*夫婦でほっこり*

一の又渓谷温泉(高知)


 2003年6月末。梅雨らしい天気が続く中、我が家はこれまでにない熱気に包まれた。久しぶりに夫婦で旅行に行くのである!
 「あー、あと一週間!」「あと6日!」「あと5日!!」
と、浮かれていたのは私ひとりだけのような気もしないでもなかったが・・・
 行先は高知県。一の又渓谷温泉一位荘。山あいにひっそりたたずむ一軒宿。四万十川の支流の上流にあり、「川のせせらぎ、ホタルの群れ」を楽しむべくダーリンが予約を入れた。
 ダーリンは川が好きだ。私は川魚が好きだ。宿は原生林と川に囲まれ、人里離れた場所にあるらしい。そして食事は山菜や川魚、猪肉など大自然の恵みをメインにしたヘルシーなもの。まさに我々と宿の「需要と供給」が一致した。
 私たちは車を持っていないので、「どこにも行かず、2泊3日、温泉入って昼寝して、おいしいもん食べて温泉入ってまた寝よう」と話しあってはニヤニヤしていた。
・・・昼寝・・・どうして昼寝はあんなに気持ちがいいのだろう。夜に寝るのとは全然違うような気がする。太陽の気配を感じながらふわふわとした風に吹かれながら、そして遠くに聞こえる雑踏の音・・・これこそまさに昼寝。ああ、昼寝、昼寝よ昼寝、昼寝がしたい。
 昼寝の話はこれくらいにしておこう。キリがない。
 

 梅雨に入り、当日も雨まじりの天気。でも我々の目的は「宿でゆっくりすること」なので天気のよしあしは全く問題にはならない。雨でも意気揚揚と家を出た。寅次郎(飼いネコ)には好物のかつぶしをたんまりと与え、明日の夜は実家の親を呼び寄せて面倒をみてもらうことにした。
 まずは新幹線で岡山へ。「新幹線と言えばビール」というこだわりを持つ私は朝だろうが夜だろうが近藤さんのコンサートだろうが、新幹線に乗れば必ずビールを飲む。私よりも数段上の酒好きであるダーリンも当然飲むだろうと、売店でビールをふたつ買おうとするも、ダーリンは、
「新幹線と言えばサンドイッチと決まっている」
と、私の勧めを断固拒否。
「なんでサンドイッチなん?」と聞くも、
「昔からそういうことになっていたからだ」と言う。意味不明だ。
 新幹線は出発。ダーリンはサンドイッチをほおばりながら窓にはりつき、外ばかり見ている。私はそんなダーリンをビールを飲みつつ眺めていたのでした。
 新幹線と言えばビールと決まっているのにサンドイッチなんか食べて・・・しょうがない人。でも好き♪

 特急に乗り換えるため、岡山で降りる。名物、桃太郎の像の前でダーリンが写真を撮ってくれというのでパチリ。
 特急で瀬戸大橋を渡る。海にぽっかりと浮かぶ大小の島々。ああ、なんてのどかな光景。
 ところで、瀬戸と言えば小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」だろう。
「なぁなぁ、知ってる?瀬戸の花嫁」
「あー、昔オヤジが車の中でカセット聞いとったような気がするけど、どんな歌やったかな」
 ダーリンは昭和50年生まれだ。だから瀬戸の花嫁はもちろん、キャンディーズもほとんど記憶がないし、しらけ鳥も電線マンも知らない。一番驚いたのは東村山音頭を知らなかったことだ。
 いっちょめ、いっちょめ、わーぉ!!!と踊ってみても「知らんなぁ」のひとことで片付けられたのはつらかった。
 瀬戸の花嫁を知らないダーリンのために、私は窓の外に広がる瀬戸の風景を見ながら歌ってみせた。
「♪瀬戸わんたん、日暮れてんぷら、夕波こなみかん、あなたの島まんじゅう、お嫁にゆくのり、若いとんかつ、誰もがんもどき、心配するけれドーナッツ、愛があるからっきょ、大丈夫なのり♪あぁ、ルミ子、かわいそうやわ。ケンヤってひどいな。ルミ子にあんなに世話になっておきながら・・・でもなぁ、ルミ子も悪いわ。やっぱり男の人は最終的には立ててやらんとなぁ」
 もはや私の独演会になり、ダーリンは黙りこんでしまった。
「駅弁食おか」
「はぁーい」
「なんや、お前の弁当の方がうまそうやな」
「ホンマやな。あんたのおかず少ないわ。かわいそうに、この豆あげるから食べ」
 私はダーリンの弁当に豆を入れてあげた。しかしダーリンは豆が大嫌い。
「あぁ、ほんならこのパセリあげるわ」
 ダーリンはパセリが死ぬほど嫌い。 
「コラ、やめんか!コラ!!」
 公衆の面前でいちゃつくのはほどほどにしよう。
「あぁ、おなかいっぱい。今日の晩御飯食べられへんかもしれんな」
 私のこの一言にダーリンはマジメな顔をした。
「次の電車は座らんとスクワットしとこか」
「アンタひとりでやっときーな」
「イヤじゃ、ボケ」
 公衆の面前でいちゃつくのはほどほどにしておこう。

