22-4.アンヌの手紙



 タリスでも、予想もしないことが起こってしまいました。
お父様の近くで、わたくしたちのおおよその動きを、探っていたのでしょう。
ダニエルが、現れました。
ダニエルは、わたくしに見つからないように、細心の注意を払っていたはずです。
でも、わたくしはタリスのタヴァンの二階の窓から、見かけてしまったのです。
レティシアに接触する、ダニエルを。



 ダニエルは、お父様の近くに仕えていました。
お父様の指示を、忠実に守っていました。
お父様の残虐性を、とてもよく理解していました。
けれども、今回ばかりは、違っていました。
お父様の知らぬ間に、レティシアを始末しようとしたのだと思います。
レティシアが戻ってくれば、自分の立場が危うくなる。
そう考えたのでしょう。
けれども、お父様が、レティシアを手放すということは、ありえません。
だから、ダニエルは、秘密裏に行動に出たのです。
これは、わたくしの想像に過ぎませんが、ダニエルは、レティシアがミラージュという組織を知りすぎていると、恐れていたのでしょう。
もし、またレティシアが捕まるようなことがあれば、今度こそ全てを話し、自分も捕まってしまうかもしれない。
それと・・・、戻ってくれば、自分がレティシアを弄んでいたことが、お父様の耳に入るかもしれない。
お父様は、レティシアに、レティシアの母親への復讐をしていました。
つまり、レティシアを、貴族たちへ差し出すことは、お父様の復讐だったのです。
そして、レティシアには、歪んだ愛情を持ち続けていました。
ですから、ダニエルが、レティシアを弄んでいたとなれば、それはとんでもないことです。
そんなことが、お父様の耳に入れば、ダニエルの命は、ないでしょう。
ダニエルとレティシアの関係は、わたくしも、他のミラージュの者たちも、知らない者はありませんでしたが、その破滅的な怒りを恐れて、誰も、お父様に真実を話そうとはしませんでした。
フィリップ様、このことだけでもおわかりでしょう。
一体誰が、本当のミラージュの支配者であったか。
それは、きっと間違いなく、このわたくしだったのです。
お父様が知りえないことも、わたくしの耳には届いていたのですから。



 一日暇がほしいというレティシアに、わたくしは動揺しました。
もし、行かせれば、レティシアは殺されるかもしれない。
でも、引き留めるすべがありません。
結局、レティシアは行き、戻ってきました。
帰って来たレティシアの様子を見て、何があったのか、レティシアによってダニエルの方が始末されたのだと、わたくしには、すぐわかりました。



 旅を続けるにつれて、リックとレティシアは、惹かれあっていきました。
その肩の、百合の烙印を眼にしてもなお、リックのレティシアに対する気持は、深まりました。
これも、頭の痛いことでした。
そのような事態が、お父様の耳に入ったら、どのようなことになると思いますか?
レティシアの母親を他の男に奪われた時と、同じようなことが起こりつつあったのです。
けれども、この頃になると、わたくしの気持にも変化がありました。
次第に、レティシアを哀れに思う気持ちが、わいて来たのです。
レティシアは、本当に真面目で、よく気のつく優しい娘でした。
アンジェラを優しく労わり、事細やかに、わたくしの世話をしてくれました。
そのようなレティシアに接していくうちに、レティシアをお父様のもとへ連れて行くことに、疑問を持ち始めたのです。
けれども、連れていかなければ、どうなるのか、わたくしといえども、容赦がないのはよくわかっていましたから、わたくしは深く葛藤していました。



 フォレストバーグで、刺客たちに取り囲まれた時、わたくしは、初めてお父様を・・・、ミラージュを裏切りました。
あなたさまやリックの命を、救ったのです。
一方で、刺客が捕えられ、これまでの経緯を全て暴露されるのではないかと思うと、わたくしの背中には、冷たい汗が流れました。
けれどもわたくしはあの時、刺客の手から皆を救い、お父様を裏切り、レティシアをお父様のもとへ連れていくことを、あきらめたのです。
わたくしの命と引き換えに。



 そのわたくしの決断が、間違っていなかったと思うことがありました。
ウッドフィールドに着いてから、レティシアの様子が、いつもと違っていることに、気が付いておりました。
ですので、わたくしは、レティシアの行動に、眼を光らせておりました。
ウッドフィールドに到着した次の夜、木陰からレティシアの部屋の様子をうかがっていると、部屋の灯りが、夜分遅くまで灯っております。
不審に思って、わたくしが立ち去りかねていると、レティシアが窓から出てきました。
レティシアは、黙って、ひとり立ち去ろうとしていました。
迷った末、わたくしが、レティシアに歩み寄ろうとした時、リックがやって来ました。
そこで、わたくしは、互いを想いあうふたりの話を、聞きました。
レティシアは、自分の過去故、リックとの恋に、苦しんでいました。
わたくしは、そのレティシアの告白を聞き、自分の決断は、間違っていなかったのだと、確信しました。



  改めてこの旅を振り返って、フィリップ様、わたくしのことをどうお考えになりますか?
ほとんど感情を表すことのない、冷酷で、気位の高い公爵令嬢だと、思われますか?
けれども、常に、レティシアの行動を気にかけ、監視しておかないといけなかったのは、なかなかの苦労でした。



 一度は、リックと共にブリストンへ向かうと決めたレティシアでしたが、セヴェロリンスクへ向かうわたくしを心配して、何としてもついてくると言い張りました。
それで、わたくしの決意も揺らいでしまいました。
これはもう、レティシアの運命なのだと。