17-5.イーオン<永遠> 前編



 リックがラルフに会ったその夜、ダイスの二階の小部屋に、十数名ほどの男が集まっていた。
誰もが、無口だった。
それぞれが、銃やナイフを手にして、時間を待っていた。
当然、ラルフとロイの兄弟もその中にいた。
「みんな、いいか」
ラルフの呼びかけに、居合わせた者が一斉にそちらを向く。
「いいか、みんな。手順は、先日打ち合わせた通りだ。今夜、総督の屋敷から、晩餐会を終えた、グラディウスの伯爵夫妻の乗った馬車が、出てくる。橋にさしかかったら、襲え。橋の両側は、俺とロイ、他数名で封鎖する。奴らに逃げ道はない。女だからって、容赦するんじゃないぜ。殺された家族や友人を、思い出せ。奴らも、同じ目に合わせてやるんだ。いいな」
武器を手にラルフを囲み、薄暗い灯りに照らされる若者たちの眼は、復讐という狂気に取りつかれていた。
「行こう」
「兄さん、まだマックスが来てない」
「来てない?」
ラルフがぐるっと、仲間を見回すと、確かに、人一倍幅のある体格をしたマックスの姿が、眼に入らなかった。
「時間が無い。とにかく行こう」
と、ラルフが、ドアを開けた時だった。
パリーンと、窓ガラスの割れる派手な音が、耳に入った。
「銃弾だ!」
まるでその声を合図にしたかのように、一斉に銃声が響き始めた。
窓から、何十発もの銃弾が襲う。
その場にいた男たちが、ちりぢりになった。
窓から応戦するもの、階下へ向かうもの。
ロイも、階下へ走った。
けれども、入口には既に、グラディウスの兵士たちがいた。
「抵抗しても無駄だ、武器を捨てろ!」
兵士たちは、大声でそう叫びながら、発砲を続け、中へ入り込んでくる。
ロイは一度降りた階段を再び上ると、先ほどの部屋に戻った。
銃弾は、容赦なく降り注いだ。
このままここに留まれば、この銃弾の餌食になるか、階段を上がって来るグラディウスの兵士の手にかかるか、いずれにせよ、命はなかった。
ダイスの建屋は、グラディウスの兵士に取り囲まれていた。
一体、どこから情報が漏れたんだ!
ひとりまたひとりと撃たれて、床に崩れ落ちる仲間の姿を見て、ロイは激しい憤りを覚えた。
「兄さん」
暗闇の中、ラルフの姿を認めて、ロイは走り寄った。
「窓から飛び降りる。お前も来い!」
ラルフは、銃声と怒号に負けないように、ロイの耳元でそう叫ぶと、降り注ぐ銃弾の中、窓から身を乗り出して、すぐさま下へ飛んだ。
ロイも、それに続く。
「逃げたぞ、追え!」
追手を撒くために、ラルフもロイも必死で走った。
「こっちだ!」
正面からも、グラディウスの兵士たちが現れる。
兄弟は、わき道に、逸れた。
その時、一発の銃弾が、ラルフの背中に当たった。
ラルフが、地面に足を着いた。
「兄さん!」
崩れ落ちるラルフに駆け寄って、ロイがその身体を支える。
「逃げろ・・・」
「兄さん・・・」
「お前は、逃げろ・・・、早くっ!」
次の瞬間、ラルフの身体から力が抜けた。
「いたぞ、こっちだ!」
グラディウスの兵士の声が、ロイの耳に届いた。
ロイはラルフの身体を地面に置くと、立ちあがって、駆け出した。
後方から、グラディウスの兵士の怒号が、聞こえる。
ロイは、一心に走った。
駆けて、駆けて、駆け抜けた。
冷たい涙が、頬を伝っていった。



 ジェームズの屋敷には、朝から重い空気が漂っていた。
昨夜の、酒場ダイスでの事件の一報が、もたらされたからだった。
過激派たちは、逃げた一名以外、全員射殺。
亡くなったのが誰で、逃げた一名が誰なのかということはわからなかったが、ジェームズはラルフとロイの兄弟は、亡くなったのだと、そう理解した。
屋敷の居間には、ジェームズとリック、ハリーがいた。
ハリーは兄弟に面識がなかったが、長く兄弟の雇い主であったジェームズと、昨日ラルフと、さしで勝負をしたばかりのリックにとって、その衝撃は大きかった。
「私が、何とかしていれば・・・」
力なくソファに座ったジェームズが、絞り出すように呻いた。
「あんたのせいじゃない。誰も、あの兄弟を止められないさ。残念だが」
リックのその言葉にも、ジェームズが慰められる様子は、なかった。
重苦しい空気の中、