 そしてまた乗り換え。今度は鈍行。緑いっぱいの山の中を電車は進む。天気もよくなってきた。
 土佐大正駅に着くとタクシーを呼んだ。15分ほどで宿に到着。

    緑豊かな南国、土佐大正駅。

 川の流れる音が下の方から聞こえる。その音を目指して急な坂道をゆっくりとおりる。人の気配もなく、静かだ。
 フロントに行っても人がいない。呼び鈴を押しても出てこない。すいませーん、すいませーん、すいませーんと何回か呼ぶとようやく人が出てきた。
 「あー、ごめんなさいねー」と、にこやかに出迎えられ、部屋に案内された。


 結構いい部屋じゃん。窓の外にはきれいなもみじ。そして川の流れ。嬉しくなって窓を開けた。
 ごおおおおーっ ごおおおおーっ、ごおおおおおーツ

 ・・・・・・。
「うるさくない?」「ちょっとな」
 しまんと支流の上流。川のせせらぎが魅力の宿、一位荘。
 しかしあまりに上流すぎ、梅雨の雨で増水した川は、もはやせせらぎとは言い難く、、、。
「うるさくて寝られへんで・・・」「まぁ、そのうち慣れるやろ」
 

 気を取り直し、温泉へ。露天はないが、窓を開けると川がすぐそこ、内風呂だけど、「半露天」という感じ。
 私たちの部屋のすぐ横が風呂になっていた。こちらは宿泊者専用で、離れの方にもうひとつ、外来用がある。どちらに入ってもいいですよ、とのことだったのでまずは探検に。結果、どちらも同じような感じだったので、私たちは部屋から近い「宿泊者専用」に入ることにした。
 しかし宿泊者は多分我々しかいないのではないか・・・。夏の頃にはたくさん宿泊客がいるらしいが、今は6月、しかも平日。宿のあちこちを探検しても誰にも出会わなかった。
「なぁなぁ、風呂、一緒に入っていいですか?って聞いてきてーな」
「え・・・・」
「誰もおらんやん。1時間だけ借りきっていいですか?ってお願いしてきてーな」
「あかん、いくら誰もおらんからいうて、そんな勝手なことしたらあかんのや」
「一緒に入りたくない?」
「あかんと言ったらあかんのや」
 ダーリンは私の誘いをまたもや拒否。しかし新幹線のビールの時のような断固とした勢いはなく、なんだかうろたえた様子に見えたのは気のせいだろうか。
 

↑click???
※ for adult only

 ちょっと熱めの風呂だったけど、さらっとした感じの湯で気持ちいい。私も窓を開け、川の音に耳を傾けた。そして、
「ちょいとダンナさーん、窓開けて外見て−」
と、男風呂に向かって呼びかけてみた。
「はいはーい」
 隣の窓から顔を出したダーリン。メガネが湯気で真っ白にけむっていた。
「メガネかけて風呂に入るやつがあるかー、アホやなぁ」
 ダーリンは、家で鍋をしたときなどは必ずメガネを真っ白にくもらせる。私がそれを見て喜ぶのが面白いらしい。そして私はそんなことでダーリンが面白がっているのを面白がる。←わかりにくい文章だナ。意味わかる?

