2-2.御者リック



 リックは、無愛想だった。
だからといって、女に無縁だったわけではない。
十代の頃、リックより二つ、三つ、年上の御者仲間が、リックに言った。
「女は顔だ。少しくらい性格が悪くても、抱くなら、不細工な女より、美人がいい」
リックは、素直にそんなものかと思った。
それで、コーヒーハウスで働く、二つ年上の美人ウエイトレスと付き合うことにした。
名前は、アマンダと言った。
アマンダは、彫の深い顔立ちで、黒く長い髪が、魅惑的だった。
長い髪をかき上げる、しなやかな腕と、ほっそりとした長い指先が、艶めかしかった。
相性は、悪くなかった。
少しばかり気は強かったが、美人なのはもちろん、大概の女のように、いちいち細かいことを言わなかったので、気楽に付き合えた。
何より、最高に抱き心地がよかった。
アマンダは、手に吸いついてくるような白い豊かな乳房と、子猫のように人懐っこく絡みついてくる脚で、リックの情欲を煽った。
リックは、アマンダを抱くたび、本当にいい女をものに出来て、ついていると思った。
そうして、年上の御者の助言を、最もなものだと、思った。
けれども、終わりは、以外と早くやってきた。



 その夜、リックは、御者仲間と約束をしていて、アマンダを尋ねる予定ではなかった。
ところが、仲間内でちょっとしたいざこざがあって、約束が反故になった。
思いがけず時間ができたので、アマンダの働くコーヒーハウスへ向かった。
店の中に、客はいなかった。
そして、アマンダもいなかった。
だから、リックは何気なく、店の奥の調理場をのぞきこんだ。
リックの目に飛び込んできたのは、アマンダが、見知らぬ男と、激しく口づけを交わす姿だった。
男の手が、あらわになったアマンダの太ももをまさぐっているのまで、目に入った。
一瞬、何が起こっているのか、リックには理解できず、言葉がでなかった。
次の瞬間、アマンダの瞳が、大きく見開いて、リックをとらえた。
アマンダも、言葉を失った。
リックは、何も言わずにその場を去った。
アマンダに何をどう言うべきだったか、はたまた言わざるべきだったか、わからなかった。
以来、アマンダには一度も会っていない。
その後、風の噂で、男がアマンダを取り合い、刃傷沙汰になって、アマンダはブリストンにいられなくなったと聞いた。
アマンダの一件から、一週間、リックは、ほとんど口を聞かなかった。
もともと、無口な方ではあったが、一週間ほどは承諾と拒否を示す、「ああ」と「いや」以外、言葉を発しなかった。
不思議なもので、その事件の場には、リックと、アマンダと、アマンダの相手の男しかいなかったはずなのに、次の日、リックの定宿バッカスは、その噂でもちきりになっていた。
けれども、誰も、リックにその件について、問いただそうとするものはなかった。
あまりに気の毒すぎて、笑い話にもできなかった。
本当を言うと、空気の読めない御者仲間のひとりふたりが、リックにアマンダの話を持ちかけようとしたのだが、仲間に力づくで引き留められた。
一般的な男より、一周り身体の大きなリックである。
変に刺激して、殴り合いにでもなったら、気が立っている分、手加減がなくなって、死人が出るのではないかと、心配したからだった。



