17-2.イーオン<永遠> 前編



 酒場ダイスの薄暗い店内には、十名程度の男たちがいた。
グラスを片手にパイプを銜えたり、雑談をする者もあったが、その中の四名ほどが、テーブルについて、もう長いことカードに興じていた。
金のかかった勝負に、男たちの表情は、真剣そのものだった。
「フォールド」
若い男は苛立ちを隠せずに、手札となるカードを乱暴に置いた。
それで、リックと、その真向かいに座る太った男以外は、全員、勝負から下りた。
リックの読みは、鋭かった。
夕方から日にちをまたぐ時刻になるまで、半日以上、四人の男たちが、金の懸かった真剣勝負を続けていたのだから、リックの稼ぎは中々のものになっていた。
「下りるなら、今のうちだぜ」
太った男のお喋りに、リックが付き合うことはなかった。
リックは、二枚のカードを変えた。
太った男の額には、脂汗が滲んでいた。
太った男、マックスは、一瞬、ちらりと、相手の顔色をうかがったが、リックの表情からは、何も読み取れなかった。
マックスは、手札を広げた。
フォーオブアカインド。
三の数字のカード、四枚がそろっていた。
その目の奥には、自信が垣間見えた。
「悪いな」
リックは、そう言って手札を広げた。
ストレートフラッシュだった。
「畜生!」
マックスは、太い二の腕で、力いっぱいテーブルを叩いた。
腹立ちはすぐには収まらない様子で、拳を握りしめたまま、動かなかった。
そろそろ、今夜はお開きかな。
そう考えて、リックは、眼の前の紙幣を懐に入れる、と思いきやそうはせず、そのままマックスの前にざっと付き返した。
「何の真似だ」
マックスが、リックを睨みつけた。
「ラルフに会いたい」
一瞬、マックスの視線が、泳いだ。
「何のことだ」
「しらを切るなよ。この店に出入りしているだろう?」
「あんたが何を言っているのか、わからんね」
「会わせろ」
「知らないって言ってるだろう!」
マックスが、勢いよく椅子から立ち上がった。
その勢いで、椅子が、後ろに弾きとんだ。
それを合図に、その場に居合わせた男全員が立ちあがって、リックの方に向き直った。
全員、敵か。
想像はしていたけれど、目の当たりにすると、緊張を覚えた。
これ以上長居すると、腕の一、二本は、覚悟だな。
いや、腕ならまだ、運がいい方か。
リックは、帽子をかぶった。
「あんた・・・、何者だ」
「ラルフに話がある。ラルフにそう伝えておいてくれ。また来る」
リックは、男たちの敵意の視線を背中に受けながら、店を去った。



  「あれは、俺が何度行ったところで、無駄だと思うけどな」
リックは、難しい表情のまま、腕組みをして、壁にもたれていた。
リックの物言いは、相変わらず不遜で、貴族に対しての言葉遣いとは到底思えなかったが、リヴィングストン伯爵と同じく、心の広いジェームズ・ナイトレイ伯爵は、それを咎め立てるようなことはしなかった。
屋敷の居間には、リック、ハリー、そしてジェームズがいた。
リックは、酒場ダイスでカードを終えて、ジェームズの屋敷に戻って来たところだった。
深夜だった。
「これまで、私が何度も彼に接触しようとして、失敗している。君が行く方が、期待が持てるのではないかと思う」
「だが、見通しは悪そうだな」
ハリーが、呟いた。
「ラルフは、すっかり変わってしまった。昔は・・・、心の優しい男だったのに。母親を殺されて、すっかり変わってしまった」



