僕の僕による君のための閑話
暖かい日のことだった。寒い季節なのに青空に浮かぶ雲はくっきりとまばら、弱い日差しを補うように風が太陽の香りと暖かさを運ぶ。
昼近くになって起き出した拓巳は陽気に誘われ、ぶらっとコンビニへ遅い朝食をかいにいった。
そして、その帰りみちで見覚えのある人物を見掛けたのである。
とおりがけに注視すると拓巳の中学校時代の旧友、勝志であった。
フルネームは十牛勝志という。
その名前から牛カツとあだ名されていて、よく愚痴っていたが拓巳も名字が富田だったために、勝志とセットでかつ富田の「とん」にちなんだ「トンカツ」という不名誉な名を授与されたカツ仲間というわけだ。
たいして華々しい噂にも毒々しい噂にも縁なく中学校時代を過ごしたカツコンビだが高校の違いから解散し、それぞれ疎遠になっていた。
「勝志じゃないか、久しぶりだな」
「お前、富田?」
旧友を懐かしむ拓巳に対して勝志はまったく浮かない顔。
「なにか、悩みでもあるのか?」
「実は…」
ぼつぼつと勝志は拓巳に驚くべき苦悩を語りだした。
「父方の、爺さんが死んだことから始まるんだ…。その爺さんはまとまった金があったからな、遺産相続の話になったんだ」
「まさか・・・・・・」
これは、推理モノではトラブルの火種として名高い相続争いか。拓巳は少し構える。
「爺さんは遺言状を残して逝ったんだがその遺言状がスーパーのチラシの裏にかかれたものでね…まずどう扱えばいいか困った」
「……」
人に譲るくらいの金があるなら紙くらいケチるなよ。と言いたいところだが故人や勝志に言ったところで仕方あるまい。
「様式は整っていたから、それでも遺言として扱われるんだけどな」
スーパーの広告を向けて遺言を読み上げる弁護士、固唾を呑む遺族…異様な風景である。
「ところがそこには家族だけじゃなく全く聞いたこともない名前が書いてあった」
「ええっ!!」
「女の名前が二つ、男の名前が一つ、あとキャサリンとベンとヤーコフだっけか…」
「何人じゃ!」
「………確認取ると全員爺さんの愛人だった……隠し子も二人…」
その爺さんにとっては人数も国籍も性別すら問題ではなかったらしい。
額に手を当てていることから勝志の混乱振りがうかがえる。
「遺産を分けるために爺さんの部屋を片付けたら、少女小説の詰まったダンボールが次々出てくるし、畳の下から書きかけの少女マンガが出てくるし」
…それは、『彼』が書いたのだろうか。
「古い刀も出てきて、ちゃんと刃がついてるんだよ。すっげー刃こぼれして錆がすごいけど」
もしかして一昔前に活躍した『業物』じゃないだろな…。
「爺さんが手を出してた一人が近くの『ヤ』のつく仕事の人で、最近はコワイ表情の人が家の前に座り込むし」
「その爺さん、ありとあらゆる厄介ごとを残して死んだんだな……」
人ひとりが消えるということは、生きていくうえで残した軌跡が自分という壁を失って世に流れ出ることなのだ。
秘密や、汚点が決壊してあふれ出す。
もしもの時のために死んで見られたくないことは整理しておくほうがいいかもしれない。若い身空ながら拓巳は自分の亡き後を心配した。
そしてふと、思いつく。
「そこまで盛大にやってると、爺さんワザと厄介ごとを残したんじゃねえの?」
「なんで?」
「どうやっても消せない汚点があって、それだけはバレたくねえから派手に色々やってごまかした」
「何だよ、それ…」
「ただの想像、でももしそうなら、イカれた爺さんじゃなくて純な爺さんじゃないか」
「………」
ここまで破天荒な話を聞かされてこうやって拓巳ができる精一杯の応援だった。
「拓巳……いいこと言うじゃんか。よし…その線でいってみるか」
勝志の表情に活気が戻る。ちょっとありえないくらいに生気に満ちている。
「おいおい…現金だな。お前ん家の前に座り込むヤクザとか、銃刀法違反だとか、大変だとは思うけどその調子でがんばれよ」
とたん、勝志が目を丸くして拓巳を見た。
「誰の家の前にヤクザがいるって?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
拓巳が即答すると、勝志は異次元の生物を見るような目を拓巳に向けた。
「オレじゃなくて誠一だ」
空いた口がふさがらない。
「誰だよ!!」
「学祭の劇の主人公。オレ、脚本係な」
行き詰ってたけど、いい本がかけそうだ。勝志がニカっと白い歯を見せて笑う。
その笑顔に拓巳は筆舌しがたい苛立ちを覚える。
「お前の話じゃないのかよっっ!!!」
公園内に拓巳の声が木霊した。
ちなみに、勝志の脚本した劇は好評で、学祭の人気投票で二位を獲得したとか。
END
戻る