深淵の少女


「レプリカなんて、許可できません!」
 病の身の上で声をあらげる若導師は、主席総長に一つの事実を告げられた。


 風の中で桃色の髪が踊っている。
 癖があるわけでもないのにその髪がふわふわと見えるのは何故だろう。
 浮かぶ毛先からいつも不安の色を隠しきれずにいるその顔へ、目をやった。
 視線の先では、彼女にしか従わない魔の獣達は渡されるエサを待って首を伸ばす。
「みんな、少しだけ、まって…」
 魔物におあずけをして、ぱっと身を翻すと導師へと駆けてくる。
「アリエッタ、いいのですか?魔物達はお腹をすかせていますよ」
「いいの、最近イオン様とお話する時間、ないから」
 病が悪化してからのイオンは医者に安静を言い渡され部屋で眠ることが多くなった。
 守護役といっても導師の私室に立ち入りは許されない。
 部屋の前での見張り番が仕事の多くをしめるようになり会話できる時間は限られるようになった。
「あのねイオン様アリエッタに新しい弟や妹ができたの、次の休みに名前をつけにいく、です。あと…」
 くるくる回るとは言いがたいアリエッタの表情だが、家族のことを語る彼女の様子は楽しそうだ。
 他にもライガの女王である母や故郷の森の美しさについて話しだす。
 いつも最後に出るのはアリエッタの人間としての唯一の故郷フェレス島の話だ。
「いつか必ず復活する。その後はママやみんなを招待するの」
「当然、僕も招待してくれるんですよね?」
 促すとアリエッタは首を振った。
「ううん、イオン様はアリエッタと来るの。最初に、フェレス島に行くときは、イオン様も一緒…」
「…ええ、そうですね。楽しみに、しています」
 それは統一された町並みが美しい土地だという。
 そこを導師が歩む日は……。
「イオン様っ……」
 視界が眩んだイオンは体を支えることができなくなって倒れこんだ。
 体を地面にぶつけないよう、察した魔物たちが細い体を受け止める。
「イオン様、イオン様っ。いなく、ならないで……」
 イオンの額に浮かぶ脂汗を拭いながら、アリエッタは目に涙を浮かべていた。
「………大丈夫、すぐに良くなります」
 主席総長から言い渡されたことがある。
―――導師、あなたは近々死にます。
 預言に詠まれていたか、医者が断言したか。
 イオン自身がそれ否定することはできなかった。
 日に日に病状は悪化している。
―――あなたが死ぬ時はアリエッタも、死ぬでしょうな。
 魔物しかいない深い森から、光差す人の世界へと、連れ出せたと思ったのに。
 人の世を知っては森には戻れない。人の世に居続けるには無防備で傷つき易すぎる。
 アリエッタを人の世界に馴染ませる時間がイオンにはもうなかった。
 今の彼女が導師の最後を知れば、潔くともに世を去るのだろう。
 自分が死んでも生きていて欲しい。たとえどんなにつらくとも。
 それは、我侭だろうか。
「アリエッタ、安心してください。僕は、治ります。あと二、三日もすれば完全に…」
「イオン様…ホントに…」
「ええ、僕は嘘を言いはしません」
 さあ、部屋まで運んでくれませんか。と微笑むとアリエッタはイオンをライガに乗せ歩き出す。
「あの、アリエッタ。この子には少し悪いのですが一緒に乗ってくれませんか」
「え、…はい…」
 小柄な二人が乗ってもライガの背には十分あまる。
 前でライガを御すアリエッタの背にもたれ、イオンはその肩と風に散る桃色の髪に触れた。
 これが、最後の名残を惜しんでのことだと知る者はあとにも先にも彼だけだ。


「ヴァン、いよいよこの時が来ました。あとは…よろしくお願いします」
「御意に」
 死を知ってから、イオンはヴァンのレプリカ計画に協力してきた。
 それがどんなに罪深いかわかっている。
 しかし、彼女だけでも生きながらえさせるには、これしか方法がなかった。
 イオン亡き後もそれを秘してアリエッタの面倒を見る。そのために、イオンのレプリカを造りだす。これがヴァンとイオンの交わした契約だ。
 死を悼んでくれなくても構わない。
 日の光を浴びるところで、いつか彼女が強く、笑えるようになるのなら。
 最後に姿を見られなくても、一人逝くことも構わない。
 深く息を吐き出しながら、イオンは差し込む光の源を見つめた。
 深緑はアリエッタから太陽の恩恵をさえぎってきた。
 しかし、せめてこれからは。

 君に光が差すように。

 
                  END
---------------------------
まともなカップリングの話書いてなかったんで
ネタバレ前提の真イオンとアリエッタ
気になってたんですこの二人
短いけど、詰まることなくするするかけました。
ところで
フェレス島を最初見た時ひょう●ん島を思い浮かべた人は何人いるでしょうか…?

2006/1/11
戻る