8-2.ブロンディーヌ



 ばあさんは、こう答えた。
「あんたのような都会から来た人間は知らないだろうけど、こんな小さな街にも、大きな事件があったんだよって」
俺は、俄然、興味をひかれた。
ばあさんの話を聞き終わって、久々に手が震えたね。
俺の予想が、的中だ。
いや、予想以上か。
これからここに書くことは、ばあさんから聞いた話に加えて、俺個人の情報と見解だ。



 リック、お前、ミラージュって、聞いたことあるか?
ユースティティアを基盤にし、主に上流階級や富裕層を標的にする地下組織だ。
組織の詳細は、未だ謎に包まれているが、例えば、こうだ。
ユースティティアの大蔵大臣に、Aが選ばれたとしよう。
けれども、ある一派にとって、Aが大蔵大臣になることは、好ましくなかったとする。
すると、数日後、Aは病死する。
具合の悪いところがあるように思えなかった、Aの突然死に皆驚くばかりだ。
殺人の証拠は、何もない。
そうした病死に見せかけた殺人が、ユースティティアでは、いくつもあったとされている。
そして、その多くに、このミラージュという組織が、関わっていたのではないかと、言われている。
ミラージュという組織には、医療、軍事、科学、そういった分野の専門家が何人もいるとされているが、これも詳細は不明だ。
ミラージュの真実に近づこうとしたものは、皆、死体になって川に浮かぶ。
ミラージュは、手段を選ばない。
目的のためなら、なんだってやる。
少し考えればわかることだが、ミラージュには、ユースティティアの有力な貴族か、もしくは王室が、絶対一枚かんでるんだ。
だから、簡単には警察も手が出せない。
それで、だ。
本題に入る。



 今から、六年ほど前、ここルションヌで、そのミラージュの組織の者が捕まった。
当時、ミラージュの暗躍が目覚ましく、警察も手をこまねいていられなくなった。
警察の威信をかけて、捜査に及んだわけだ。
そんなことをしても、所詮トカゲのしっぽ切りだろうが。
で、捕まえて見てびっくりだ。
捕まったのは、十四歳の美少女、ブロンディーヌだった。
ブロンディーヌは、ダークブロンドの豊かな美しい髪と、ヘーゼルの瞳を持ち、類いまれなる美貌の持ち主だった。
特に、人の心を虜にするその魅惑的な微笑みは、あまりの気品と美しさから天使の微笑みと称され、巷じゃ、ブロンディーヌには、アンジュ・オ・スリール(微笑みの天使)、という呼び名までついていた。
そのアンジュ・オ・スリールが、ミラージュという闇組織の一員だったという事実は、大きな衝撃だった。



 ブロンディーヌは、美貌だけではなく、上流階級の奴らを虜にするために、あらゆる教養を仕込まれていた。
たくみな話術、優雅な振る舞い、文学芸術の知識・・・。
何にせよターゲットは、貴族か富裕層だ。
陥れるためには、ブロンディーヌにも美貌だけじゃなく、付加価値をつける必要があった、ということなんだろう。
ともかく、ブロンディーヌと呼ばれる美少女は、ミラージュという組織の一員で、上流階級の男を、(いや女もかな、上流階級ってのは、俺らの理解を越えた趣味を楽しむやつらがいる)たらしこむ手段だった。
例えば、ある男を殺そうと企むだろう。
で、その男に幼児性愛の趣味があったとする。(言っとくが、俺は、こういう奴は大嫌いだ。お前は、俺のことを倫理観が無いと思っているかもしれんが、今、こうやって書きながらも反吐が出る)
その男を油断させるために、ブロンディーヌを使うわけさ。
ターゲットの男に、ブロンディーヌを差し出す。
男は、油断するさ。
相手は、美しい少女だ。
自分が殺られるなんて、予想もしない。
ベットで事に及んだ後、ブロンディーヌにワインを勧められる。
それが、男にとって、この世で最後のワインだ。
毒入りの。
さらに、ブロンディーヌは、ミラージュに資金援助をする貴族への、貢物だったとも言われている。
十四歳のブロンディーヌに、拒否する権利があったとは思えない。



 六年前、ブロンディーヌは、ルションヌ近くの領主を、いつものように殺った。
領主の屋敷の、妻も家人も使用人も近づかない奥まった寝室で、いつものように、俺が先ほど説明した通りの手順で、犯行に及んだ。
ブロンディーヌは、犯行の後、速やかに屋敷を抜け出し、逃げた。
ここまでは、手順通りだった。
ところが、その夜に限って、その領主の幼い息子が、高熱を出した。
慌てた領主の妻は、夫の寝室を訪れ、既に絶命している夫を発見した。
すぐに、追手が差し向けられた。
さっきも言ったように、当時、暗躍するミラージュを、警察は威信にかけて、取り押さえようとしていた。
だから、大規模な人員が派遣された。
逃げたブロンディーヌは、ひとりではなかった。
男が、一緒だった。
けれども、逃げる途中、運悪くブロンディーヌの乗った馬の脚が、故障した。
男は、ブロンディーヌを見捨てて逃げた。
そして、ブロンディーヌだけが、警察に捕まったというわけだ。
大方、男の方は、どこかミラージュを援助する貴族の屋敷に逃げ込んだのだろう。
貴族の屋敷は、言わば治外法権だ。
俺らを、取り調べるのとはわけが違う。
取り調べを拒否されれば、警察は手も足も出ない。
だから、結局、ブロンディーヌだけがつかまって、やっぱり、トカゲの尻尾切りだ。
十四歳のブロンディーヌは、ルションヌで捕まった。
それで、左肩に百合の烙印を刻まれた。
百合の烙印は、ユースティティアの女囚に下される不名誉な焼印だ。
で、ブロンディーヌは、王都アルカンスィエルに送られて、詮議をうけることになった。
ところが、だ。
その後、すぐにそれが取り消されて、即刻この地で処刑されることになった。
おかしいと思わないか?
全く、奇妙な話さ。
王都に送られて、取り調べを受けるはずのブロンディーヌが、すぐにここで処刑とは。
これは俺の推測だが、ブロンディーヌにアルカンスィエルへやって来られて、いろいろ喋られちゃ困る奴が、いたんだ。
当然、そんなことができるのは、貴族か王室だ。
ミラージュに、ユースティティア貴族が、あるいは王室が深く関わっていることは、これで明白だろう。
で、ブロンディーヌは、六年前、ここで処刑された。



 リック、もうわかっただろう。
レティシアが、ブロンディーヌだ。
六年前、実際に処刑は行われなかった。
密かにブロンディーヌは救い出され、ジャンに預けられた。
ジャンは、亡くなった若い鍛冶職人の妻に、多額の金を渡すため、金と引き替えに、ブロンディーヌを任されたんだ。
それで、すぐさま、コルマノンに移り住んだ。
ブロンディーヌを処刑から救ったのは、ミラージュか、少女を哀れに思った善人か。
普通に考えれば、ミラージュだろう。
なぜ、ミラージュはその時、ブロンディーヌをそのまま引き取らなかったのか。
これは、俺にもわからない。
ただ、もし未だ、ブロンディーヌがミラージュに関わっているのだとすれば・・・、俺の言いたいことはわかるだろう?
以上が、俺が、調べ上げた全てだ。
ちなみに俺は、この件から、これで一切手を引く。
でないと、俺の命も危ないからだ。
これ以上、関われば、俺は、ミラージュに消される。
だから、お前にももう一度忠告してやる。
命が惜しければ、あの女からは手を引け。
でないと、お前も間違いなく、殺される。