 十月の初日に、リックとハリーは、ウッドフィールドのリヴィングストン伯爵の屋敷を発ち、イーオンの貴族ジェームズ・ナイトレイ伯爵の屋敷に向かった。
それは、もちろん、リヴィングストン伯爵の指示によるものだった。
リックやハリーは知る由もなかったが、リヴィングストン伯爵の頭の中では、ユースティティアの王都、アルカンスィエルがグラディウスの手に落ち、フォルティスの今後がどうあるべきか、既に描かれていた。
グラディウスが、このままユースティティアを侵略し続け、勢力を拡大し続ければ、フォルティスにも、好ましくない影響が及ぼされることは、容易に想像できた。
そうなる前に、どこかでグラディウスの勢力拡大に歯止めをかける必要があった。
今、フォルティスは表向き、ユースティティアとグラディウスの戦況を、静観していた。
それは、フォルティスがユースティティアに肩入れして、ユースティティアが負けるようなことにでもなった場合、フォルティスとグラディウスの関係が、著しく悪化するからだった。
果敢なるリヴィングストン伯爵の眼には、それが、臆病としか映らなかった。
さりとて、フォルティスの方針がそうなのだから、リヴィングストン伯爵としても、当面、表だって動くことは避けていた。
そこで、目を付けたのがイーオンだった。



 かつてフォルティスを宗主国としていたイーオンは、グラディウスの侵略を受けてからの七年、微妙な情勢が続いていた。
侵略してきたグラディウスは、イーオンの民を弾圧した。
イーオンの貴族たちからは、様々な権益を奪い、じわじわ締め付けていた。
一方で、イーオンの国内に、グラディウスの民を半ば強制的に移住させ、イーオンの民とグラディウスの民の婚姻を推奨し、じわじわ内側からイーオンという国を崩壊させようとしていた。
イーオンの将来に絶望し、グラディウスに反発したイーオンの若者たちは、過激派に走り、 無差別にグラディウスの者を襲った。
侵略者でありながら、今やイーオンでは支配者層となった、グラディウスの貴族たちの馬車を、住む屋敷を襲撃し、火を放ち、女たちを襲った。
当然、グラディウスの報復は、容赦なかった。
この半年で、一体何人が絞首刑となり、広場に首がさらされたことだろう。
ジェームズら、イーオンの貴族は、協力が大切なのだと、貴族も、民衆も、イーオンがひとつになってグラディウスに立ち向かわなければならないと、説得を試みるものの無駄だった。
刹那主義の短絡的な過激派は、憎しみに支配され、耳を貸すことはなかった。
リヴィングストン伯爵は、そこに注意を向けた。
とにかく、イーオンがひとつになって、グラディウスに立ち向かうことができるよう、協力してくれと、ハリーとリックを、リヴィングストン伯爵の親戚にあたる、イーオンのナイトレイ伯爵の屋敷に、派遣したのだった。
リヴィングストン伯爵は、イーオンがまとまりを見せて、グラディウスに対峙すれば、本来イーオンの宗主国であるフォルティスが、積極的にイーオンに支援を始める、と睨んでいた。
そして、イーオン、ユースティティアが協力し、二方向からの攻撃を仕掛ければ、グラディウスを揺さぶることができると、グラディウスの勢力拡大を封じ込められるはずだと、リヴィングストン伯爵は、戦略を練っていた。
根の深い問題が、そう簡単に解決するわけがないと、リックは期待しなかったが、ハリーは心動かされたようだった。
ハリーが、グラディウスの将校だったこと、クーデター、流刑、最愛の妻ナターリアを失ったことは、リヴィングストン伯爵の屋敷にいる時に、打ち明けられた。
だから、今回の一件に肩入れする気持ちはよくわかった。
十七年前、成し遂げることができず、悲劇に終わった出来事に、今立ち向かおうとしていることも、よくわかった。
だからこそ、リックは、こうやって一緒に、イーオンにまでやって来たのだった。



