諱は公正。称は三郎兵衛。斜嶺と号す。松尾芭蕉の弟子。大垣藩士なり。 元禄2年(1689)松尾芭蕉の第三回来垣の時は37歳で、斜嶺方に宿泊した芭蕉は、 其のままよ月もたのまじ伊吹山 芭蕉 と吟じている。また第四回来垣の時も斜嶺方に宿泊し、附号十八句をなしている。 弟怒風とともに、蕉風俳諧に精進し、各務支考とも交わりがあった。 漏らぬ程今日は時雨よ草の庵 斜嶺