17-4.イーオン<永遠> 前編



 カードは、もう当分ごめんだぜ。
今日も、酒場、ダイスのドアを開けながら、リックはそう思った。
この十日間というもの、ダイスに通いつめて、夕方から時には夜中まで、ずっとカードに興じていた。
もちろん、負けることもあったが、大抵の場合、読みが相手を勝った。
カードの相手は、三人か四人で、顔ぶれは、その時々でまちまちだったが、必ず、例の太った男マックスがいた。
マックスは、カードの合間、合間に、それとなく、リックの素性に探りを入れて来た。
どこの人間で、何故、ラルフに会いたいのか。
リックは、名前とフォルティスの御者であることは明かしたが、何故ラルフに会いたいかということは、黙っていた。
どうせ、俺のことは、マックスからラルフに、話が伝わっているに決まっている。
本題は、最後まで取っておいた方がいいだろうと、思った。



 ダイスに通いつめて、十日目の今日は、マックスがいなかった。
いつもマックスが座るリックの向かいに座ったのは、背の高いやせ形の男だった。
そして、今日に限って、その男との差しの勝負になった。
周りに、人がいないわけではなかった。
いつもと同じように、ダイスには、グラスを片手に雑談するもの、パイプをくわえる者、新聞を手にする者、数人がいた。
けれども、居合わせた者全員が、こちらを見なくとも、リックと、向かいに座った男のカード勝負に、意識を向けていることがわかった。
いつもとは違う緊張感が、漂っていた。
「随分、通いつめているそうだな。ここが、そんなにお気に入りか?」
手を止めずに、男がリックに話しかけて来た。
「詳しいんだな」
「この店に、よそ者が来ることが珍しいんだよ。あんた、ちょっとした有名人だぜ」
男は、舐めるように、グラスの酒を一口、口に含んだ。
「目的は?」
「カードだ」
「嘘をつくな」
男は、ぐっと、リックににらみを利かせて来たが、リックは素知らぬ顔で受け流した。
「まあ、いい」
男は、少し口をつぐむと、
「賭けをしないか?」
と持ちかけて来た。
「どんな?」
「この勝負、あんたが勝ったら、ラルフに会わせてやる。俺が勝ったら、二度とここへ来るな」
リックは、少し考えてから、
「いいだろう」
そう、答えた。
カードが、配られた。
ふたりとも、表情からは有利なのか不利なのかは、読めなかった。
周囲の男たちは、その勝負の成り行きを、黙って見つめていた。
ふたりとも途中で、勝負を降りるようなことはしなかった。
男が先に、手札を広げた。
フルハウス。
リックは、一瞬、それを見つめた後、手札を広げた。
ハイカード。
つまりは、何も役が出来てなかった。
男の勝ちだった。
「どういうつもりだ」
男は、勝ちを喜ぶようなことはしなかった。
探るような眼をリックに向ける。
「もう俺の用は済んだ、ラルフ」
一瞬、男の表情が止まった。
そして、一斉に、周囲の男たちが立ちあがった。
「待て!」
ラルフは、右手を広げて、いきり立つ男たちを牽制した。
「何が目的だ?場合によっちゃ、ここから生きて出られないぜ」
「だろうな」
「目的は?」
「ジェームズに頼まれた」
ラルフは、驚いたように目を見開いた。
「話し合いたいそうだ」
「無駄だ。そんな気はない」
「そう言うと思った」
「だったら、何故、ここへ来た?」
「何故?確かに、俺は無関係だ。はっきり言って、イーオンがどうなろうが、知ったことじゃない」
「何だと?」
「だが、ここへ来て、すぐ、広場でさらし首を見た。あんなことが日常茶飯事に行われるなんて、普通じゃない」
「そうだ、だから、俺たちは手向かうんだ。グラディウスの狼たちにね」
「その先に、一体何があるんだ?」
「何?」
「あんたらが、ジェームズになじめないのは良くわかる。俺も貴族は、嫌いだ。結局のところ、俺らをわかってない。だけど、無差別に人を殺すことが、正しいとも思わない」
ラルフは、答えなかった。
「よそ者の俺が、あんたらにどうしろなんて、言わない。ただ、ジェームズは、話をしたがってる。それだけ、伝えに来た」
リックは、立ち上がって、帽子をかぶると、背中を向けた。
「待てよ。このまま無事に帰れると思うのか」
「ジェームズ曰く、自分の名前を出せば、手を出されることはないそうだ。違うのか?」
ラルフは、しばし黙ったが、口を開くと、
「今日は見逃してやる。あの人に伝えてくれ。話し合う気はない。ここへは、二度と来るな」
そう言った。



