航空事故調査報告書概要
1986/07/30発生 富士ベル式204B−2型JA9172(回転翼航空機) 
北海道虻田郡倶知安町 


▼航空事故調査の経過 

 航空事故の概要 
 中日本航空株式会社所属富士ベル式204B−2型JA9172(回転翼航空機)
は、昭和61年7月30日空輸飛行中、尾部回転翼の駆動系統が破損して方向の操縦
が不能となり、右旋転しながら倶知安町のから松林の中へ墜落した。 
 同機には、機長ほか整備士1名、整備要員2名が搭乗していたが、整備要員1名が
重傷、機長及び整備士が軽傷を負った。 
 同機は大破したが、火災は発生しなかった。 

▼認定した事実 

 飛行の経過
 JA9172は、昭和61年7月30日の早朝、北海道札幌市内のつげ山場外離着
陸場において、整備士及び整備要員により、飛行前点検を終了し、08時30分ごろ
同市内滝之沢場外離着陸場へ向かい、同場外離着陸場から近くの鉄塔建設現場へ荷揚
げ作業を1回行った。荷揚げ作業の終了後、燃料を200リットル補給し、虻田郡倶
知安町内の山田場外離着陸場へ同機を空輸するため、機長、整備士1名、整備要員2
名が搭乗し、08時50分ごろ滝之沢場外離着陸場を離陸した。
 
 以後事故発生までの状況は、機長及び整備士等の口述によると次のとおりであった。
 同機は、高度約5,000フィート、速度約90ノット、機首方位240〜250度
で飛行を続け、羊蹄山麓の平野部に差し掛かって間もなく、機長及び副操縦士席に座
っていた整備士が、ほぼ同時に来たいの小さな異常振動を感じた。同時に後方に座っ
ていた整備要員も、後方からの異常音を聞いた。
 飛行の継続に危険を感じた機長は、少しずつ高度を下げていった。同機は降下を始
めて若干速度を落としたところ、緩やかな右旋転が始まった。機長は、左ラダー・ペ
ダルを踏んで旋転を止めようとしたが、その効果は得られなかった。機長は、直ちに
不時着を決意し不時着場の選定を始めたが、旋転速度が徐々に増加し機首も下がり始
めた。
 機長は、地上の樹木が接近してきたため、同機の姿勢を水平に戻し、降下率を減少
させようと操作したが、旋転速度が更に増大した状態となって、北海道虻田郡倶知安
町八幡のから松林の中へ墜落し、右横倒しとなって停止した(付図1及び2参照)。
 同機が墜落した後、機長はエンジンを停止させ、整備士は安全のためにエンジンの
消火装置を作動させた後、バッテリのケーブルを外した。
 事故発生時刻は、09時08分ごろであった。

▼事実を認定した理由 

 解 析 
 機長は、適法な資格を有し、所定の航空身体検査に合格していた。

 JA9172は有効な耐空証明を有し、所定の整備及び点検が行われていた。

 同機は調査結果から、ギアボックスの傘歯車を除き、事故発生まで異常はなかった
ものと推定される。

 事故当時の気象は、事故に関連はなかったものと推定される。

 同機の飛行中に、機長及び整備士が聞いた異常音は、傘歯車が破損し、これによっ
てギアボックスのケースが破損したことによる破壊音であったものと推定される。

 同機が降下中に右旋転に入り、基地用がラダー・ペダルを踏んでも効果がなかった
のは、ギアボックスの傘歯車が破損し、動力の伝達が不可能となったことによるもの
と推定される(付図3参照)。

 破断面の調査から、傘歯車は、金属疲労による亀裂が進行して破壊に至ったものと
認められる。また、ビーチ・マーク面が破断面の8割を占めていることから、傘歯車
には異常な荷重はかかっていなかったものと推定される。

 傘歯車の疲労破壊における起点付近の歯当たり面には、多数のピッティングが認め
られ、亀裂の線上にはピッティング孔が存在していることから、このピッティングは
亀裂の発生に関与したものと推定されるが、どの時点でピッティングから亀裂の発生
に至ったものかについては、明らかにすることはできなかった。

 歯当たり面に認められる平行な条痕は、亀裂の線と無関係であることから、当該条
痕は傘歯車の製造加工時のものであると推定される。

▼原 因 

 本事故は、事故機の42度ギアボックス内の傘歯車が破損したことにより、テール
・ロータへの動力伝達が不可能となり、操縦不能の状態で降下し、から松林に墜落し
たものであると推定される。 


公表年月日/報告書番号 
 昭和63年7月29日 航空事故調査報告書 63−7 

Aircraft Accident in Japan by SAKUMA Mitsuo/Former Aircraft accident investigator of M.L.I.T.