偽りを贈る



 ヴァンは立ち並ぶ白い柱を見渡した。
 勝利、運命に勝った。ヴァンの手で産み出されたレプリカ達が新たな運命をつむいでくれる。  広大な空から床に目を移す。白い床は血と転がる骸で汚れていた。愚かにもヴァンに挑んだ運命の手先達、その中にはヴァンと浅からぬ縁の者もいる。
 わずかな迷いの後、ヴァンは床に散る鮮やかな金髪に近付いた。
 死んでいる。
 しかし身のうちに宿る音素が持つ回復力を、彼だけに注ぎ込めば蘇生は可能と思われた。
 垂れる頭を掴んで固定し呼吸と共に第七音素を注ぎ込む。
「…ふはっ」
 吹き込んだ息が吐き出される。口を離して見た主の顔には血の気が戻っていた。
「貴公には私の理想が叶った世界を見届けて頂きましょう」
 生命の戻った主の体を大切そうに抱え、ヴァンは決戦の場から続く階段を降りた。

 完璧な美しさを持つ街、ヴァンはホドをそう蘇らせた。栄光の大地にふさわしい土地へ。そしてその土地を治めるにふさわしい蘇った主。
 目下、この主人のことのみがヴァンの思い通りにいっていないことだった。

 ホドの全貌が見渡せるその部屋は決戦の地となった舞台の階下にある。
 部屋の窓からは彼と刃を向けあった場に限りなく近い展望があり、ヴァンの主君は窓際の寝台からいつでも復活したホドを眺められる。
 気には召していないだろう、しかしヴァンが訪れたおり彼はその光景を眺め続ける。ヴァンの顔を見ないために。
 血で汚れた粗末な使用人の服を脱がせ、ヴァンの主としてふさわしい礼服を用意したのに、彼は元の服を返せという。
 いつも所在なさげに首を探る手付きを見て、ヴァンは彼の真意を察していた。
「ガイラルディア様、お言葉通り、貴公の来ていた服をお持ち致しました」
 たたまれたシャツやズボンの前に、ガイはチョーカーに手を伸ばす。その様子からヴァンは、かつてガイから聞いたそのチョーカーが彼の首に収まることになった由来を思い出していた。
「ルークがつけろって泣いたから、さ」
 参ったとこぼしながら一点の曇りもなく笑う主君。ルークに与えられたもので縛られることを嫌悪ではなく誇る様は、彼の中心が誰であるかヴァンに知らしめた。
 そんなにもその装飾が大切か。
 ヴァンの歪んだ笑みを見てガイの服へ伸びた手が止まる。
「これは…まさか…」
 気付いたか、とヴァンは少しばかり残念に思い、また主君の聡明さを嬉しく思った。
「貴公のために作り出したのです。寸分の狂いもありません」
「…レプリカか、こんな偽物はいらない。オリジナルを寄越せ、俺にとってはあれだけが…」
 あれだけがルークの形見なのに。
 そう呟いたのだろう、形にすることを躊躇われた言葉は頼りなく、ヴァンに届かなかった。
「オリジナルは処分致しました。極力なくさねばレプリカにすりかえる意味がない。残っていいオリジナルは限られるのです」
 私と貴公だけ。
 暗に含めたその意味は的確に伝わって。
 鈍い衝撃音、ガイがベッドに拳を埋めていた。
「何故放っておいてくれなかった、俺はあいつの役に立つために生きたかったのに」
「そのお気持ちがあるのならわかるでしょうガイラルディア様、私も貴公のために生きているのです」
「お前にはレプリカがお似合いだよヴァンデスデルカ、俺のレプリカでも良かったじゃないか」
「その答えも貴公が一番よくおわかりでしょう」
 弾くような金属音がした。額に硬いものが当たる。避けようと思えば避けられたがあえて正面から受けた。それは丸いチョーカーの飾り部分。
「下がれ、お前の顔なんか見たくはない」
「では一時お暇を頂きます」
 その日から、ガイはヴァンの持っていく食事すら受け付けなくなった。
「ひょっとして、この食事ももレプリカか?」
「レプリカの大地にて収穫された材料とレプリカの家畜の血肉ですから、そう言うでしょうな」
 食事は皿ごと払い除けられた。床は料理の残骸と食器の破片にまみれる。
「割れてしまいました、行儀がお悪い…」
「どうせいくらでも複製がでてくるんだ。構わないだろ」
 徹底的にレプリカを否定する意志をガイはヴァンに示した。
 三日がたつがガイは食事も水もとらなくなった。ヴァンの癒しの力でもたせているがそう長くも続かない。
 新たな手を打たねば、全て用意周到に予定通り運んだヴァンは予定通り主の心を得る策を頭で巡らせる。

