06.賭け



 その時、ファブレ家は悲嘆の嵐と混乱に陥っていた。
 一人息子であるルークが誘拐され行方も生死も不明。
 現在、ガイの主人である公爵はルークの捜索に奔走し、公爵夫人は寝込んでいる。
 絵に描いたような見事な不幸だ。
 そしてガイはそんな不幸が公爵を中心とした人物に降りかかることをずっと待ち望んでいた。 訪れないなら自分が悲劇の幕を開いてでもとすら考えていた。そのはずだった。
 使用人の身に甘んじ、体の成長を待ちながら機会を得やすいよう立ち回る日々を送っているのも、すべては苦悩と絶望を公爵にもたらすため。
 しかし、不意に訪れた不幸に振り回される公爵達を見ても、ガイが心の充足を得たり、喜びを感じることはなかった。
 子供の安否を祈る哀れな親に見えるのだ。自分から家族と故郷を奪ったこの相手が。
 なぜだろう、と雑務をこなしながらガイは自問する。
 俺もルークを心配しているんだろうか。
 …ちがう。
 ガイは浮かんだ考えを否定した。何度も思い描いた復讐の絵図にはルークも入っている。公爵の目の前で、ルークと夫人を殺す。そうして自分の憎しみを思い知らせるのだから。
 ルークは年の割にできた少年だった。しかし、使用人であるガイに対しては遠慮なく難題をふっかける厄介な主人で、特に忠義を感じることはない。
 殺すと決めたから情が移らないよう距離もとってきた。
 ルーク個人がどうなろうと構わないし、自分の手を汚さずに公爵が困り果てるのはいい見せ物なはずじゃないか。
 これでいいんだと、必死で自分に言い聞かせようとしていることに気がついて、ガイは気分を落ち着けるために館の玄関へと向かいだした。途中で擦れ違う他の使用人達は執事のラムダスを始め、暗い表情で右往左往している。
 俺が、復讐を果たしたら、みんなはこんな顔をするんだな。
 仕えた主の死を悲しんで勤め先を失って、波紋を呼ばずにはいられない。そんな復讐を起こす必要があるんだろうか。特に不利益のない混乱を楽しめず、哀れんでしまう自分に。
 玄関まで来て立ち止まる。直視しないようにしても視界の右端にある柱の存在は無視できない。
 目立つよう飾られた剣は弱気なガイを叱咤するようだ。
 やはり、何もかもチャラにすることなんてできない。ずっと。
 でももしも、何らかの証しを自分にたてる者が現れるなら、思いとどまることを許してもいいかもしれない。
 ガイの体が成長し、復讐を果たす力をつける前に、審判を賭けれる者は現れるだろうか。
 それを待ち望んでもいいでしょうか、父上。
 広間に差し込んだ光を反射し、剣はガイの視界の隅で穏やかに輝いた。


「なぁ、ルーク。賭をしないか?」
「かけ?かけってなんだよ」
「ああ、それから教えないとダメか。あることが本当にそうなるか予想して、実現できたら約束していたものを相手にやるんだ」
 まっさらなガイの主は両手を頭で組んでふて腐れる。
「わかんねぇー」
「例えばルークが俺が認めるくらい立派な男になるとか」
「なるよっ、外に出れるようになったら俺はすごくなるんだっ」
「じゃあ賭をしようぜ、お前が俺の忠義に値する人間になるか」
「かんたんだよ」
 さて、どうだろう。だから、賭けてみるんだ。
 そんなガイの様子を見て怖くなったのか、幼い主は不安を口にする。
「俺がりっぱになれなかったら、どうするんだ?」
 主の恐れを宿した瞳から目を逸らす。その時はこの主から大きなものを奪うから。
「それは秘密だ」
「ガイ、いなくなるのか?」
「そうなるかもな」
「い、いやだっ。そんなの駄目だからなっ!」
 ポカポカと胴に拳を打ち込んでくる主をガイはそっと宥める。
「まあ聞けって。そのかわり、お前が勝ったら」
 知らずに多大なものを賭けさせる、なら代償は。
「もし勝ったら、お前に俺の剣を捧げてやる」
 剣を携える者が渡せる至上、それ以後ガイの持つ全てを捧げる。
「俺、ガイの剣はいらねぇー」
「おいおい…」
 剣を捧げるという表現はまだ早かったか、ガイが言い換えようとすると主は必死な様子で訴える。
「剣よりガイがずっといてくれる方がいい!」
 親鳥を慕う雛鳥のよう、なんて無垢な主人だか。
「一緒だよ、勝ったらな、そしたら居てやる」
「俺、やる!俺絶対に勝つから!」
 小さな主人は何を負ったか理解せずはしゃいで中庭を駆け回る。
 共にありたいと思ってくれるなら、過去を断ち切れる証しを見せて欲くれ、その手で見事勝ちとってくれ。
 ガイは中庭の真ん中で上を見上げた。ここから主は剣を捧げるに値する人間へと昇華できるだろうか。
「やれやれ。まず、『剣を捧げる』ってことも教えなくちゃな」

 


                     END
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例の剣のサブイベント、ツボでした。直前でセーブポイント残してます。
残念ながらルークは剣を受け取んなかったけど、もういい!
なんか別の大切なもん捧げられちゃったってことで(何だョ…)
気に入ったイベントでどんどんセーブポイントが分裂していって一周で十個…。
馬鹿ですか、そうですか。

2005/12/25
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