最も貴重な一日


 ある日、空の上で寝そべっていた神様が天使たちに言いました。
「世界で一番に貴重な一日を持ってきた天使を神にしてやろう」
天使たちはこぞって世界に下りて行き、ほうぼうで価値ある一日を探し始めました。

 働くことが大好きな天使は、仕事で忙しい男の人の一日を持っていくことにしました。
 絵や音楽が大好きな天使は、芸術家の一日を持っていくことにしました。
 ある天使は、無垢であることこそ貴重だ。と子供の一日を持っていくことにしました。
 またある天使は価値ある時間とは誰かと寄り添っている時間だ。と幸せそうな恋人たちの一日を持っていくことにしました。

 空の上にはどんどん一日が集まっていきます。
 静かな山に生える木の一日。気ままに街を歩く猫の一日。大悪党の一日。努力家の一日。

 気まぐれな天使は次々に目移りして、まだどの一日を持っていくか決めていませんでした。
 美味しい食べ物を作れる料理人の一日にするか、たくさんの人の命を救う医者の一日にするか迷っているときでした。
 気まぐれな天使は、あと一ヶ月の命と宣告された病人を見つけたのです。
 病人が空をみたり、日記をかいたり、誰かと話したり、些細なことをとても大切におこなっているのをみて気まぐれな天使はこれぞ貴重な一日だと思ったのです。
 ざくり
 病人から一日を刈り取って天使は空へと還りました。

 空にすべての天使が帰り、神様の前にはどっさりと一日が詰まれています。
「数多ある一日の中で、この一日が最も尊かった」
 神様が指したのは気まぐれな天使の持ってきた病人の一日でした。
 こうして神様は約束どおり、気まぐれな天使を神にしたのです。

 元天使の神は神の力を試しに使って、空の下の世界をのぞきました。
 そして一日をもらった病人を見つけたのです。
 この日、病人は死にかけていました。ベッドに横になったまま動けず、もう少しで息を引き取るのです。
「もう少しでも、生きたかった。あと一回だけでも日記を書きたかった。あと一回だけでも空を眺めたかった。もう一度だけでも、知人と話したかった」
 元天使の神は自分がどれだけ残酷なことをしたか知りました。
 病人にとてもすまなく思いました。だから償いとして神の力を使って、病人の病気を治しました。
 これで病人は好きなだけやりたかったことができるのです。

 気まぐれな天使が神になってからたくさんの月日が流れました。
 ふと思い出して、神はあの病人がどうしているかのぞいてみることにしました。
 きっと充実した日々を送っているだろう、と思われた元病人はすっかり変わり果てていました。
 お酒を飲んで寝てばっかり。空も見なければ日記はホコリをかぶり、誰と会うわけでもなくだらだらしていたのです。
 これを見た神はがっかりしました。真剣に生きている姿に心打たれて時間を与えたのに、意味がないと。
 いっそ元通りの病人に戻すなり、与えた時間を奪いきってしまうなり考えました。
 でも元病人がこうなったのは神に関係のないことではありません。
 神は部屋の隅でホコリをかぶっていた日記のホコリをはらい、元病人の目に付くところに置きました。
 これを見て昔を思い出してくれないかと。
 それだけで神は元病人に手出しをしないでおきました。

 さらにたくさんの月日が流れました。神は立派な神様になっていました。
 あの元病人が今も生きているのかわかりません。
 でも最後にのぞいたとき、元病人は庭で誰かと話しながら空を眺めていました。
 神はそれだけで満足だったのです。
 今日、久しぶりにのぞいてみるかな、と思ってから神はやめておくことにました。
 なにせ元が気まぐれな天使だったので、気まぐれな神様になったのです。
 

 END
2005.7.10
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