22-2.アンヌの手紙



 レティシアの母親の話に、戻ります。
お父様は、圧倒的な権力とお金で、娘を手に入れました。
けれども、娘には、婚約者がいました。
どんなに豪華な宝石も、どれほど贅沢なドレスも、娘の心を動かすことは、できませんでした。
お父様に、卑劣に身体を奪われてもなお、娘の心は婚約者にありました。
そして、隙を見て、お父様のもとを逃げ出したのです。
お父様は、半狂乱で娘を探しました。
一年以上が過ぎて、ようやく娘を見つけ出した時、娘は、婚約者の男と、暮らしていました。
そして、女の子を出産していました。
それが、レティシアです。
もちろん、お父様の娘ではありません。
レティシアの母も、その婚約者も、すぐに殺されました。
そして、お父様の心は、本当に破滅してしまいました。



 お父様が、わたくしたち姉妹に罰を与える時、どのようにしたかおわかりですか?
決して、外からは見えない場所を、傷つけるのです。
不思議なことに、こういったお父様の残虐性は、屋敷の外に、なにひとつ漏れ出していないのです。
みな、お父様の御気性を知っていたせいか、もしかしたら、屋敷の者全てが、わたくしと同じように、精神的な抑圧を受けていたからなのかもしれません。
お父様は、世間では、由緒ある、家柄の正しい名門貴族であり、有能なラングラン公爵でありつづけました。
レティシアの母親の話を、わたくしがなぜ、このように詳細まで知っているか、おわかりですか、フィリップ様?
娘のわたくしの前で、幼子のように声を上げて泣きじゃくりながら、お父様御自身がお話になるからです。
他人が見れば、異様な光景であったことでしょう。
お父様は残虐性と共に、そのような幼児性も併せ持っていました。
お父様は、お母様と、お姉様に対しては、常に高圧的で、威圧的に接しておられましたが、わたくしに対しては、威圧的ではありながらも、時に、そういった弱さも、お見せでした。
いつの頃か、親戚の者から、わたくしには、少しばかりおばあさまの面影があると、聞いたことがあります。
お父様は、わたくしの中に、おばあさまを見つけたのかもしれません。
お姉様よりわたくしの方が、お父様のお気に召したのは、そういった理由もあったのだと思います。



 レティシアの母親が、お父様の手にかかって亡くなった頃、お父様は、ミラージュという組織を作りました。
決して表には出ない、闇の組織です。
ミラージュは、医学、科学から経済、政治、芸術まで、多岐にわたる分野の精通者が所属する、地下組織です。
その組織を使って、ラングラン家に敵対する者、ラングラン家の利益を害するもの、そういったものを、国内外を問わず、徹底的に排除しました。
また、ラングラン家に従う者、ラングラン家の繁栄に尽くす者には、利益を与えました。
そして、お父様は、ミラージュを使って、レティシアの母親への復讐を、レティシアに行ったのです。



 レティシアは、可哀そうな娘です。
ミラージュは、法外な報酬に目がくらんだ者や、あるいは、お父様に弱みを握られた者たちの集団でもありました。
否応なく、善悪の判断もつかぬまま、組織のために生きるよう、幼い頃から仕向けられた者は、レティシアだけです。
レティシアは、生まれて間もなく、お父様によって父親と母親を殺され、組織のメンバー、ダニエルに預けられ、組織のために生きるよう、育てられました。
ことのほか美しく育ったレティシアは、標的に取り入るための手段として、報酬として、その身体を差し出されました。
まだ大人になりきらない子供に、性欲を抱く、愚かで下劣な貴族たちに。
時には、人を殺めるための手伝いまでも、指示されました。
今回の旅で、レティシアと近しく接することになり、わかったことですが、本来、真面目な性格のレティシアです。
自分を育ててくれたミラージュの、ダニエルに抗うことなど、考えもしなかったのでしょう。
フィリップ様、これは、もうすぐこの地を去るわたくしの、切なる願いです。
もう二度と、レティシアのような可哀そうな娘を、出してはなりません。
ユースティティアの貴族は、退廃しています。
あなたさまが、国王となられるのなら、どうぞこのことを、深く胸に刻みつけてください。
ジャン王のもとで、退廃してしまったユースティティアの貴族たちに、どうかもう一度、知性と誇りをお与えください。



 お父様は、ラングラン家を憎んでいました。
けれども他方では、ラングラン家に敵対するものを、徹底的に排除しようと、お考えでした。
それは、とても矛盾するものでしたが、それはつまり、ご自身の精神の均衡と、同じくするところがあったのでしょう。
それは、ユースティティアに対する思いも、同じでした。
お父様は、ユースティティアを憎んでいながら、ユースティティアを手に入れようとしていました。
それが、今回の事態へとつながったのです。



 お父様が、ジャン王に、あらゆる教養を身に付けたお姉様を嫁がせたのは、二人の間の子供を熱望したからでした。
ジャン王と、お姉様の間に子供が生まれれば、将来、その子は、ユースティティアの国王となります。
ジャン王には、適当な時期に亡くなっていただき、国王の祖父という立場を利用して、ユースティティアを思いのままに操ることが、お父様の目的でした。
ご承知の通り、お姉様は十八歳の時、ユースティティアのジャン王に嫁ぎました。
先ほども申し上げた通り、お父様は、お姉様を王妃にして、やがて生まれてくるであろう子供を理由に、国政を操ろうとしていました。
ただ、ジャン王には、お姉様との結婚以前から、あるうわさが、ありました。
ジャン王は、女性に興味がない、というものでした。
もちろん、お父様もそのことをご存じでしたが、美しく聡明なお姉様のこと、いかようにもなると、お考えだったようです。
ところが、期待に反して、ジャン王は、お姉様に全く関心をお示しにならず、お父様の野望は、暗礁に乗り上げてしまったのです。
ただ、お父様の狡猾なところは、きちんと、そうなった事態を予想して、次の一手を考えておられることです。
ジャン王とお姉様が結婚される、その二年前、ユースティティアとグラディウスの、友好のための交流という名目で、わたくしたち一家は、グラディウスの宮廷に招かれました。
グラディウスのアレクセイ国王は、ご病気の後で、既に、醜く変わり果てたお顔になっておられました。
わたくしは、十四歳でしたが、晩餐会の後、アレクセイ国王が、お姉様とお話された時の御様子を、今でもはっきりと覚えています。
アレクセイ国王は、一目でお姉様に恋をされました。
聡明で、お優しいお姉様とお話になって、ますますその魅力に、引き込まれていくようでした。
けれども、わたくしは、いやな予感がしておりました。
これは、なにかの伏線ではないのだろうかと、ちらりと見上げたお父様の残忍な眼を見て、予感は確信に変わりました。
それが、どういう伏線になったのかは、今さらお話することもございませんでしょう。



  お父様は、最初の野望が頓挫した後、今度は、アレクセイ国王と、手を結ぶことを決めました。
アレクセイ国王が侵略したユースティティアの領土を、譲り受けるのです。
言わば、ユースティティアを敵国に、売るのです。
その後に、ご自分はユースティティアの総督として、返り咲くのです。
考えられない程に恐ろしい、ユースティティアへの裏切り行為です。
でも、お父様は、やってのけようとなさいました。
全ては、ご自分の私利私欲のために。
言うまでもなく、ユースティティアの総督の地位との引き換えに差し出されたのは、 お姉様です。