学校は、集団生活の中で学習力、社会性、人格をみがいていくところだ。さまざまな社会的規範も教えられるが、しつけとは違う。善悪のけじめ、他人の立場を思いやる心、それらを家庭教育を通じて少しずつ身につけさせたい。
(吉川正義さん)
勤めている母親が人間として成長し、それが子どもへのプラスになることもあるし、反対に勤めることで子どもへの心配りが少なくなることもあるわけです。母親が働くとき、父親の協力と自覚がぜひ必要になると言うことを忘れてはなりません。(小田義彦さん)
年齢に応じた社会とのつきあい方、挨拶、手伝い、良いこと悪いことの判断、我慢強さなどを身につけているか、自分のことだけでなく、他人のこともあわせて考えられるか。しかったりほめたりすることが、実は勉強がらみのことばかりではなかったか、という反省が生まれるかもしれない。(不明)
せっかくの休みをレジャー産業の渦に巻き込まれてつぶしてしまうだけではもったいない。日常が商品の山に囲まれているのですから、せめてレジャーぐらいはその誘惑から逃れてみたらどうでしょう。気の向くままマイペースで自然の中に溶け込んでゆけば何のしがらみもなくなるはずです。このとき、時間をあまり有効に使おうとはしない方がいい。大人は、休暇が限られているのであせりがちだけれど、子どもは時間など忘れて没頭しているでしょう。みんなして、そんな風な遊び方ができれば最高なのですが…。(小児科医:毛利子来さん)
欲しくもないのに食べさせられるのはつらいし、かえっていやになってしまいそうです。必要なのは、与えるより、むしろ飢えさせることかと思います。めいっぱい遊べばお腹も減る。食卓では多少散らかしたり、もたもたしていてもあまりうるさくいわぬこと。「正しい」マナーにこだわって、楽しさをなくしてはつまりません。(小児科医:毛利子来さん)
しかることなしの暮らし方も、一つの理想ですが、時はすぐ過ぎ、のびのびしすぎた子が、親も教師も社会も全部、自分の自由になると思いこむおそれもあります。幼児期からけじめを教え、周囲に迷惑をかけないしつけは絶対に必要です。(不明)
子どもの望ましくない行動を規制することは必要であり、大切なしつけだ。だが、ともすると干渉のしすぎになる。しかもそれを親が自覚しにくい側面がある。子どもは親と違った独自性、個性を持った人間ということを忘れないでほしい。危険や他人への迷惑などのほかは、干渉、禁止、統制はできるだけ少なくという努力は必要だ。(不明)
自分の世界を持つことは、その人の人間的な魅力とも言える。それをつくるには学校の勉強だけでなく、、本を読んだり音楽を聴くこと、そしてその後、ボケーッとしている時間も大切だと思うのです。ボケーッとしている時に、読書や音楽で感じたものを味わいなおし、整理しているのですから。そういう時間を大人は、『ムダ』と考えがちですが、子どもの成長には大切なことなんです。大人は子どもに『ムダなことはするな。勉強しなさい』と効率を求めすぎます。ムダの中に子どもが自分の世界を作っていく栄養があるのです。(児童文学者:片岡 輝さん)
子どもは自分で何かを求める気持ちが生まれるまでは大人がいくら勧めてもだめです。かといって、子どもがその気になるまで放っておくのではなく、子どものまわりに土壌を用意してやる。子どもが興味を持ったときに応えてやれる環境を作ってやることだと思います。親の期待を押しつけるのではなく、子どもに手助けしてやる、そういう姿勢が親に必要でしょう。(児童文学者:片岡 輝さん)
子どもには、もともと悪いことをしたら反省する気持ちがあるのです。“いい子”だって悪への志向があるし、“悪い子”だって良くなろうとする気持ちがある。任されると自分で自分を律する責任を感じる。大人がおおらかに信頼すると、子どもはそれを裏切りません。子どもを信じる。それを基本においた方がいいです。子どもは失敗すると、その悔しさ、心の痛みを感じる。それを自分の力で克服していく。そこに人間的な成長があると思います。(児童文学者:片岡 輝さん)
