1-5.王都アルカンスィエルの陥落



 レティシアは、アンヌの指示通り、ピエールに急いで馬車を表に準備するように告げると、今朝まとめた荷物を、二階から手早く降ろした。
そして、自分の部屋である、古びた屋敷の屋根裏部屋へ上がると、すぐに身支度を始めた。
アンヌ様は、本当に、本当に頼りになるお方だわ。
身支度を整えながら、レティシアは心からそう思った。
一年前、レティシアがこの屋敷で勤めだした頃には、既にアンヌは、この屋敷を頻繁に訪れて、アンジェラのことを気遣ってくれていた。
もともと、フィリップの母と、アンヌの母は、旧知の間柄だったと聞く。
けれども、フィリップの母が亡くなったのを機に、交流は途絶えていた。
その後、デュヴィラール家の困窮が、ラングラン公爵夫妻の耳に入るようになった。
特に、アンジェラのことを気にかけてくれたようで、年の近いアンヌが頻繁にデュヴィラール家を訪れては、あれこれ気遣いをしてくれるようになった。
アンヌは、あまり感情豊かではないし、めったに笑ったりはしない人だった。
けれども、デュヴィラール家では、たまにしか手に入らない、果物やお菓子や、時にはドレスまでも、さりげなく持ってきてくれるのだった。
「わたくしには、もう幼すぎて似合わないので」
と、差し出された、淡い桃色の、素晴らしく繊細な刺繍の施されたドレスを眼にした時、アンジェラの顔は、ぱあっと輝いた。
さらには、ラングラン家のお茶会にまで、招いてくれたのだった。
もちろん、ぜひ、そのドレスを身につけて、ということで。
アンヌは、ドレスに合った、靴やアクセサリー、迎えの馬車までも、用意をしてくれた。
アンジェラには、友達というものがなかった。
病弱であったせいもあるし、引っ込み思案だったせいもあるし、また、貴族とはいえ、王室からのわずかばかりの手当てで、生活をしているデュヴィラール家では、裕福な貴族の娘たちとは、おおよそ付き合えるはずもなかった。
アンヌも、そのあたりの事情を察して、屋敷に招いてくれたのだった。
レティシアもアンジェラの付き添いで、ラングラン家へと行くことになったのだったが、 その屋敷は、想像以上のものだった。
広大な屋敷、素晴らしい調度品の数々、隅々まで手入れの行き届いた庭、使用人の数・・・。
アンジェラも、レティシアも、呆然とした。
そういった中、アンヌの行き届いたところは、決してアンジェラが気後れしないように、配慮がされていることだった。
もしも、お茶会に招かれていたのが、アンジェラと同世代の、若い貴族の娘たちだったとしたら、アンジェラは、到底その華やかな話題については行けず、気落ちして帰ってくることになっただろう。
けれども、あえてささやかに催されたラングラン家のお茶会には、アンヌの母や、アンジェラよりも少し年上の貴婦人が招かれていて、アンジェラのことを、大切にもてなしてくれた。
アンヌの母は、娘たちより少し若いアンジェラが可愛くて仕方ないようで、自ら刺繍の手ほどきまでしてくれた。



 帰り際、玄関ホールで、アンジェラとレティシアは偶然にも、ラングラン公爵と出会うことになり、内気なアンジェラは、挨拶をしただけて、緊張のあまり、うつむいてしまったけれど、ラングラン公爵は、笑って、気さくにアンジェラに声をかけてくれた。
帰りの馬車の中で、話が止まらないアンジェラの様子から、アンジェラが素晴らしい時間を過ごしたことが、よくわかった。
雇い主の妹ではあったけれど、アンジェラのことを本当に大切に思うレティシアは、アンヌの気遣いに頭が下がった。
本当ならば、アンヌが、デュヴィラール家に示してくれる様々な気遣いは、同じ貴族としては、恥じなければならないことだったのかもしれない。
けれども、それでは、デュヴィラール家はさらに困窮し、アンジェラの数少ない楽しみが、さらに減ってしまう。
フィリップ様は、心苦しく思いながらも、ラングラン家のお情けを受けざるを得ないのだと思うと、レティシアは、何とも切ない気持ちになるのだった。



 レティシアが、手早く身支度を終えて、階下へ降りると、すぐにフィリップ、アンヌ、アンジェラも降りて来た。
表では、ピエールが既に荷を積み、馬車を用意して待っている。
皆が表に出たところで、レティシアが鍵をかけようとすると、フィリップが制した。
「私がかけよう」
レティシアから、鍵を受け取ると、フィリップはゆっくりと、屋敷の鍵を閉めた。
門を出たところで、門に鎖をかけ、もう一度鍵を掛けると、フィリップはつかの間、自分の生まれ育った古い屋敷を眺めた。
ここへ、皆一緒に、戻って来る。
何としてでも。
そう 心に誓った。
「フィリップ様」
「今行く」
既に馬車に乗り込んだアンヌの問いかけに、応じた。
手綱を握るのは、フィリップだ。
フィリップは、今一度、屋敷を見つめると、皆を乗せた馬車を出した。
そして、二度と、振り返ることはなかった。