04.カースロット
深夜、ルークは宿のベッドから跳ね起きた。
額にかかる前髪を手の甲で拭えばびっしりと汗をかいている。
理由は簡単だ。人を切ったから。
剣術を趣味と捉えていた頃はこんな不安な目覚めもなかった。
カーテンのずれた窓からは月光が差し込んでいる。まだ、夜だ、寝なければ。
しかし今までの経験上、このまますぐにベッドで毛布を被ったって寝付けないことはわかっていた。
意思に反して神経が張り詰めている。
仕方なく、ルークは自分のベッドから降りてガイの寝ている隣のベッドへと足を忍ばせた。
人を切る覚悟をして、それでも怖くなって眠れなかった野宿の日。
心配して一緒に起きてくれていたガイと話して、そうしたら気分が楽になることを知った。
また一人で震えてる夜があったら言え、とガイは微笑んで。夜でも起こしていい、気が落ち着くまでそばについててやるよ。と約束をした。
それ以後何回かルークはガイを起こして気を休まらせてもらうことがあった。
けれど最近のルークはガイを起こすことを悪く、少し恥ずかしく感じるようになり、眠るガイの横で寝顔を眺めているに留まることが多い。
それだけでささくれた精神を癒せるようになった。
そんなルークの様子すらガイは知っていて、隣でルークがしゃがみこんでいることに気づいた夜はあえて、目を閉じたままでルークの頭を抱いたり、背中を撫でながら眠りに戻るようになっていった。
床をきしませて。
自分に、気がついても気がつかなくてもいい。
ほんのひと時で得られる安息を求め、ルークはガイの隣へ静かに移動する。
しかし、この夜は安堵どころではなくなった。
ガイのベッドはもぬけの空で、ガイは剣ごと消えていた。
どこにいったんだ…俺に何にも言わずに…
大きな物音はなかったのだから連れ去られたわけでもない。けれど夜遊びにいける人間ではない。
ガイの姿を求めてルークは外へと急いだ。
屋根のない空を見上げると星の瞬きのほか光はなかった。足元もおぼつかない闇の世界。
ファブレ家ならば庭でも夜には明かりを灯す、明かりのない場所ではガイがいつも明かりを持って先を歩いてくれていた。
闇に慣れない目でルークはガイを探して近隣の道を歩き回ったが成果は得られなかった。
とぼとぼと、宿に重たい足を引きずる。
後で聞いてみればくだらないことで出かけてるだけかもしれない。きっと、そうだ。
ルークは胸に垂れ込めた不安を固まらせて、部屋で朝を待とうと宿の敷地を踏みしめる。
その時、人の声を聞いた気がした。
頭の中で反芻しているとガイの声だった、という気がしてくる。
声は同じ敷地内にある馬小屋や倉庫のある方面からだ。
どうせ近いんだし、とルークは馬小屋のほうへ足を運ぶことにした。
「……う……っ」
切れ切れに漏れ聞こえるのはガイの声に間違いない。
確信したルークは馬小屋の戸を勢いよく蹴りあげた。
景気のいい音をたてて戸が開かれる。
その先にいるのはガイと、シンクだった。
ガイはといえばベストが床に落ち、シャツがはだけて右肩がむき出しになっている。
「……こんなとこで、何やってんだよ!!」
ルークはなぜか二人を直視することができなかった。俯くと手ばかりが目に入る。
硬く握った手は血の気が引くほどになって震えていた。なぜそうなっているか、ルークには理由がわからない。
「ちっ、あと少しで完全に抵抗を殺せるって時に」
「うるさいっ!ガイから離れろ!!」
「言われなくてもそうするよ」
シンクは滑るような足取りで馬小屋内の奥へ移動したが、それよりも早くルークは剣を抜きシンクに飛びかかっていた。
不快な金属音と腕への衝撃がルークに響く。
ルークの剣は受け止められた。ガイによって。
「ガイ!なんでっ、なんでそんな奴をかばうんだよ!!」
シンクを守るだけでなく、ガイはルークに打ち込んできた。
稽古とは違う。木刀ではなく真剣、峰ではなく刃。
ガイが刃を向けてくることもショックだったがルークにとって、自分もガイに刃を向けなければならない事のほうが愕然とさせられた。
道中に襲ってくる見知らぬ敵を切るのも心が痛むのに、ガイを…。
体に力を入れられず、ルークは剣を持った左腕をぶら下げて立ち尽くした。
なら自分がガイに切られるのだろうか。
ルークは迫るガイを見つめて、その切っ先が懐に飛び込む時を待った。
「ぐあっ…つっ…」
ルークを刺そうとしたガイの体が右に傾ぐ。
膝をついて腕を押さえるその様子にルークは見覚えがあった。
「そっか、また操られてるんだな、そうだろ?ガイ」
ルークに切りかかったのもシンクとこんなところにいて庇ったのも全部。ルークの心の中の重石が砕ける。
心もち晴れやかになった表情を見咎めたのはシンクだった。
「ふん、全部が全部ぼくのせいってわけでもないさ。その素養はそいつの中にある」
ガイを動かそうとしたのか、シンクは指を繰ったがガイは床についたまま動かない。
あきらめたシンクだが仮面から覗く口元が緩やかに持ち上げられていた。
「そう、そいつの心の中のことさ、お前に刃を向けたのも。僕をかばったのも、ね…」
最後の一言を強調してからシンクは見事な跳躍をみせ、馬小屋の天窓から逃げ去った。
シンクが去ったからだろうか、ガイに肩を貸しながら部屋へ戻ったが、途中からガイの調子はがらりと良くなった。
もう全く問題ないからと、イオンへの相談も断る始末。
こんなことなら中途半端に具合が悪いほうが良かったんじゃないかとルークが思うほどの快調ぶりだった。
「本当に、まだ放っておく気なのか」
