062.誰にもいえない/much ado about love





優雅な午後のひととき。
ひだまりに捧げるティータイム。

お茶にはうるさいせつなと、食器に凝るみちるがそろえば、プロ顔負けのセッティング。
ふたりきりの会なのは、いつもお茶の出来映えを褒めてくれる、お得意様が不在だから。
はるかは新車の打ち合わせがあるからと、こんなときだけ自主的に目覚めて、早朝から外出していた。

リサイタル遠征から帰ったばかりのみちるが、お土産に買ってきた色とりどりのお菓子をテーブルに並べ、ふたり、ソファに落ち着く。
煎れたてのお茶で喉を潤し、一口サイズの焼き菓子をつまみ、ひととおり味を批評し合い、ついで。
年頃の女性らしく、お気に入りのブランドや新作情報を交換し、ショッピングに行く約束。
共通の知人の動向を確認して、雑誌に掲載されたみちるのコンサートの裏話で盛り上がり。

そして、やはり。
という感じで"恋愛話"へと切り替わった。

実年齢とは別の次元で大人びている、せつなとみちる。
ふたりになったとき、はるかがいては絶対にしない話題に花を咲かすことが多い。

なぜって?
深い理由はないけれど。
みちるの発言に子供じみた反応を起こすはるかが、せつなに噛み付いて話がふつうに進まないのがネックなのだろう。



年頃の少女が「〜へ行きたい」「〜が欲しい」といった感覚そのままに、みちるが何か言おうものなら大変なのだ。
金銭感覚については、生まれながらの額縁付きお嬢様であるみちるの方が一般レベルとかけ離れていそうなものだが、実際、はるかの方が比べ物にならないと、せつなは一緒に暮らして初めて知った。

そして、頭痛に悩まされる。

「星が沈む海が見たい」といえば夜中でも車を走らせ、「この季節のウィーンはいいわね」とつぶやけば航空機を押さえてしまうはるか。
みちるの希望は思いつきではなく、すべて本気の本気だと信じ込んでいるのか?
「ぜったい似合うから」「みちるが着けた姿を見たい」という理由だけで、あつらえたドレスやアクセサリーは数知れず。下着だって山ほど届いた。
何度注意しても、悪びれることも、意に介する気配もない。
理性や金銭感覚の在り処を理論的に問いつめてしまう真面目なせつなは、はるかとよく衝突してしまう。

しかし、はるかの風のように気紛れな態度には真剣になりきれず、最後まで怒ることもできないのだった。

はるかとみちるの強い絆は前世を通して現在にいたるまで、ずっと知っていた。未来でさえ、知っている。
戦いを終えた今は、ますますグレードアップしているようで、一緒にいると熱気に困ってしまうくらいだ。
それでも一緒にやっていけるのは、人並みはずれた忍耐力のおかげだと自画自賛するくらいは、どうか許してほしい。

だからいまは腰を折られることもなく、気兼ねなく"コイバナ"出来る時間を、せつなは楽しんでいた。
ーーーはずだった。



「顔か性格どっち、なんて簡単に言うけれど、どちらか一方だけが好きなんてこと、あり得ないわよね。
 すべてをひっくるめて、好き、というのだもの」
「それはそうね。好みの顔はあるけれど、性格だって顔に出るもの。割り切れるものではないわ」

お茶のおかわりは、こっちも美味しいから食べてみて。
たわいないやりとりをはさみながら、おしゃべりはつづく。

「そうそう、みちるが出ている間に、面白い話を耳にして」
「なあに?」
「番組でやっていた『理想のひと』なんですが」
「夢に見る大切な存在ね」
「ええ、誰しもが心に描き求める人物。まあ、みちるには『理想のひとは誰?』なんて、聞いてあげませんけど」

惚気られたら、こっちが恥ずかしいですから。
不慣れなウィンクを送るせつなに対して、みちるはキョトンと睫毛の長い瞳を、さらに大きくした。

「あら、どうして聞いてくれないの?」

人形のように愛らしく首をかしげたみちるに、どきどきしてしまう。

「聞くだけ野暮という言葉を知っているでしょう、みちるなら」

ソーサーに置いたカップの縁を、そっとぬぐう仕種。
ふうん、と両手で顎を支えながらせつなの話を少し考え込むみちるの姿は、そのまま時間を止めてしまいたいくらい愛らしい。
しかしーーー、

「ああ!せつなったら勘違いしてるのね。
 もう、ロマンチストなんだから。
 だって、はるかじゃないもの、わたしの『理想のひと』は」

爆弾発言も気にせず、また平然とお茶を飲み出したみちるのセリフが、せつなの頭の中で何度も何度もリフレインしてエコーがかかってうるさい。



『...だって、だって、

 はるかじゃないわよ、はるかじゃないわよ、わたしの、みちるの、

 理想の人は、ひとは...』



鳴り止まないセリフの意味が整理できない。
膝の上に持っていたソーサーに、震えるカップからこぼれたお茶が乾いて染みになってるのに気付いた頃、テーブルは。
ティーセットはきれいに片付けられ、かわりにディナー用の食器が並べられていた。温かで美味しい香りも漂っている。
我に返り視線をあげると、はるかと熱々の感でお帰りの抱擁をする幸せいっぱいのみちるが見えた。

さっきの発言は、空耳だったのかと我が身を疑ったが、せつなと目が合ったみちるが人さし指を唇にあて『ナイショ』と、口の動きで告げてきた。



今度は、いつ食事が終わったのか、せつなは気付くことはできなかった。










恋愛は、ひとりじゃできない。
いつだって、一筋縄ではいかない。
思い通りにだって、ならない。

誰にも言えない秘密を隠して、今日も明日も、ときめく。





062.誰にもいえない/much ado about love/20110201
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みちるさんは「はるかだから好き」
という潔いシンプルさで愛してるのだと思うのv
だから「理想のひと」ではないんです、うふ。