22-3.アンヌの手紙



お父様の第二の野望は、成功しました。
ユースティティア軍は、大敗したのです。
当然です。
グラディウスと通じているお父様が、ユースティティア軍の、全指揮を執っていたのですから。
お父様は密かに逃亡し、ジャン王は、無残な殺され方をされ、お母様とお姉様は、セヴェロリンスクに連れ去られました。
そして、あとは、フィリップ様、亡き先代国王の血を引く、あなたさまのお命だけでした。



 全て、お父様によって練られたシナリオでした。
十四歳の時、ルションヌで捕まったレティシアを、処刑前、ひそかに脱出させ、ある男に託し、コルマノンでほとぼりが冷めるのを待つ。
ただ、これは、ダニエルの進言があったのでしょう。
ダニエルは、すぐミラージュへ、レティシアに戻って来られては、気まずかったはずです。
逃げ遅れた十四歳のレティシアを見捨てたのは、ダニエルだったわけですから。
だから、レティシアを、しばらくミラージュから遠ざけるよう、お父様に、言葉巧みに進言したのです。
そして、ほとぼりが冷めた頃、時期を見計らって、コルマノンからあなたさまの屋敷の女中として、レティシアを差し向け、ユースティティアが落ち着いた頃、お父様は、レティシアを再びミラージュに、つまりはお父様のもとへ、連れ戻すおつもりだったのです。
コルマノンで、酒場でのもめ事に見せかけて、レティシアを託した男を始末したのは、もちろん、ミラージュの仕業です。



 アルカンスィエルが陥落する少し前に、お父様は、レティシアに会いました。
アンジェラのためのお茶会、という名目で、お父様が、レティシアを屋敷に呼び寄せたのです。
ひとめレティシアを見たお父様は、もう待つことができなくなりました。
レティシアの中に、やはりおばあさまの面差しを、見つけたからなのかもしれません。
大人になったレティシアが、今度ミラージュに戻ってくれば、レティシアの母親のように、お父様の手にかかることは、明らかでした。
そして、アルカンスィエルの陥落。
けれども、その伏線は、そのずっと以前から、狡猾に、綿密に敷かれていたのです。
わたくしは、レティシアが、フィリップ様の屋敷にやって来る以前から、フィリップ様のお母様と、わたくしのお母様が旧知の間柄という建前で、身体の弱いアンジェラを、世話していました。
そして、アルカンスィエルが陥落した時、あなたさまを遠いウッドフィールドへ向かうように仕向けるのが、わたくしの役割でした。
アレクセイ国王の差し向けた刺客たちが、機会をうかがいやすいように。
お父様は、フィリップ様が、最愛の妹の安否を確かめずにはいられないと、読んでおられました。
その通り、あなたさまはアンジェラを心配して、屋敷に戻ってきました。
その時まで、わたくしは、アンジェラをアルカンスィエルにとどめておかなければならなかったのですが、幸いなことに、アンジェラは高熱をだして、屋敷から動くことができませんでした。
さもなければ、わたくしはお父様から手渡された薬を使って、その目的を果たさなければならなかったでしょう。



 アンジェラの落ち着き先を、ウッドフィールドとすることに、あなたさまは賛成しました。
ここで、わたくしの役目は、セヴェロリンスクに潜んでいるお父様のもとへ、レティシアを連れていくことに変わりました。
あなたさまを狙った刺客は、アレクセイ国王の差し向けたものです。
お父様と、アレクセイ国王は、詳細に連絡を取り合っていました。
わたくしは、レティシアをセヴェロリンスクに連れて行くこと、アレクセイ国王はフィリップ様の命を狙うことに、役割が分けられていたのです。
そして、アレクセイ国王の差し向ける刺客により、あなたさまが命を落としたら、わたくしは、刺客たちと一緒に、レティシアを連れて、セヴェロリンスクに向かう手はずでした。
アンジェラも、あなたさまと一緒に、始末される予定でした。



 アンジェラのことは、今もずっと胸が痛みます。
お父様が・・・、わたくしたちが、今回のような策を講じなければ、あのように、無残な亡くなり方をすることは、なかったでしょう。
アンジェラを殺したのは、わたくしです。
フィリップ様、わたくしを憎んでくださってよろしいですのよ。



 ウッドフィールドへの長い旅ですが、わたくしがあなたさまを狙えば、わざわざこのような策を講じなくてもよかったのにと、お考えになりますか。
正直に申し上げて、わたくしは、レティシアのことで手いっぱいでした。
それと、アレクセイ国王は結局、お父様を、信頼していなかったのだと思います。
アレクセイ国王にとって、レティシアのことはともかく、フィリップ様のことは、確実に成し遂げなければなりませんでした。
お父様は、どうお考えだったのか、今となってはわかりませんが、アレクセイ国王は、策略家です。
今は、お姉様のことで、盲目になっておられるようですが、多くの犠牲を払って獲た土地を、そのままお父様に渡すとは思えません。
そう考えれば、ユースティティア王家の血をひくフィリップ様が軸となって、新たなユースティティアの勢力が生まれる前に、どうしても、あなたさまを亡き者にしなくてはならなかったはずです。
フィリップ様の命を仕留めるには、わたくしより、グラディウスの自分の家臣にやらせた方が確実だと、判断したのでしょう。
ところが、予想もしないことが起こってしまったのです。
そう、無礼でずうずうしい、あの御者です。



 あの御者のせいで、予想もしない進路で、ウッドフィールドに向かうことになってしまったのです。
わたくしは、慌てました。
スタンリーで、わたくしが、あの御者と一緒に酒場へ行ったことを、ご記憶ですか?
もちろん、それにも、理由がありました。
わたくしは、お父様に、現状を手紙で知らせる必要がありました。
けれども、手紙を出すすべを知りません。
スタンリーへと続く道の山小屋で、街のタヴァンからならば、手紙を送れるということを聞きました。
けれども、泊っているタヴァンから、手紙を出せば、誰かの眼につくおそれがあります。
わたくしは、ひとりで外出し、密かに手紙を出さなければなりませんでした。
それで、あのような行動をとりました。
酒場からの帰り道、わたくしはひとりでした。
その時、セヴェロリンスクのお父様に、手紙を出したのです。
このままでは、フィリップ様が、ウッドフィールドに無事到着してしまうかもしれないことを、知らせました。