そりゃ急いでるけど、そこまで暇ないわけでもないぜ、となけなしの気遣いを見せたルークをガイは笑い飛ばす。
「大丈夫だって、言ってるだろ。お前らしくもない、夜心細かったのか?」
「ば、ばっか。違うって…俺は、早く師匠に追いつきたくて…だから…」
「ヴァン謡将に追いつきたいならなおさらだ、俺は平気だからさ」
「………」
ルークは聞くのが怖いといった顔でガイのほうに遠慮がちに目を向ける。
「なあ、なんで俺は庇ってくんなかったのにシンクを守ったりしたんだ?」
ガイはその質問が避けられないと知ってはいたが、いざ聞かれると答えをうまく紡ぎだすことができない。
今はまだ言えないことが多すぎる。
ルークを庇わなかったどころか攻撃さえしたのはガイ自身の出自に理由があり、シンクの方はイオンと似た顔ゆえに錯乱に陥る中、イオンが攻撃されるように思えてつい守ってしまった。
シンクとイオンが似ていることをまだイオンに聞けないでいる、それが気にかかったことを悟られたくなくて避けてもいる。
どちらにせよ今、ルークに聞かせられないことだらけだった。
「さあ…シンクが俺を操っていたんだから、俺に理由なんてないよ」
「シンクは言ってた、その素養がガイにあるからだって」
ちっ、とガイは心の中で舌打ちした。
紛れもない事実だった。しかし認めてはいけない。
「真にうけてどうすんだよ。急ぎの旅だろ、惑わされるな」
「……ああ、そだよな」
建物内に入って、音をたてないよう黙って廊下を渡った。
ガイは静かにドアノブを回して、割り当てられた室内に戻る。
「…ルーク、どうした。早く入れよ」
開け放された扉の向こうでルークは呆然と立っているだけだった。
一向に部屋に入る様子がない。
「ルーク、もうずいぶんと長く外に居たんだろ?冷えるぞ」
幼いころそうしたようにガイが左手を引いてやると、ルークもおとなしく部屋に入る。
もう廊下に用はない、再びドアノブに手を伸ばして扉を閉めようとするとルークが小さくつぶやいた。
「…ガイが、シンクと一緒に行って、俺の敵になろうと思ってるんじゃって思った…」
ルークの指摘は完璧に的外れでもない。自分達を待たずに先へ先へ進むヴァンは怪しい。
六神将と同じ、もとい六神将がヴァンと同じ目的で動いている可能性はまだ否定できない。
それに、ヴァンはガイをホドへの復讐に誘っている。
敵として、ルークの前を去る可能性はまだゼロではない。
数々の火種をガイは思い浮かべた、しかしその全ては打ち明けられないのだ。
そんな馬鹿な、と笑ってごまかせばいい。ルークも満足するし、それでこの場は逃げられる。
「俺、ガイが俺を切ろうとした時、腕に力が入んなかった」
ルークは向き合ったままのガイにすがり付いて、上着を強く握り締めて呻く。
「ガイを切りはしなかったのに、はじめて人を切ったときと同じくらい、怖かったんだ」
もうあんなことは無理だ、嫌だと喚きだすルークの頭にガイがそっと手を乗せた。
熱と、情がルークへと移っていくのを感じながら、ガイはごまかさずにルークの感情を受け止めようと決心した。
もちろん、語らない部分は多いのだけれど。
「ルーク、切れよ」
「えっ」
「俺がお前に剣を向けた時は、お前も剣を向け返せよ」
「まさか…、ガイ?」
「早とちりするなよ。何があるかなんて、わからないんだ。俺じゃなくても他にお前の親しい人がお前に剣を向けることがあるかもしれない」
ガイは一度言葉を切ってルークと目をしっかり合わせて念を押す。
「そしたら、お前もちゃんと剣を抜けよ。俺は…そう簡単にお前に命をあきらめて欲しくない」
「ガイ……」
「いい加減寝なきゃな、明日出発できないとみんなに怒られる」
靴をベッドの傍らに脱ぎ捨てて、ガイとルークはそれぞれのベッドにもぐりこんだ。
空が白む、窓から見える外は澄んで青い色をたたえ始めた。
ルークは再び眠るガイの隣に腰を下ろしていた。
ガイの顔の近くで頭をベッドに乗せていると、寝返りをうったガイの手が頭に触れてそのまま抱きかかえられる。
右腕が嫌でも目に入った。シンクにつけられた傷。
もしも、次ガイが切りかかってきたら、今度は剣を抜けるだろう。
ガイを切り捨てるためではなく、最低限、自分の身を守るためだけだけど。
目を閉じて、腕の温かみだけを感じてみる。
その心の中に何が潜んでいようと、これから潜むことになっても、向けてくれる好意と真心を疑えない。
これは導き続けてくれた腕。
ルークは閉じた目を開けて自分のベッドに戻ろうとしたが、まぶたを持ち上げられなくなっていた。半分まで持っていったところで閉じてしまう。
そのままでいることが心地よいように思えて、床に座り込んだ状態で寝てしまった。
朝になってルークの顔があまりに近い状態で目覚めたことに照れるガイと、床に座った無理な体勢で夜を明かしたためすっかり腰が痛くなったルーク。
おかげで、二人はなにやら強烈な深読みを発揮したジェイドに「お楽しみは程々にしてくださいね」とにっこり微笑みかけられるのだった。
END
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アビスに浸れる正月休みが終わるんで
書きたい文を一気に片付けはじめました。
ガイルクの御題なのに初めのほうガイが受けぽくなりがちです。
シンクやヴァンからの鬼畜なものを見てみたいという邪念の現われでしょうか…
あー、もっとだらだらしてる時間があったらなー
2006/1/10
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