8-3.ブロンディーヌ



 ブロンディーヌ、待っていたよ。
少し顔色が悪いようだが、大丈夫かな。
早速だが、仕事の話をしよう。
今夜のターゲットは、オズワルド氏だ。
彼は、我々ミラージュに、不利益をもたらす人物だ。
抹殺しなくてはならない。
手順は、簡単。
夜になったら、君は私と一緒に、タリスのある高級娼館に出かける。
私は、そこの女主人としばらく前から、懇意にしていて、君のことを話した。
ここで、私の知り合いの女に、客を取らせたいのだと。
君のことは、アルカンスィエルを追われた高級娼婦だと話してあるので、その心づもりでいてくれ。
そして、私が、オズワルドを連れて行くので、君は彼と部屋に行く。
オズワルドにとって、君が最後の女だ。
十分に楽しませてやるといい。
オズワルドが油断したところで、見つからないように、ウイスキーにこの薬を入れて、飲ませるんだ。
簡単な仕事だ。
それで、オズワルドは死ぬ。
仕事が終われば、女主人に適当な言い訳をして、外へ出るんだ。
私は店を出た次の角の、辻馬車の中で待っている。
納得が行かない?
どういうことかな、ブロンディーヌ?
何か問題が?
ウイスキーの中に毒を入れたのでは、事切れるまでに、抵抗されるかもしれないと?
確かに、物音をたてられるのはまずい。
寝室が、奥まった場所にある貴族の屋敷とは違って、物音や叫び声は響きやすいだろう。
ウイスキーの中に睡眠薬を?
ぐっすり眠ったところを、ナイフで一突き・・・。
殺れる自信は?
わかった、君がそう言うのならそうしよう。
ナイフは、隙を見て、私があらかじめ部屋に用意しておこう。
今夜が終われば、君は自由だ。
最後の仕事は、抜かりのないように頼む、ブロンディーヌ。



 ソファに身を沈めて、ブロンディーヌは、優美に、艶めかしく、オズワルドの到着を待っていた。
長く美しいダークブロンドの髪を、見せつけるように、わざと肩に落とすように結い、髪には、白い花飾りを刺していた。
ブロンディーヌに、濃い化粧は必要なかった。
薄化粧に、淡い口紅。
濃い化粧よりも、その方がよほど、ブロンディーヌの美しさを際立たせた。
そして、嗅いでいるだけで男が虜になりそうな、甘やかで魅惑的な香りをまとっていた。
黒のレースをあしらったドレスの胸元は大きく開かれ、吸い込まれそうなほど白い肌には、真珠の輝きがあった。
その姿は、完璧な肖像画のようですらあった。
窓辺に立つ、赤いドレスを身にまとった、化粧の濃い女主人、レベッカが、ちらりと、ブロンディーヌに目を向ける。
そのレベッカも、ブロンディーヌより幾分年は重ねていたが、十分に男を魅了できる器量の持ち主だった。
まあ上玉だこと。
ダニエルったら、一体、この娘とどういう知り合いなのかしら。
レベッカは、幾分嫉妬の籠もった眼で、ブロンディーヌを眺めた。
レベッカの新しい情夫、ダニエルは気前がよかった。
流行のドレス、宝石と、レベッカが望むものは、何でも買い与えてくれた。
もちろん、レベッカには、他にもパトロンがいた。
けれども、これほど気前のいい男、ダニエルを、手放す理由はなかった。
その気前のいい情夫ダニエルが、先日、妙なことを言い出した。
知り合いのアルカンスィエルの娼婦が、グラディウス軍の侵攻で、アルカンスィエルを追われて、このタリスへやって来たという。
客を取らせてやりたいのだが、部屋を貸してやってくれないかと。
他の者だったら、断ったところだった。
けれども、他ならぬダニエルの頼みだった。
頼みを断って、ダニエルと縁が切れてしまっては、欲しい物が手に入らなくなる。
レベッカは、そのダニエルの依頼を承諾した。
そして、今夜、ダニエルに連れられて、ブロンディーヌがやって来た。
レベッカは、ブロンディーヌを見て、その美貌に驚いた。
そして、不思議に思った。
何故、ダニエルがブロンディーヌを囲わないのかと。
あれほど、美しければ、手に入れたいと思うのは、男ならば当然ではないか、と。
もちろん、ブロンディーヌに対する嫉妬もあった。
だから、ダニエルが、客の男を迎えに行く前に、尋ねてみた。
ダニエルは、レベッカに口づけをして、答えた。
美しすぎる女は、隙がなくて面白くない。
君の方が、魅力的だ、と。
悪い気はしなかった。
その窓辺にたたずむレベッカをそっと見て、ブロンディーヌは思った。
この女主人も、ダニエルに利用されて、捨てられるのだわ。
何も知らないまま。



