虹より遠く




 ギャルジャー達と、クロススターを誘っての遠出はうまくいっていた。
 各自が訓練のノルマは達成したし、敵や厄介な獣にも出くわさなかった、昼にはクロススターの用意してくれた弁当をみんなで美味しく食べた。
 この一日に満足して帰る予定だった。 突然の雨に合わずにすんでいたなら。
「こんな日雨なんてツイてないなあ」 
 ぼやくヤマトJをよそに、ギャルジャー達はクロススターの手を引いて木の下へ移動していた。
「あっ僕もいれてくれよ〜」
 木立ちに駆け入って落ち着くと、ヤマトJは風向きと雲から天気を読む。
「うーん、どうやらこの雨は通り雨みたいだね、もう少したてばじきに止むよ」
 だからもう少しの間ここで待とう、と言うとDGダンジャックが口を挟んだ。
「ちぇっ、ホントかよヤマトJ。今日晴れるって言ったのお前だぜ?」
 雨でも暗くなる前に帰った方がいい、そうDGダンジャックは主張する。
「今はこの場所で直に風と雲を見てるんだから間違いない!」
「どーだか。今日はクロススターがいるんだぜ、慎重になれよ」
「まあまあ」
 小競り合うあう二人の間にGDピーターが割って入った。
「いいかい、あと一時待ってみてそれで雨が止まなければ帰ればいいじゃないか」
「…うん」
「…ああ、それでいいぜ」
 GDピーターの仲裁で大きな木の木陰は静けさをとりもどした。
 サアサアとこまかいが密度の濃い雨が降る。
 瑞々しさを増した空気の中、七人は空を見つめて時を待つ。
 やがて雨粒が空気を切る音が変わってきた。か細く風に吹き消されそうなものへと。
 程なく雨は止んで、灰色の雲が割れて太陽の光を覗かせる。
「ほら、止んだだろ?」
 ヤマトJは今度こそ予測が当たった嬉しさに満面の笑顔を広げた。
 GDダンジャックもほっとした顔つきで晴れ間へ転じた空を見上げる。
「おい、見ろよ。虹だぜ」
 GDダンジャックの指差した空には見事なアーチ型をした虹がかかっていた。
 全員が射抜かれたように止まって、虹を見つめていた。
 ヤマトJにはその理由がわかった。
 きっと皆が自分と同じようにあの虹に懐かしいような、切ないような、不思議な気持ちを感じているのだろうと。
「遅くなったし、そろそろ行こうか」
 ついつい忘れていた我を取り戻して、ヤマトJは皆を促して振り向く。
「!!ク、クロススター?!」
 ヤマトJの後ろではクロススターが大粒の涙をこぼしていた。
「どうしたんだい?どこか、痛いのかっ?!」
 クロススターは何か言うことがあるらしいが声が嗚咽に飲まれて伝わらない。
 すっかり慌てふためいて心配するヤマトJにギャルジャー達がよってきた。
「どうしたんだヤマトJ!」
「それがわかんないんだよ!どうしよう、急にどこか悪くなっちゃったのかな、すぐ拠点にっ…それともここでもう少し休んだほうがいいかな」
 木陰から出たり入ったりじっとしないヤマトJをGDフッドが諭す。
「冷静になれ、ヤマトJ。クロススターを落ち着かせて、話を聞いてから決めよう」
 見ればGD牛若がクロススターの背中をさすって、GD一本釣が横で飲み物を差し出している。
「大丈夫?クロススター」
 覗き込めば涙は止まっていないけれど喉の震えは収まったらしく、クロススターが顔を上げて口を開く。
「…はいの…。ごめんなさいですの……悲しいことを、思い出して…涙が」
 止まりませんの、とやっとで訴えたクロススターの肩にヤマトJはそっと手を置いた。
 話せるようになってもクロススターの涙は止まらず、本人の希望でただちに帰路についた。
 危険なことにも出くわさず、無事に新河軍の拠点に着いたが、クロススターの目は真っ赤で潤んだままだった。
「せっかくの遠出を台無しにしちゃって本当に、ごめんなさいですの。大丈夫、おいしいものを食べたらそのうち涙も止まりますの」
 だから、また誘って下さいですの。
 そう言ってクロススターは聖ボット隊本部の方へ戻っていった。
 ああ言ったものの少なくとも今夜、彼女は自分の部屋で思いっきり泣き明かすのだろう。
 ヤマトJは申し訳なく居たたまれない気持ちで、小さくなっていくクロススターの後姿を見送った。

 空に架かった虹はあんなにも美しかったというのに。
 心にずん、と穴を開けられた。
 穴はもとから開いていたから、その縁を黒で彩って存在を強調された。と言う方が近い。
 埋めきれない悲しみ。
 クロススターは自室のベッドでうつぶせになると、目を閉じた。
 ギャルジャー達が存在してくれて嬉しい。
 ヤマトJの出現も嬉しい。
 でも空に架かる虹を見た瞬間、ギャルジャーやヤマトJがいても駄目だった。
 忘れたいわけないし、辛いわけでもない。
 大切で大切で、だから失ったことが悲しすぎる日々。
 七神帝がいなくなった日の虹は、それは美しかった。
 虹を見ると、優しくて一生懸命だった彼を何よりも鮮明に思い出せる、彼らの存在した軌跡を見つけることが少なくなったこの時代にそれは嬉しいこと。
 ところが夕から涙は今だ止まらない。
 細々と、しかしはっきりと頬にその跡を残す。
 クロススターはベッドサイドにある机の引き出しから大切にしているハンカチを取り出して、強く目元を拭った。
 このハンカチには何度も、滴るほどの涙を吸わせてきてしまったけれど、ずっとそうするわけにはいかない。
 断ち切った髪を天蓋瀑布の流れに流した時に七神帝といた『エンジェル』は消えた。
 なにより愛した人のあとを追ってストライクエンジェルは消えたから。
 パワーアップした彼女からは、生まれて以来ずっと変わらなかった『天使』の意が名前から消えていた。
 『クロススター』は天使も悪魔もない、新しい世界を生きるべき命。
 聖ボットを駆って新しい世界を守っていかなくては、それが名と姿を変えたクロススターの責任。
 起き上がって窓から身を乗り出してみる。
 夜空と、ギャルジャーやヤマトJの眠る宿舎が見渡せた。
「…変わったけれど、転生(かわり)はしませんの。だから私はずっとヤマトさんを好きでい続けられるんですの」
 首を傾けて微笑んでみる、上手くできたから明日はまたいつも通りに笑える。
 窓を閉じてクロススターは穏やかな眠りにつく。
 まぶたに残る虹の向こうで、最愛の人が微笑んだ。
 
 

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ヤマトのいない世界でも必死で頑張るエンジェルが書きたかったけど
なんか暗い方向に行っちゃうな…
一応コレより前に書いた『いつか交差する運命へ』の続き。
また文書くことがあったら今度こそ明るく書きたいなぁ。

2006.1/4
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