81.ピアス
アクアマリンのピアスが、繊細な造りながら豪奢な光を放つクリスタルの器に乗せられて。わずかに、硬質な音を立てた。
届けられたばかりの新しいパーティドレスに見合うようにと、宝石類のついた華美なピアスを楽しそうに試着するみちるの姿を、後ろからぼんやり眺めるついで。
はるかは、アクセサリー受けに置かれた小さなピアスを、好みのキャンディを取るような仕種で、手に取った。
陽にかざすと、光を吸った海の宝石が、限りなく透明に近づいて。
透きとおるようで、複雑な色を映し出すそれは、みちるの耳にあってこそ美しい。
そんなことを思いながら、手持ちぶさたな時間を紛らわすように、ピアスをもてあそぶ。
冷たいそれが、指の温度を奪って温かくなるのを感じた。
何気なく、空いた片方の手で耳たぶを触って、ふと不思議に思い、反対の耳にも触れる。
---あれ?
もう一度、触れてみた。
「あれ???」
場違いな声色に、みちるが振り返る。
耳を飾るラインストーンの連なりが、真夏の海に弾けるしぶきのように輝いた。
「はるかったら、なぁに?ヘンな声出して」
「いや、別になんでもないんだけどさ...あれ???」
メトロノームのように何度も繰り返し左右の耳を行ったり来たりする動きが、あからさまに「なんでもなく」はない。
「はるか?」
かがんだために、いまにもドレスからこぼれそうなバストに目がいくのは、はるかとしては仕方のないことだったが、ヨコシマな視線を遮るように、柔らかく、だが的確に。
みちるは、はるかの手を取り、不思議な反復運動を封じて、心配げに顔を覗きこんできた。
「本当に、どうしたの?」
そのとき、はじめて。
セーラー戦士"ウラヌス"には装着されているはずの、左耳のピアスが。
"はるか"にはないことに気がついたのだ。
「いや、なんでもないことかもしれないけど、そのさ...変身したときはピアスしてるだろ。あれのホールがない気がするんだけど。なんでだろ。みちる、見てくれる?」
疑問系を用いつつ、いたって陽気に答えるはるかが予期したのは、
「もう、いまさら何言ってるのかしら」
と。
少しあきれた調子で、優しく左耳に顔を傾けてくれる、みちるの姿。
目の前に近づく、豊かで柔らかな桃の谷間。
思わず、手を伸ばし食べたくなるような。
ところが。
「それ。本気で言ってるわけじゃないでしょうね」
聞いたこともない、冷たい声。
「え?」
甘い想像を打ち砕くには十分の、硬い、硬い響き。
動揺する内心をさらに硬直させたのは、至近距離で近づく顔と声だった。
「わたしに、それを、本気で、言ってるのか。と聞いたのよ」
一言一言、区切られた言葉に、冷たい重さを感じる。
愛して止まない美しく艶やかな顔には、あらゆる強敵を前にしても見られないほど、冷淡な影が落ちていた。
激しく内で燃えさかる炎を、冷たさで相殺しているような。
「返事は、はるか。イエス、それとも、ノー?」
------怒ってるのは、みちる?ネプチューン?両方か?
「はるか!」
海王星の表面温度は、マイナス220度。
吹く風は惑星一、時速2.000km。
そうなんだ。そうだったんだ。
手の中のアクアマリンが、1度、熱くなって。
どうして怒ってるのかなんて分からない、けれど。
なぜだか、少し、泣きたくなった。