「しつけ」という言葉は、しかり方や礼儀作法だけを意味するものではなくて、田植えをすることにも使われていました。稲を植えてから育てあげるまでを「しつける」とも言うそうです。子どものしつけ、それは育てあげることなのです。子どもには、一人一人の好きな服の色や食べ物の好みもあるはずです。しかも、その子独特の言葉遣いや訴えもあれば、性格の違いもあります。これらのことを、ていねいにわかってやりながら暮らしの一員として共に生きること、これが「しつける」ことのように思います。その子しか持っていない物を大切にしながら育てる。これが「ちゃんと」育てることなんだなぁ、ということが、ようやく分かりかけてきたこのごろです。(辻井正さん)
成績で子どものすべてを評価しないことです。この子は成績は良くないが、こういう良い面があると確信を持ち、それを大切にのばしてやることです。親の思い通りにならないかもしれないが、本当に子どもの幸せを考えるのなら、子どもにやりたいようにやらせる。それは単なる甘やかしではなく、ある意味では突き放すことになります。失敗するかもしれない。でも好きな道なら一度挫折しても自分で立ち直る努力をする。それが自分を作っていくことであり、結局、子どもの幸せにつながることだと思います。(児童文学者:片岡 輝さん)
親に思い切り依存したり、反抗したりする時期をちゃんとやり終えなかったら、本人が親として子どもを育てるときに、全力を傾けて親になりきれない。親として一人前になる条件−−それは、子ども時代を十分に子どもらしく生ききることにつきます。そうすれば、今度は親になったとき、子どもからの甘えや反抗をきちんと受け止められるし、子どもから除々に手を引く時期も分かります。子育てに手を加えたり、手をひかえたりする感覚のようなものが、しっかりとたくわえられてこそ、しつけに自信が生まれるのです。(辻井正さん)
基本的な知識の記憶は学習にとって不可欠ですが、言葉や知識に具体的なイメージを伴わないと何の役にも立ちません。机上の勉強だけしていると、与えられた問題はできるかもしれないが、知識が生きていないから身の回りに起こる様々な問題を自分で考えて解決していく力にはならない。つまり自立できない。自分で考える力というのは、大人になって仕事を創造的にしていく上で大変必要になる。(須藤敏昭さん)
人とうまくつきあえることは、かしこさの最高の形態の一つだと思います。通知票に出ない知的働きがそこにあるわけです。人付き合いというのは社会に出てから、きわめて大事です。塾通いばかりしていて遊ぶ暇がないと、そういう大切な経験が不足するわけで、そのことを親はもっと深刻に考えるべきでしょう。(波多野誼余夫さん)
「かしこい子」と「頭のいい子」は違う。人間を評価する場合、頭の良さだけでは基準にならない。人間、もっと違う面がある。その違う面がどれくらい出せるかによって、人間の成長が分かる。(和田重正さん)
学歴プラス・アルファ、つまり個性。この人ならではというもの、これだけは、誰にも負けないというものを持ってる人が強い。そのためには何か熱中できるものを持つことです。それがその子の“出番”を作り、精神的にも強くなれる。(早乙女勝元さん)
悪いことを許しあったり、いつでも行動を共にするのが本当の友達付き合いでないことを教える。(不明)
子どもたちは遊びの中で人との交わり方について大切な勉強をしています。子どもも、外で戦って帰ってくるのです。家庭は子どもにとって安心して翼を休める場所であってほしいものです。(幼児教育評論家:大橋和子さん)
勉強より以前に、他人(生き物すべて)への思いやりや、集団生活でのルール等、幼いうちに養われねばならないことはまだまだあるし、健康な身体、感動する心、大人にはまねのできない表現力や想像力等、幼いうちだからこそはぐくまれるものを大切にしなければならないのではないだろうか。(島崎万里子さん)