 店を出ると、辺りは暗かった。
酒場の立ち並んだ街路には、店の中の喧噪が、時折外にまで漏れ聞こえていた。
リックは、とりたてて落胆しなかった。
むしろ、予想通りだと、納得していた。
屋敷で待つジェームズは、ひどくがっかりするに違いないが。
そんなことを考えながら、リックが歩みを進めていると、
「リック」
路地の陰から、そっと名前を呼ばれた。
知り合いなどいるはずもなく、怪訝な面持で、路地を覗くと、ひとりの若者が、立っていた。
リックは、ピンと来た。
「ロイか?」
若者は、人懐っこい笑顔で笑った。
ラルフの弟だった。
そう言えば、先ほど、ダイスのカウンターで、新聞を手に、じっとこちらを見つめていた若者だった。
「さっきは、兄さんが、失礼なことをしてごめん」
「想定内だ」
そのリックの答えに、ほっとしたのか、ロイは、もう一度笑顔を浮かべた。
「ジェームズ様に、言われて来たんだね」
「貴族ってのは、本当に人遣いがあらい。指図は得意のようだが」
ロイはリックのその言葉を聞いて、すっかり警戒心がとけたようだった。
「リックは、カード、強いんだね。マックスが悔しがってた」
「太った、あいつか」
「マックスは、僕の親友だよ」
「見た目は、正反対だな」
「ああ見えて、本当は、とっても優しいんだ。きれいな奥さんと、可愛い女の子がいる」
「世の中は、不公平だ」
リックがそう言うと、ロイは声を立てて笑った。
二十歳と聞いていたが、小柄で、童顔のせいか、その人懐っこい性格のせいか、年齢よりも、さらに若く見えた。
「リック、ジェームズ様に伝えて。僕も兄さんも、決して、ジェームズ様を憎んでいるわけじゃないんだ」
「ジェームズは、わかっている」
「だといいな。だけど・・・、グラディウスは、許すことができない。何の罪もない母さんを、まるで家畜のように刺し殺したんだ。それだけは、どうしても許すことができない」
「お前の気持はわかる。もし、俺がお前の立場だったら、やっぱりそう思うだろう」
「お屋敷で働いていた頃、ジェームズ様には、本当によくしていただいたんだ。だから、ジェームズ様の申し出を断るのは、本当に辛いんだけど・・・」
ロイは、うつむいた。
「ジェームズには、お前のことも伝えておく。お前も、兄貴も、気が変わったら連絡をくれ。俺が言えるのは、それだけだ」
リックは、下を向くロイの肩をぽんと叩くと、そのまま、薄暗い路地を後にした。



 ジェームズの屋敷へ戻るため、リックは辻馬車が止まる場所まで、歩き始めた。
ふと、肩に落ちるものがあった。
初雪だった。
どおりで、冷えると思った。
ポケットに手を入れて、空を見上げた。
リックは、遠いセヴェロリンスクにいる、レティシアを想った。
十月の初日、アンヌと共に、セヴェロリンスクに発つレティシアを見送ってから、ハリーとふたり、このイーオンにやって来た。
レティシアと別れて、はや二十日がたっていた。
この雪を、セヴェロリンスクにいるレティシアも、見ているのだろうか。
空から舞う粉雪を見上げて、リックは、美しいヘーゼルの瞳を、思い出していた。