われたかもしれない。
俺のこと嫌いになったかもしれない。


図書館で会う秘密、毎日のちいさな幸せがしぼむ。
泣きたくなって、無言のまま、先だって食堂へ向かおうとした、そのとき。

「紫龍」

棚側に手を引かれバランスを崩した、振り向きざまのくちびるに。

「---忘れ物」

やわらかなムウ先輩の皮膚を感じた。


あたたかくて、気持ちいい。
ざわめきが遠く消えていく。


表面を軽く合わせたまま、気持ちを探ろうとするように入ってくる舌が、舌に触れたとき。


「先輩のメガネ姿、はじめて見るけど...大好きです」


くちびるが離れたら、そう言おうと、瞳を閉じて。

この行為をキスと呼ぶのを知ったのも、あの日、図書館だったと。
ひなたに忘れたチョコのように、とろけてしまった輪郭で。
ぼんやり思い出すことができた。







委員会で展開しているムウしぃ先輩後輩ごっこ設定ですv
初キッスは図書館だったらしい。
SSの元となった図書館でチューする絵はコチラ、
「図書館のおべんきょ」
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