子どもはやりがいを感じ、成功の喜びを知って大きく飛躍するものです。失敗を責めたり、不用意に笑ったりせずに、惜しみなく拍手を送っていただきたい。(幼児教育評論家:大橋和子さん)
目標に向かって頑張ることで忍耐力、想像力もついてきます。「やればきっと出来るよ」と、根気よく励ましてやることが大切です。(大森哲夫さん)
『問い』と『答え』の間に『間』をおくこと。答えにもいろんなものがある。それを子どもが時間をかけて、色々考えをめぐらせて選び出していく。その課程が大切なのであって、それが本当の意味での『学力』です。(大田 堯さん)
教養というのは、いい大学に入って、たくさん知識を持つことではないのです。他人の身になって考える能力の広さ、深さこそ人間としての教養なんです。老人や病人、障害者とつながる。また立場や思想信条」の違いを越えて結びつく能力を持つことが『かしこさ』と言えるでしょう。『かしこい』とは、ユニークな活発な問いを持つと同時に他人と、違いを前提にしながら、つながることだと思います。自分の行いが他人にプラスに、他人の行いが自分にプラスになる、ということを教える。(大田 堯さん)
いじめられている子は、自分の苦しい気持ちをだれかに打ち明けたいと思っている。“その気持ちは分かる”とか“自分も昔いじめられたことがある”というように知ったかぶりの態度でやり過ごしてしまいがちなのです。その子が望んでいた大人の態度とはどんなものなのか?それはただ“うんうん”の言葉と優しい笑顔のうなずきだけなんです。(不明)
親や周囲の愛を受けて、あるがままの姿を認められて育った人には、どんな試練にも耐えてそれを糧にする力がそなわっているものです。(不明)
「焦るな」…問題の渦中にあるときは早く良い結果をと思っても、その時期がこなければ解決し ない。
「あきらめるな」…たった数回の不出来や失敗で、もうお先真っ暗とあきらめてはいけない。
「侮るな」…小さな行動であっても侮らず、どうしてそのようなことをするのか、その原因をつきとめ理解してあげねばと思う。(三宅春代さん)
競争も順位も勝敗も、その結果に大人が無邪気であれば、子どもも気楽。子どもが一生懸命頑張ったことをほめてやり、行くことに決まった学校が一番良いのだと励ましてやろう。(不明)
数えてみると、親にも子にもほんの数回しかこない楽しい夏の日々。(不明)
子どもは自分で育つもの。のびる力を親は邪魔せずに見てるのが仕事、だから子育てとは言わない。自分の仕事が満足にできないことの言い訳に子どもを使っちゃいけないよ。子どもは親も育ててくれるもの。子育ちと親育ち。(住井すゑ)
子どもも、人との関わりの中で、優しさや折り合いを付けていくことを学んでいく。(不明)
耐える力の耐力、連帯の帯力、体の力の体力である。(不明)
子どもが親に言われてうれしい言葉
「ようがんばったなあ」
「あたまええ、さすがやなあ」
「ありがとう」(不明)
- 子どもを守り育てていく保護機能
- 社会が要求していることをきちんと教える社会的機能(不明)
必要なときだけ世話をやき、あとは子どもの世界に立ち入らない親をもった子どもは幸福です。しかし、過保護で子どもの人生と自分の人生の区別がつかず、一喜一憂する親をもった子どもは不幸です。(三木善彦)
いくら親がコントロールしようとしても、テレビや携帯電話、街角のポスターなどから、いくらでも情報が入る。子どもを無菌室のような情報環境におくのは不可能です。子どもが入手する情報をつかみきれないから、親が不安になる。“しつけ理論”自体が矛盾を含んでいることも親を混乱させる。
- 子どもの無邪気さを尊重し、自由にのびのびと育てる「児童中心主義」
- 子どもは無知だから小さいうちから厳しくしつけるべきだとする「厳格主義」
- 人格形成に重きを置く両者とは異なり、知識の取得を重視する「学歴主義」
時代とともにそれぞれ台頭と衰退を繰り返してきた。