  これは2日目の夕食


 温泉のあとは夕食。1日目はキジ鍋、2日目は猪鍋。それ以外は川のもの。低カロリー&ヘルシーなので、我々のように外食ばかりしている夫婦にとってはありがたい。この時ぞとばかりに「栄養補給」。
 飲み物は別料金。私はビール、ダーリンは日本酒を注文。私も若い頃は日本酒が大好きだったけど、30代の初めの頃、1度ひどい目にあってからはカラダが受けつけなくなってしまった。最近は徐々に回復しつつあるけど、外ではできるだけ飲まないようにしている。←そーゆーわけなのでいくら私が酒飲みだからといって、日本酒を勝手に注文するのはやめてくだされ、皆様。
 が!旅に出たらやっぱりその土地の地酒を飲まねば。ダーリンの注文した酒を一杯横取り。うぃぃぃぃ〜♪うめーじゃねぇか。でも一杯でやめとこ。
 夕食のあとはテレビを見ながらごろ寝。しばらくすると宿のおばさんがやってきて後片付け&ふとんを敷きにきてくれた。 あー、なんにもしなくてもよい。これこそ旅の醍醐味。
「あれ!虫に刺されたの?」
 おばさんが私を見て言う。そう、腕に虫刺されができていた私は、かゆくてぼりぼり掻いていたのだ。ここではなく土佐大正駅で刺されたと思われるが、蚊ではなかったようで真っ赤に腫れ上がっていた。
「薬持ってきてあげるね」
と、おばさんは急いで部屋を出て、急いで戻ってきてくれた。
「これね、アロエが入ってるからよく効くよ。私も時々使ってるの」
 おばさんから受け取った塗り薬。あ!これはどこかで見たことが・・・。母が以前によく使っていたハンドクリームだ。最近どこのスーパーにも売ってない、と嘆いていたが、こんなところにあった!!ラベルを見ると製造元は高知県となっていた。母に教えてあげよう!!!
 ところでこれは薬ではなく化粧品だろう・・・・?でもおばさんに申し訳ないので塗っといた。
 

 ふかふかの布団にごろ寝しながらテレビを見ているとまたおばさんがやってきた。手には虫カゴ。
「ホタルがいたので捕まえてきましたよー」
 今年はホタルの時期が早かったらしく、宿の周りにはほとんどいなかった。なのでおばさんは私たちを気の毒がってわざわざ捕まえてきてくれたのだ。
 わーい!ホタル、ホタル!!早速部屋を真っ暗にして虫カゴを開けた。ふわぁりと緑色の光が部屋を舞う。その光はびっくりするほど明るい。布団の中でしばらくボーっと見ていたが、だんだん眠くなってきた。ウトウト・・・このままホタルの光に包まれて眠ろう・・・。するとダーリンがぼそりとつぶやいた。
「ホタルはな、セミと一緒で地上では長く生きられへんのや・・・」
 その短すぎる「人生の盛り」の時に捕まえられ、こんな狭いところに閉じ込められて・・・気の毒すぎ。気になって寝られないのでダーリンを叩き起こし、夫婦でホタル捕獲大作戦。部屋にちりぢりになったホタルを探して捕まえ、外に逃がしてやった。最後の一匹がどうしても見つからず、それが心残りだった・・・。

          
宿の全景 すぐそばに川。マイナスイオン充満してそうでしょ。


 夜が明けた。私は朝もはよから温泉へ。優雅な朝に酔いしれる。ダーリンは爆睡していて起きる気配もなし。結局、朝食を持ってきてくれるまで寝ていた。
 朝食は部屋で。朝からごはんをおかわりし、おかずも残さず食べた。日頃はパン1枚食べるのがやっとなのに、こういう時にはぺろりと食べられてしまうのはどうしてだろう。
「虫刺されの具合はどう?」
 昨日、アロエクリームを持ってきてくれたおばさんが食事の後片付けに現れた。
「うーん・・・」
 治るわけなし。だってあれは薬ではなくハンドクリームなんだからさ。
「あぁ、治ってないね。じゃあアンモニア水持ってきてあげるねえ」
 おばさんはまた急いで出て行き、急いで戻ってきた。そしてアンモニア水を2、3滴、虫刺されの箇所に垂らしてくれた。すーすーして気持ちいい。今度は効きそうだ。
「これは絶対効くからね」
と、おばさんはアンモニア水を私の手に握らせ、帰る時まで持ってなさいね、と言い、部屋を出て行った。。
 しかし、そのアンモニア水。かなりの年季が入っている感じ。ラベルが色あせてはがれかけていた。
「これ、えらい古そうやな。3年くらい前のやつやったりして」
と、使用期限を確かめた。
 使用期限:1993年10月
 えっと、今は何年だったっけ・・・?思わず考えこんでしまった。


