航空事故調査報告書概要
1979/07/21発生 日本航空機製造式YS−11型JA8656 
東京都東京国際空港 


▼航空事故調査の経過 

 航空事故の概要 
 東亜国内航空株式会社所属日本航空機製造式YS−11型JA8656は、同社の
定期381便(東京−南紀白浜)として、昭和54年7月21日、乗組員4名、旅客
67名(幼児3名を含む)が搭乗し、08時38分ごろ東京国際空港(以下「TI
A」という。)の滑走路33Rから離陸したが、脚上げ操作実施後において左主脚に
異常が発生し、その後11時32分ごろ、左主脚が格納されたまま、前脚と右主脚で
TIAの滑走路15Lに緊急着陸したのち、滑走路の左に逸脱して停止し、機体を中
破した。 
 本事故による人員の死傷はなく、火災の発生はなかった。 

▼認定した事実 

 飛行の経過 
 事故当日、JA8656はJD381便(東京−南紀白浜)として08時38分T
IAの滑走路33Rから離陸した。
 離陸後、副操縦士は、機長の指示により脚上げ操作を行い、脚位置指示灯(以下「
グリーンライト」という。)及び脚位置警報灯(以下「レッドライト」という。)の
消灯(脚上げの完了)を確認したのち、フラップの上げ操作を行い、その後ハイドロ
リックバイパスレバー(以下「バイパスレバー」という。)をノーマル位置からバ
イパス位置とした。
 機長は、その後の上昇中において、左主脚のグリーンライトが再点灯していること
を発見し、副操縦士による機体後部からの目視点検の結果、左主脚のみがダウンロッ
ク状態にあることを知った。
 機長は、左主脚を上げるため、脚操作レバー(以下「脚レバー」という。)を上げ
位置から一たん中位位置とし、バイパスレバーをノーマル位置としたのち、脚レバー
を再度上げ位置に戻した。
 上記の操作で左主脚のグリーンライトは消灯したが、これと同時に点灯したレッド
ライトがその後も消灯せず、次いで機長は脚レバーを下げ位置としたところ、同機は、
レッドライトが点灯状態で、左主脚が格納されたまま、前脚及び右主脚がダウンロッ
ク状態となった。
 同機は、その後管制許可を受け、木更津及び御宿周辺を飛行し、その間緊急脚下げ
操作が反復して実視され、また、他機からの視認が行われたが、左主脚は依然として
格納されたままであった。
 機長は、10時58分ごろTIAの滑走路15Lに緊急着陸することに決め、この
旨を管制機関に通報するとともに、この間客室乗務員による緊急着陸に関する旅客へ
のブリーフィング等が行われ、11時20分ごろ機内の緊急着陸の準備態勢が完了し
た。
 同機は、11時25分木更津上空において管制機関から進入許可を得た後進入を開
始した。
 同機は、11時29分ごろ滑走路15Lの左側ダウンウインドレグに進入し、地上
の準備態勢の確認が行われたのち、前脚及び右主脚がダウンロックされ、左主脚が格
納された形態で最終進入経路に入った。
 同機は、11時32分ごろ、フラップ35度下げ(フルフラップ)、速度約92ノ
ットで、滑走路15L末端から約1,000メートルの滑走路中心線付近に前車輪と右
主車輪でで接地し、その後、機長は同機の水平姿勢の保持及び左への傾向の阻止に努
め、その間副操縦士は着陸後の通常手順及び電源スイッチを切るなどの措置をとった。
 同機は、その後徐々に左に傾斜しはじめ、滑走路15L末端から約1,350メート
ルの滑走路中心線左側に左側プロペラブレード、左外側フラップの後縁、左主脚ドア
の順に接地して左へ偏向し、滑走路15L末端から約1,750メートルの地点で滑走
路を逸脱した。
 同機は、左への偏向を強めながら左主翼端の下面、前車輪及び右主車輪で芝地を滑
走したのち、11時33分ごろ、機首方位約45度で滑走路15L末端から約1,85
0メートルの同滑走路の左側芝地に停止した。

▼結 論

 機長及び副操縦士は、適法な資格を有し、所定の航空身体検査に合格していた。

 当時の気象状況は、当該事故に関連はなかったものと認められる。

 JA8656は、有効な耐空証明を有しており、事故発生まで左主脚のアップロッ
ク機構を除き不具合はなかったものと推定される。

 同機の左主脚のアップロック機構は、レバーとシャフト間を結合するセレーション
部の合マークが1山ずれて組み立てられていたため、ピストン頂部とシャフトアーム
間の間隙が規定値より過大となっていた。

 前項の不具合は、当該部位の組み立て作業及びその確認が的確に実施されなかった
ことによるものと推定される。

 当該飛行前にアンロック位置にあるべき左主脚のフックは、アップロック位置とな
っていたものと推定され、これは、事故前日の飛行後から当該飛行前までの間に変位
されていたものと推定される。

 前項の変位されたフックは、アップロック機構が正常であれば、油圧が供給される
ことによりアンロック位置になったものと認められる。

 同機は、事故前日までの飛行において左主脚アップロック機構に不具合があったが、
同脚の作動試験の結果から、脚上げの際フックがアンロック位置にあったためこの間
支障が生じなかったものと推定される。

 左主脚は、フックがアップロック位置にある状態での離陸後の脚上げ操作後、脚ロ
ーラがアップロック位置にあった同フックの下あご下面に接触し、アップロックとな
らなかったものと推定される。

 油圧によって上記の状態に保存されていた左主脚は、その後バイパスレバーがバイ
パス位置に切り換えられたことにより自重で下がり、ダウンロックされたものと推定
される。

 次いで行われた左主脚のみの脚上げ操作により、左主脚はその作動速度がかなり速
められ、脚ローラがフックの下あご下面を激しく突き上げ、同フックがスロート部で
破断するとともに左主脚がアップロックとなったものと推定される。

 同機は、左主脚のフックがスロート部で破断し、アップロック機構から完全に分離
して懸垂状態で脚ローラを抱え込んでいたため、脚下げができなかったものと推定さ
れる。

◇原 因
 本事故は、整備作業において左主脚アップロック機構のレバーとシャフト間を結合
するセレーション部が誤って組み立てられていたため、離陸後の脚上げ操作の際、同
脚のみがアップロックされず、その回復操作の過程でアップロックフックに脚ローラ
が激突し、フックが破断するとともに同脚がアップロックされ、その後の脚下げが不
可能となったことによるものと推定される。 

▼所 見

 運輸省航空局は、昭和54年8月本事故の再発防止のための改善勧告等の措置を行
った。 


公表年月日/報告書番号 
 昭和55年10月15日 航空事故調査報告書 55−5 

Aircraft Accident in Japan by SAKUMA Mitsuo/Former Aircraft accident investigator of M.L.I.T.