 娼館の応接間には、レベッカとブロンディーヌしかいなかった。
年若い召使いは、奥に下がらせていた。
すでに、夜は更けていた。
他の娼婦たちは、既にめいめい男を取って、部屋に入っていた。
コトンと入口から、物音がして、レベッカとブロンディーヌが顔を上げる。
しばらくして、ダニエルに連れられて、身なりのいい、肥えた中年の男が入って来た。
オズワルドが、一目で、ブロンディーヌの虜になったのは、誰の目にも明らかだった。
一通りの挨拶を終えると、傍らに座ったオズワルドのふくよかな手を取って、胸元に寄せ、ブロンディーヌはその耳元で甘えるように、囁いた。
「オズワルド様、お部屋に行きませんこと?早く、ふたりきりになりとうございます」
オズワルドに、嫌という理由は何一つなかった。
ブロンディーヌを前にして、オズワルドが欲望をたぎらせた眼をしていることに、誰もが気付いていた。
階段を上がっていく、ブロンディーヌとオズワルドを見つめ、ダニエルは不敵な笑みを浮かべた。



  深夜だった。
階上からは、物音ひとつしなかった。
レベッカは、応接間でひとり、ウイスキーを煽っていた。
レベッカは、気分を悪くしていた。
ブロンディーヌが男と階上に上がった後、レベッカはダニエルと過ごすことが出来るとばかり思っていた。
ところが、ウイスキーを軽く飲んだだけで、今夜は用があるからと、帰ってしまった。
その無粋な行いの代わりに、レベッカの指には、指輪が差し込まれた。
その眩い宝石のついた指輪は、これまでにダニエルから受けたどんな贈り物よりも、高価な品物であることは分かったが、それでもやはり、レベッカの心中には波がたった。
自然と、杯を重ねてしまっていた。
時間が過ぎ、階上から、誰かが降りてくる足音がした。
ブロンディーヌだった。
階上に上がる前よりも、髪が乱れていた。
脱いだ後、ひとりでドレスを着なおしたせいか、ずいぶんと雑な着方になっていた。
「オズワルド氏は?」
「お休みなの。ずいぶんとお疲れになったみたい」
ブロンディーヌは、お分かりでしょ、と言わんばかりの眼差しだった。
そして、召使いを呼んだ。
「手伝ってくれる?ひとりでは、うまく着れなくて」
と、召使いに手伝わせて、ドレスを着直し、髪を結い直した。
若く、類いまれな美貌を持ち合わせたブロンディーヌが、情事の後とは思えぬほど、冷静であることに、レベッカは内心驚いていた。
顔に似合わず、この娘、相当したたかな女かもしれない。
そう思った。
「少し風に当たりたいの。外へ出てくるわ」
支度を済ませると、ブロンディーヌは、ケープを羽織った。
「夜中よ」
レベッカは驚いた。
この辺りは、夜中に女がひとり、出歩くような場所ではなかった。
「その角までよ。身体が、火照るの」
ブロンディーヌは、ヘーゼルの瞳を艶めかしく輝かせて、笑った。