 後ろに長く流れる黄金の髪、慈愛と厳しさを持つ表情。
 記憶の姿と狂いない。
 柔らかな桃色のドレスを纏わせた女性の手をとって、ヴァンはガイの居室へエスコートした。レプリカに対しそれが丁重すぎる扱いとは思わない。これは主の姉となるものだ。
「ガイ…」
 その女性の呼び声に厳しくよせられた眉間、ガイが最大の嫌悪を表す事をわかっていてヴァンは彼女を連れてきた。いきなり懐柔できるとは考えていない。これは初めの一手なのだ。
「また作ったのか、これは姉上への侮辱と俺がとることを考えなかったのか!」
「…ガイ。侮辱だなんてそんなことを言ってはいけないわ」
「……あなたもヴァンにどう刷り込まれたか知らないが姉上の物真似はやめてくれ、もうたくさんだ…」
 ガイは伸ばされた白く長い手を拒む。
 ヴァンにマリィベルのレプリカを連れて行けと目で促した。
「…また、機会を重ねれば考えも変わられるでしょう。マリィベル様、次に対面される時はガイラルディア様も快く迎えて下さいます」
「次なんか、ない」
「ありますよ。何もマリィ様に限ったことはないのですから」
「ヴァン、それは一体……」
「ご期待下さい」
 翌日からヴァンは毎日ガイの元へレプリカを連れて訪れた。
 ガイの両親のレプリカ、ヴァンの妹メシュティアリカのレプリカ、マルクトの軍人のレプリカ、導師守護役の少女のレプリカ、ガイの幼馴染の王女のレプリカ、導師、チーグル…。
 刷り込み技術を発展させ最低限の知識と、ヴァンの知る限りの各人物の特徴や経歴、記憶をレプリカには刷り込んだ。
 ガイのために製作したレプリカ達は簡単な受け答えならば本人とほとんど変わりなく対応する。
 彼らを総動員してガイに食事を勧めさせてきたが、無駄に終わっていた。
 相変わらずガイは強靭な意志でもって食事を断っている。
 まだガイはレプリカを受け入れない。
 準備なのだ、とヴァンは自分に言い聞かせた。
 限界が来る前に彼は聞いてくるだろう。それでこそ機会が巡る。
 この日、ヴァンはシェリダンの職人のレプリカを連れて行った。
 扉を開けてレプリカを見せた時、ヴァンには感じられた、落胆を含んだわずかな主のため息が。
 これまでのレプリカを送り届ける毎日で彼は、期待しつつある。恐れてもいるだろうが、期待する心を留められなくなってきている。
「今日の客人はお気に召しましたか?食事をされてはどうでしょうか。このままではお体が…」
「焦らしているのか、ヴァン」
「何のことでございましょうか」
「最初が姉上、次に両親。仲間達…。お前は俺の大切な人間のレプリカを次から持って来るが一番俺の気を引けそうなレプリカだけは持ち出さない。どんどんランクを下げるばかりだ」
 血色の悪くなったガイの表情が悔しげに歪む。ヴァンは表情を変えなかったが内でほくそ笑んだ。硬く、まっすぐな信念に亀裂が入っている。あとはヴァンが念入りに調節した槌がどれほど威力を発揮するか。
「貴公から要求があればすぐにでも連れてまいりましょう、誰がお好みですかな?」
 ルーク・フォン・ファブレ。
 かさついた唇はそう動いた。しかし主は首を振って寝台に重みを預ける。
「いや、いい。下がれ」
「そうは行きますまい、貴公の体力は残っておりません。お食事を召して頂かねば」
「いらない、下がれ」
 コンコンと軽快に、小さな扉が叩かれた。
 寝台にまっすぐ横たわるガイには背後にある死角の扉。
 そこから食事をのせた台を手で押して人が入ってくる。
「ヴァン、下がらせろ」
 窓から映える青空ばかりみるガイはヴァンの歪んだ笑みを知らない。
 室内にガイを向けようと伸びる手にも気がつかない。
「いーかげん食べろって、ほらそんなに痩せこけてるじゃねーか」
 掴まれた腕を震わせてガイがヴァンたちを振り返る。
「………ルーク、の…」
「ガイ!!ほら、口開けろって。おまえが昔してくれたみたいに今度は俺が食わせてやるよ」
 髪の色あせ具合や、口調。ルークの残した日記やヴァンの覚えている範囲のルークの記憶、ガイへの感情その他を全て『ルーク』に調節したレプリカ。
「…ルーク?」
「ガイらしくないぜ?そんな顔してないでちゃっちゃとメシ食って元気になれよ。体力が戻ったら俺と剣舞な!」
 スプーンで差し出されたオートミールをガイが口に含み、飲み下す。
 その後はルークの差し出すままに食べ物を口に入れ、久方ぶりに食事を片付けた。
「良かった、ガイが食べてくれて。そだ、これ、またつけてくれるよな?」
 ルークがポケットから取り出したのはあのチョーカー。
 無論、レプリカだ。このルークもチョーカーも食事も、全てレプリカだとガイもわかっているけれど、もう拒めまい。
 その首に、レプリカによって複製品が巻かれる様子をヴァンはうっとりと眺めた。
 主君はヴァンの造ったレプリカを、ヴァンの想いの具現を受け入れたのだ。
 直截に受け入れてはもらえない想いだがレプリカドールを、レプリカのホドを通してヴァンの想いは主に受け取られる。
 貴公に誰よりも深い慈愛と忠誠を。
 やがてこの美しく自由な世界で、主君は誰よりも幸福そうに、ヴァンへ笑みを浮かべる瞬間が来るだろう。
 それこそヴァンの理想が完結する時なのだ。


 END ---------------------------
すみませんでしたーーーー
ヴァンガイ的にもガイルク的にもなんだか不幸な感じで…
どっちのカプ好きの方からも非難がありそうな…。
私が読みたい(書きたい)がために書いたブツです…。
今頭にある話はみんな何らかの形で師匠が関与してるような…
ヴァン(純愛)→ガイ→ルークが好きなんです。
だからこれで私的には精一杯幸福気味に持っていったんですが…ガイルクじゃないとどうも…。
これじゃヴァン師匠ただのレプリカプレゼント男だよぉ


2006/2/15
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