 アマンダの傷が癒えた頃、今度は年配の、妻帯者の御者仲間が言った。
「女は、優しい女に限る。男は家族のために働いてるって言うのに、帰ってがみがみ言われたんじゃ、たまったもんじゃない」
リックは、なるほど、と思った。
そして、こういうことは、既婚者の方が、的を得ているのかもしれないと思った。
それで、リックは、同い年の食堂の料理女、シャロンと、付き合うことになった。
シャロンは、茶色い瞳の少しばかりふくよかな、よく笑う優しい女だった。
そして、よく気のつく女だった。
リックのシャツの綻びなどは、すぐに直してくれた。
料理も上手だったので、体重も増えがちになった。
あれこれ構われることは、あまり好きではないと思っていたが、そうされると、意外と悪いものではなかった。
むっちりとした肉好きのいい肢体も、悪くはない抱き心地だった。
やはり、既婚者の言うことは聞くものだと、リックは心からそう思った。
けれども、しばらくして、リックはあることに気付いた。
ポケットの中の金が、無くなることに。
最初は、気のせいかと思った。
もしくは、落したかと思っていた。
しかし、シャロンと夜を過ごした後は、毎回そういったことが続くようになると、シャロンを、疑わざるを得なくなった。
ある日、リックは、思い切って尋ねてみた。
シャロンは、罰の悪そうな顔をして、認めた。
足りなかったから、ちょっと貸してもらおうと思っただけよ、すぐに返すわ、と。
リックは、必要ならそう言ってくれ、と言った。
リックは、金払いの悪い方ではなかった。
アマンダにせよ、シャロンにせよ、付き合っている間の支払いは、全てリックがしていた。
ただ、付き合ってる女にしろ、小額にしろ、黙って持っていかれのは、気持ちのいいものではなかった。
シャロンは、これからはそうすると約束したが、その約束が守られることはなかった。
シャロンに会う時、リックに少しでも持ち金があると、必ず、その金はなくなった。
そうこうするうちに、事件が起こった。
仕事を終えて、ブリストンに戻ったばかりのリックに、
「リック、先月貸した金、そろそろ返せよ」
御者仲間のひとりが、言った。
リックは、何の冗談かと思った。
借りた覚えは、全くなかった。
しかし、よく聞くと、金を借りに言ったのは、シャロンだった。
この仲間は、リックがシャロンと付き合っていることを知っていたので、何の疑いもなく貸した。
リックは、とりあえず、仲間の男が言う額を渡すと、すぐにシャロンを呼び出した。
さすがにリックも、強い口調になった。
すると、どうだろう。
今まで、優しい女だと思っていたシャロンの眼が、釣り上った。
挙句、ひどい罵詈雑言で罵られる始末だった。
果てには、頬に平手打ちまで食らった。
リックには、訳がわからなかった。
金を盗られて、迷惑をかけられているのはこちらなのに、何故、こんな目にあうのか。
結局、シャロンとは、それで終わった。
後に知ったことだが、シャロンは博打好きだった。
さすがに、男だらけの賭博場に出入りはしていなかったようだが、仲間内でカードに興じていて、負けが込むと、リックのポケットからくすねていたのだった。
その後、シャロンは、賭博場の主人と一緒になったと聞いた。
それを聞いて、リックは、これ以上ないくらいぴったりの相手だと、思った。



 リックには、女というものがわからなくなっていた。
正直、もう、こりごりという気分になった。
そのリックに、バッカスの洗濯女が言った。
「女は、真面目な娘に限るよ。女は家を守るんだからね」
リックは、これまでの自分の間違いに気付いた。
付き合うべき女について、男に聞いたのが、間違いだったと。
女のことは、女に聞くのが一番だ。
そして、その洗濯女に、ひとつ年下のパトリシアを紹介された。
けれども、最初に会った時、俺は、何かとんでもない間違いを、犯したのではないかと、思った。
パトリシアは、ひょろっと背が高く、レディッシュの髪を無造作に後ろで束ね、ぎょろっとした眼で、リックを値踏みするような眼で眺めた。
正直、リックはパトリシアに何の魅力も感じなかった。
しかし、これまでの経験上、第一印象が良かったからといって、うまくいくものではないということを学んでいたリックは、とりあえず、付き合ってみることにした。
洗濯女の言う通り、確かにパトリシアは、真面目だった。
真面目すぎて、手ひとつ握らせはしなかった。
決して意図的ではなく、一度、偶然手が触れただけで、まるでパトリシアを犯したかのような剣幕にあった。
食事にしても、とにかく食事前の祈りが長かった。
口に運ぶ前に、温かな料理も、みな冷めた。
そして、共通の話題は皆無だった。
パトリシアが話すのは、主に聖書の話で、いかに人が強欲であるか、悔い改める必要があるか、そういったことを、リックにはお構いなしに話し続ける。
これは、会話ではなく説教だなと、リックは、ほとほとうんざりしていた。
そうして一週間が経った頃、パトリシアの方から、別れを切り出してきた。
パトリシアと、付き合ったと言えるのか微妙だったが、リックは喜んでその申し入れを呑んだ。
付き合ってから初めて、パトリシアと意見が一致した。