しつけ重視か、学力重視か。のびのびさせるか、厳しく育てるか。
実際には三つをその都度使い分けながら、「勉強し、いっぱい遊び、あいさつもきちんと」といったパーフェクトな子どもになることを求める親が増えているのではないか。(広田照幸)
社会に出て、仕事をするようになると、ほめてもらう機会などほとんどなくなる。過程でいくら努力をしても、結果が伴わなければ評価されない。大人はみんな、子ども時代にほめてもらった記憶の貯金で、どうにか頑張ってやっているのだ。これから嫌でも競争社会に漕ぎ出してゆかなければいけないのだから、今のうちにたっぷり貯金しておいてほしい。(小川洋子)
家族に大事にされて育った子どもは“転落”の前に戻ってくる。外で危ないことに走る子どもは、自分や家族に物足りなさを感じたり、友達とつながっていないことが多い。家族もそれに気づいていない。
怒ったり止めたりするのではなく、親が気づかっているというメッセージを伝える。親というのはけむったいもの。でも、心が通じていれば子どもは話す。
暴走する子どもを親は否定したくなるかもしれない。だが、抑圧し強制しても反発を招く。逆に黙っていたり言いなりでも、子どもは「愛情の薄さ」と受け取ってしまう。
親が聞く耳を持っている、努力をしているという姿を見せ、本人に気づかせる。人と人との真剣な付き合いをすることで、初めて子どもは親の気持ちに気づく。
子どもに気がかりがあるとき、まず親から接し方を変えないと、問題は先送りされるだけで、解決しないのは確かだ。(不明)
大人は子どもが育つ装置を準備する、そして『待つ』(不明)
「多くの子どもは、夏休み中、遊びや旅行や田舎での生活やアルバイトなどを
とおして、いろいろな社会の階層の人々と交わり、さまざまな異体験をへるなかで、学校的価値観とは異なる価値観に触れ、化学変化をおこしている。
その変化が、非行化を促進している例もある。あるいは、反学校化している」(不明)
「親は海で子供は船。だから、海である親がおだやかな凪の状態じゃないと、船である子供は安全な進路を取れない。相談を受ける人も、自分自身の気持ちがイライラしたり、おちこんでいると、その気持ちが相手に伝わってしまい、相談した人が影響うけてしまう。笑顔で対応できる状態の時こそ、相手の話をとことん聴いてあげるだけでもその人にとっては気持ちが落ち着く。聞き上手になってください。」(不明)
子育てに大切なことは、育児に専念するか、働くかという形式ではなく、、子どもを愛そうとする親としての努力と工夫であり、同時に周囲の人々の協力を取り付ける努力を惜しまないことです。
(恵泉女学園大学教授:大日向 雅美)
手塩にかけて育てる親にしてみれば、子どもに夢を託すのは、おる意味で当然のことでしょう。子育ての本来の目標は、子どもが親から自立し、自分の適正を見つけて生きていく力をつけることです。(大日向 雅美)
学校で家庭で。友人関係、受験、そして親に言えない心の秘密…。迷いと悩みの中にいる子どもに、親はどのような言葉をなげかけたらいいのか。
思い悩む子どもに親としてできることは、まず子どもをしっかり受け止め、また歩み出せるようにすることだと考えます。一方で子どもは近道せず、遠回りして、迷いながらも自分の意志で歩んで行かなければならないでしょう。
子どもたちがこれからの人生に、より積極的にかかわっていく人生になるような、強くて優しい言葉を伝えていくこと。それができれば、子どもは自分の力で成長し、幸福になれるのではないでしょうか?子どもが幸福になれることこそ、いつの時代も変わらない親の願いだと思います。(双葉社・編集部)
・かわいい時がしつけ時期・手を離せ、目を離すな・子どもは何でも自分でやりたがっている・“みんなが…”と言う言葉は要注意・金品で子どもの心を買うな・家族の争いや学校批判は子どもを迷わせる・学校や塾へ‘捨て子’するな・家庭を下宿化させるな・生きることの厳しさは親から学ぶ・頼んでまで勉強させるな(不明)