「旦那様、ゴードン家のお嬢様がいらしております」
召使いが、そう伝えた。
「シルヴィアが?ひとりで?」
「いえ、若い召使いがひとり、一緒でございます」
ジェームズは、時計を見た。
まだ、朝の時間だった。
約束もなく、この時間に、シルヴィアが召使いを連れて、ジェームズを訪ねてくること自体、妙だった。
ジェームズが、玄関へ降りて行くと、シルヴィアと、召使いのサラが立っていた。
サラは、不安そうな顔をしていた。
「おはよう、シルヴィア、サラ。朝、早くから、何かあった?」
ジェームズは、シルヴィアとサラを応接間に促した。
昨夜、凄惨な出来事があった後だけに、ジェームズは何かあったのではないかと、心配になっていた。
「用が済んだら、私はすぐに失礼します。用というのは、サラをこの屋敷で働かせてやって欲しいの」
「サラを?」
ジェームズにとっては、あまりにも思いがけない申し出だった。
そして、それはサラにとっても寝耳に水だった。
「お嬢様!」
「あなたは、黙ってなさい、サラ。こうするのが、一番いい方法なのよ。ジェームズ、私、十八歳の誕生日が来たら、グラディウスの総督と婚約することになったの」
「シルヴィア、それはいけない」
ジェームズの表情が、さっと曇った。
「もう決めたことよ」
「シルヴィア、そんなことは、止めるんだ。そんなことをすれば、君は、イーオンの国民から怖ろしいほどの、敵意と反感を買う。君の身を滅ぼすことになる」
「例えそうだとしても、私には、そうしなければならない事情があるの」
「だから、一度、僕と話をしよう」
「いいえ、あなたには、関係のないことよ」
「シルヴィア・・・」
「結婚すれば、総督の屋敷には、お母様も一緒に行くことになります。だけど、使用人たちを連れて行くわけにはいかないの。とりわけ、この田舎娘は。行儀作法のなっていない召使いを連れて行くと、私が、恥をかくことになるわ」
「シルヴィア、サラの前だよ」
ジェームズが、穏やかにたしなめる。
応接間から聞こえる言い争う声に、一体何事かと、オーガスタも、ハリーもリックも、部屋の前に集まって来た。
「本当のことよ。出来の悪い使用人から、次の勤め先を世話するのが、雇い主の勤めでしょう」
サラは、ただ身体を震わせて、うつむいていた。
泣いているようだった。
幼い頃からシルヴィアを知るジェームズは、シルヴィアが、このような物言いをする女性でないことを、よく知っていた。
ジェームズは、その残酷な物言いの中に、四十近く歳の違うミグノフ総督との結婚に対する、シルヴィアの割り切れない心のうちを垣間見るようで、むしろ、誰もいなければ、抱きしめてやりたいような気持ちだった。
一方、居合わせたハリーは、見ていられなくなった。
勝気な、歳若い女主人の前で、華奢な身体を一層小さくして、涙を落とすサラの姿が、不憫だった。
それは、一度も会ったことのない自分の娘と同じ年格好のサラを、重ね合わせたからかもしれない。
「お嬢さん、その言い方は、ちょっとひどすぎる」
我知らず、言葉の方が、先に口を付いて出ていた。
まさか、屋敷の使用人に窘められると思っていなかったシルヴィアは、はっとした表情で、ハリーを振り返った。
「使用人は、黙っていなさい」
「いや、黙らんよ。サラが、可哀想だ。あんたがやっていることは、グラディウスが、イーオンにしていることと、同じだ」
ハリーのその言葉は、シルヴィアの胸に突き刺さった。
「まあ・・・、シルヴィア、せっかくだからあちらで、お茶にしましょう、ね?」
オーガスタが、とげとげしいその場の空気を何とか落ち着かせようと、取りなした。
「いいえ、結構ですわ、小母様。馬車を、表に待たせたままですから、このまま失礼します。サラの荷物は、後で、届けさせますから」
そう言い残すと、シルヴィアはひとり屋敷から立ち去った。
「珍しいな、あんたがあんなに感情的になるなんて」
シルヴィアが去った後、リックが、ハリーに向かって言った。
「娘を思い出すんだ。俺の娘も・・・、苦労しているんじゃないかって」
そう言いながら、ハリーは、オーガスタとジェームズに、慰められるサラを、心配そうに見つめていた。