 そういう訳で、ここしばらくリックは、ひとり身だった。
女というものの良さは、知っていた。
だから、女と付き合いたくない訳ではなかったが、これまでの経験上、どうやってもうまく行くはずがないような気がしていた。
若い男ゆえ、それなりの欲求は持ち合わせていた。
だから、本当に女の身体が欲しくなったら、売春宿で女を買えば済む話なのだったが、これもとある出来事が原因で、そうしなかった。



 まだ、アマンダと付き合う前の話だった。
ある夜、タヴァンの一階の酒場で御者仲間のひとりが、皆で女を買いに行こうと言いだした。
かなり酔いが回っていたせいもあるのか、皆、すぐ乗り気になった。
リックも半分は興味本位で、半分は欲求のままに、ついて行くことにした。
仲間の中に、慣れた男がいたため、店に着いて、金を支払い、女を選ぶところまでは順調だった。
店の中が暗かったせいで、選んだ女の顔はあまりよくわからなかったが、とりあえず、二人で部屋に入った。
部屋に入ってすぐ、女が慣れた手つきで、リックのシャツのボタンをはずそうとした時、
「リック」
と、名前を呼んだ。
突然、名前を呼ばれたリックの方も、驚いて、女の顔をまじまじ見つめたが、薄暗いせいもあって、皆目見当がつかなかった。
女は、ランタンを顔の傍に寄せた。
リックは、驚きを隠せなかった。
女は、ここしばらく会ってない、幼馴染のキャロルだった。
幼いころ、お転婆なキャロルとは、一緒に、よくかけっこや木登りをしたものだった。
「こんなところで、何をしているんだ」
そのリックの問いかけに、キャロルは眼を伏せて、静かに語り始めた。
数年前、突然、キャロルの父親は他界した。
亡くなった後、父親には、多額の借金があることがわかった。
そして、キャロルには、幼い弟と、妹がいた。
借金と残された家族のために、キャロルは、針子として働いた。
けれども、洗濯婦の母親とキャロルの稼ぎでは、借金を払い、幼い弟妹を養うことは到底不可能だった。
そうこうするうちに、母親まで病気で倒れた。
針子としてのキャロルひとりの稼ぎでは、どれほど必死で働いてみたところで、借金どころか、食べていくことすら出来なかった。
生活のために、身体を売る商売に身を落とすまで、そう時間はかからなかった。
話を聞いて、リックは、とてもじゃないが、このままキャロルとベッドに入る気にはなれなかった。
それなのに、キャロルは、服を脱ごうとする。
慌てて、リックはそれを止めた。
「いいのよ、気を遣わなくて」
キャロルはそう言って微笑んだが、やっぱりリックは、そういう気分にはなれなかった。
結局、明け方まで、ふたりで昔話をして過ごした。
リックもキャロルも、懐かしくて、そして・・・、苦かった。
部屋を出る時、リックは有り金を全部、キャロルの手に握らせた。
キャロルは、いらないと言ったが、リックは押しつけた。
キャロルは、泣きそうな表情になって、リックの首に腕をまわし、
「相手があんたなら、お金なんていらなかったのに」
そう言った。
それ以来、リックは、どんなに誘われても、そういう場所には、足を向けなかった。