 十月三日、つまり一週間ほど前、このナイトレイ家へやって来てすぐ、イーオンの抱える問題が、どれほど深刻か、すぐに目の当たりにすることになった。
広場で絞首刑があったからだった。
過激無差別殺人の策謀、というのが公にされた罪状だったが、その裁きが公正であったのかどうか、実際のところ、わからなかった。
少なくとも、リックの住むフォルティスでは、そのような一方的な裁かれ方は、なかった。
ジェームズの話では、そういった過激派集団を、率いているのが、かつて、母親と一緒に、ジェームズの屋敷で働いていた、二十四歳と、二十歳になるラルフ、ロイの兄弟だった。
既に兄弟の父親はなく、母子仲睦まじく、ジェームズの屋敷で奉公していた。
元々、過激派組織などとは無縁のふたりが、テロに走った理由は、何の罪もない母親が、二年前、グラディウスの兵士に殺されたことがきっかけだった。
兄弟の母親は、本当に通りを歩いていただけだった。
通りを歩いていた母親の肩が、ほんの少し、グラディウスの兵士の肩に当たった。
虫の居所が悪かったグラディウスの兵士は、たったそれだけのことで、泣いて許しをこう母親を刺し殺した。
けれども、その兵士には、何の裁きも下されなかった。
刺したのが、支配者のグラディウスの兵士で、刺されたのが、イーオンの庶民だったために。
けれども、そういったことは、珍しいことではなかった。
このイーオンでは、そういった理不尽な例は、いくつもあった。
そして、兄弟は、ジェームズの屋敷から姿を消し、穏やかな生活を捨てた。
兄のラルフが首謀者となって起こした無差別過激事件は、数知れず、その首には懸賞金がかけられて、今や、グラディウスが血眼になって、その行方を追っていた。
過激な思想の無差別殺人ではなく、正当な方法で、イーオンの将来のために戦うべきだというジェームズたちが、改心を促すものの、ラルフたちが耳を貸すことはなかった。



 そのラルフのアジトの一つとされているのが、先ほど、リックがカードをしていた酒場、ダイスだった。
もともと、グラディウスの将校でもあるハリーは、様々な情報をジェームズと共に整理したり、時には他のイーオンの貴族を交えて、これからの戦略を練っていた。
そして、ジェームズは、リックにラルフへの接触を頼んだのだった。
兄弟たちと、ジェームズとの間に、憎しみの感情はなかった。
けれども、グラディウスに対する考え方に、隔たりがあった。
特にラルフは、ジェームズたちのやり方を生ぬるいと感じていた。
そして、正当に戦ったところで、圧倒的な力の差で、イーオンに勝ち目はないと思っていた。
七年前、宗主国でありながら、最後にはイーオンを切り捨てたフォルティスへの猜疑心も消えはしなかった。
ジェームズたち貴族の、フォルティスの支援を受けて戦おう、という説得には、応じようとはしなかった。
ジェームズによると、同じイーオンの者ではあっても、兄弟とジェームズの間には、貴族と庶民という隔たりがあるのだと。
だから、外国人といえ、リックのように貴族ではない者が接触を図った方が、案外心を開くのではないかというものだった。
リックは、いわば過激派組織の巣窟へ、単身乗り込むわけであり、無謀じゃないかと主張したが、ジェームズは、穏やかに笑って言った。
万一の場合は、私の名前を出せば、大丈夫。
心の底で、私とふたりの兄弟は、繋がっているから、と。
そりゃ、万一の時、無事でいられないのは俺だから、あんたはいいけどな。
リックは、心のうちで毒づいた。
リヴィングストン伯爵の親戚に当たるジェームズは、ナイトレイ家の若き当主だった。
瞳と髪の色はリックと同じ黒だったが、印象は全く違った。
その落ち着いた雰囲気のせいで、最初に会った時、リックは、歳は俺より五つほど上だろうと思った。
リックが、自分と同い年とは思えない程、ジェームズは、落ち着きが合って、穏やかで、知性に溢れていた。
上質な黒のフロックコートに身を包み、常に物静かで、むやみに感情を表に出すことなどなく、真面目で誠実な人柄が、にじみ出ていた。
フォルティスからやって来た、ふてぶてしい御者にも、親切に応対した。
だから、決して、リックは、ジェームズのことが嫌いなわけではなかった。
ただ、物腰は柔らかながら、リックの都合など全く考慮されず、仕事を言い渡された。
リヴィングストン伯爵にしろ、ジェームズにしろ、貴族ってのは、何で、こんなに身勝手なんだ。
リックは、不満でいっぱいだった。