妙満寺本坊にある「雪の庭」は俳句の祖と仰がれている松永貞徳の造営したものである

「安珍・清姫伝説の鐘」

「鐘に恨みは数々ござる」で有名な紀州道成寺の鐘の霊話は、長唄・歌舞伎等あらゆる芸能に取り入れられているが、この鐘は幾多のエピソードを秘め妙満寺に伝わっている。天正14年3月31日安珍・清姫伝説以来失われていた鐘をやっと再建し、盛大に行われた鐘供養の法座に白拍子が現れ舞終わると同時に鐘は落ち、白拍子は蛇に変わり日高川へと姿を消した。その後、鐘を打つ度に、近在に災厄続き清姫のたたりと畏れられた寺が、裏の竹藪へ鐘を埋めた。その話を聞いた「秀吉根来攻め」の大将・仙石権兵衛により掘り出され京に持ち帰り、時の妙満寺貫首日殷大僧正により、法華経の功力をもって宿年の怨念を解かれ、鳴音美しき霊鐘となったこの鐘は、妙満寺に安置され、道成寺を演ずる芸能人でこの鐘に芸道精進を祈る者が多い。また、妙満寺では、例年の春の大法要に於いて鐘供養を営み安珍・清姫の霊を慰めている。

「加藤清正公肖像画」・・土佐光則画

「松永貞徳肖像画」

インドブッダガヤ型

「仏舎利大塔」

インドブッダガヤ大塔は、釈迦牟尼仏が覚りを開いた場所に、紀元前200年頃にアソカ王が建てた供養塔で、仏教最高の聖跡である。後に、回教徒の手によって一部破壊されたが、1881年、大英帝国インド総督の手によって再建され、今日ブッダガヤに偉容を誇っている。「釈迦牟尼仏の精神に帰れ」という妙満寺の教えの象徴として、全国檀信徒の写経による浄財により昭和48年、日本で初めてこの大塔を型どり建立したのが、この仏舎利大塔であり1階正面には釈迦牟尼仏を安置し、最上階には古来より妙満寺に格護されてきた仏舎利が安置されている。