15-1.冬宮殿のサファイア



 フィリップは、リヴィングストン伯爵の屋敷にほど近い丘の上で、寝転がっていた。
薄い曇のかかった空が遠くまで広がり、穏やかな風が心地よかった。
フィリップは、ペンダントを見つめていた。
アンジェラのペンダントを。
「こんなところにいたのか」
ハリーが、ゆっくりと丘を上って来た。
フィリップも、身体を起こす。
「レティシア、明日、リックとブリストンに発つって?」
「ああ、そうみたいだな」
そう言いながら、ハリーがフィリップの傍らに、腰を下ろした。
「レティシア、きれいになったよね。前から、とてもきれいだったけど、なんかこう・・・、艶っぽくなった」
「ああいうの、何て言うか知っているか?」
「さあ」
「色気っていうんだ」
「ああ・・・、そうかも」
照れたフィリップの頬が、赤くなった。
「こんなところで、何してる?」
フィリップは、しばらく黙って、前を向いたまま、答えなかった。
そして、
「ハリーは、知っていたの?」
口を開いたかと思うと、ぽつりと、そう呟いた。
ハリーは、何も答えず、フィリップの言葉を待っていた。
「アンジェラが、僕のことを好きだった、って」
「ああ、そうだな・・・」
「なあんだ、そうなんだ。やっぱり、知っていたんだ。じゃあ…、きっと、みんな知っていたんだ。知らなかったのは、僕だけだったんだ」
フィリップは、息をはっと吐き出して、また黙り込んだ。
「フィリップ、自分を責めるんじゃないぞ。お前さんが、悪い訳じゃない」
「気づいてあげられてたら、もっと…、何か、違う風にしてあげられることがあったんじゃないかと、思うんだ。もっと、違った風に、大事にできたんじゃないかと思う」
「お前さんは、アンジェラのことを、どう思っていたんだ?」
「僕はただ…、とても可愛かったんだ、妹が。アンジェラが。とても、可愛くて、心配だった。たったひとりの家族だったから」
「お前さんは、よくやったと思う」
「そうかな」
「おまえさんは、アンジェラを妹として、本当に大切にしていた。それで十分なんだと思う。アンジェラがおまえさんに、どんな気持ちを持っていたにせよ、おまえさんが、その想いに応えることはできない。哀れみや同情で、恋はできないんだ」
「ハリー…」
「アンジェラは、お前さんに恋をした。とても、切ない恋を。辛かっただろうが、幸せだったとも思う。恋を知らないままでいたより、お前さんに恋をして、色んな想いを知って、幸福な時間もたくさんあったと思う」
「ありがとう、ハリー」
「おまえさんも、いつかいい恋ができるといいな」
「できるかな?」
「できるとも。少なくとも、誰かさんと違って、真面目で優しい。無愛想で口の悪い誰かさんでも、あれだけ気立てのいい別嬪さんを、ものにしてるんだ。自信を持て」
今頃、リックは、くしゃみでもしているに違いない。
フィリップは、想像して笑った。
「ハリーには、いないの?そういう人」
「聞きたいか?」
「良ければ…」
ハリーの表情に、ふと影が差したので、フィリップは、戸惑った。
「俺は…、恋をして、最高のサファイアを手に入れた。だけど、俺がこの手で、粉々に砕いた」
「ハリー、辛いんだったら…」
「いや、いい、話すことも、俺の贖罪だ。フィリップ、聞いてくれ」