 今日は朝から小雨が降っていた。ゆかたから服に着替えてびっくり。服がしっとりと湿っていた。川のそばなので湿気がすごいのだ。おかげで乾燥肌の私ではあるけれど、ここに滞在中はお肌しっとりで実に心地よかった。こんなとこにずっといて温泉入ってればお肌もつるつるしっとりになりそう。
 小雨降る中私たちはまたもや探検に。車がないので宿の中をうろうろするしかないのだ。
 ダーリンのお目当ては「釣堀」。釣りが大好きなダーリンはここで日がな一日釣りをするのをとても楽しみにしていたのだ。早速フロントへ行って釣り道具を借りる手配を・・・。
「今、オフシーズンなので釣堀に魚入れてないんですよぉ。5月の連休や夏休みには入れるんだけど、今はお客さんが少ないし、魚入れてもすぐに鳥が持ってっちゃうからねぇ」
「あー、そーですかぁ」
と、ダ−リンは笑っていたが、心で泣いていることは妻の私には手にとるようにわかった。かわいそうなダーリン。しくしく。
 しょうがないのでカラの釣堀でしばし物思いにふけった。夏にまた来ようね、と言いながら。
 釣堀から戻った我々は、敷地内にかかる橋の上でコーヒーを飲みながら川底を見つめていた。なんにもすることなく、言葉もかわさず。でもこの沈黙が心地よい。
 しばらくするとヘビがにょろにょろ出てきた。アオダイショウだ。ヘビを見たら幸せになれるという言い伝えは本当だろうか。私たちは十分しあわせだから、ほんとはヘビは見たくないのにナ。うん、ヘビはやだな。
 再びフロントに戻り、壁にかかる写真を見物。萩原聖人や菅原文太なども来たそうだ。ポカリスエットのロケにここが使われたらしい。なるほど、そんな感じかも。
 部屋に戻り昼ご飯を食べる。昼ご飯は喫茶室で注文するしかなく、しかも簡単なものしかない。ふたりともチャーハンですます。
 さて、いよいよすることがないので、お楽しみを決行することに。そう!おひるね!!
「ひまやなあ、ひまやなあ。うれしいなぁ、ああ、いつもこんなんやったらいいのにーーー」
と、小躍りしながら布団を敷く。
 私たちは結婚6年目。寝るといったらそれは「眠る」という意味だ。若い男女のような行いをするつもりは毛頭ない。一枚だけ布団を敷き、どっかりと寝込む。
「あぁ、昔を思い出すなぁ・・・」
 昔は一枚のせんべい布団で寝ていたものだが、今はそんなこと耐えられない。かといってもう一枚布団を出すのも面倒なので久しぶりに一枚の布団で眠ることにした。
 ダーリンは昔とちっとも変わらない。私の半身を敷布団の一部のように扱うのだ。ああなつかしや、この感触。夜中じゅう、ダーリンに敷かれたままの私の半身は朝起きたら感覚がなく、しばらくしたらしびれてジリジリ・・・。
「あぁ、アンタに敷かれっぱなしの人生やわぁ」
と言いながらも結局のところしあわせなのだからよしとしよう。
 そして川の流れを聴きながら・・・ぐーぐーぐー。来たときはうるさく感じた川の流れも今は心地よい音楽のようだった。ダーリンの体温を感じつつ眠るこのしあわせ。何物にも代えられない。あぁ。

 気がつくと日は沈み、私は布団から完全にはみ出していた。ダーリンはきっちりと布団におさまりながら寝息をたてていたけれど。
 ダーリンを起こして温泉へ。また窓から顔を出す。もうとっぷりと日が暮れてしまっているが川の流れと緑の匂いはそのまんま。時間に追い立てられた日常なんかきれいさっぱり投げ捨て、温かいお湯に体を沈め、ひんやりとした空気に顔をひたす。ひたひたひた・・・。

 夕食後もまた温泉、そしてだらだらとテレビを見る。夜ってこんなに長いもんなんだなぁ。いつもはまだ働いてる時間だよ。日頃の自分はなんてかわいそうなんだろう、なーんて思ったりするけど、仕事してるからこそこんな贅沢もできるんだから結局のところしあわせなんだろう。
 よし、これからも頑張って働こう!そうして小金が貯まったらまたふたりでのんびり旅に出よう。
 こんなことばっかり考えてるから、ちっともお金が貯まらないんだよなぁぁ。

 次の日は高知市内に出て、かつおのたたき(高知に来たら絶対、でしょう)・ウツボのたたき(高知の新しい味、らしい。皮の模様がグロテスクだけど、身は淡白でおいしかった!)・酒盗(かつおの内臓の塩辛。酒呑みですから、私たち)・さえずり(くじらの舌を酢味噌でいただく。かなり濃厚な味。これは・・・一度食べれば十分でしょう)。

 というわけです。以上、夫婦ほっこり旅行記でしたァ。

 *** 一の又渓谷温泉・一位荘 ***
 п@0880-27-0563
 大正町田野々1461 JR土佐大正駅から車で15分
 1泊2食付 13000円〜20000円