21-5.新国王 フィリップ



 ブロンピュール宮殿前の広大な広場は、歓喜の渦だった。
広場を覆い尽くす人々の熱狂は、ブロンピュール宮殿の、バルコニーに立つフィリップに、向けられていた。
ウッドフィールドでリックたちと別れ、ユースティティアに戻り、約二十日間に及ぶ戦いののち、初雪の降る日に、アルカンスィエルを奪還した、フィリップだった。
アレクセイ国王がセヴェロリンスクを発って、再びユースティティアにやってきたものの、アルカンスィエルを奪還し、勢いに乗ったユースティティア軍は、グラディウスの軍勢を、一気に領土から追い払った。
それ以降、国境付近での小競り合いは続いていたが、それ以上の大きな動きはなかった。



 そして、アルカンスィエルを奪還してから三カ月。
アルカンスィエルを追われた民が、貴族が、序々に王都へ戻り、年が明けて、今日のこの日を迎えたのだった。
ユースティティアの国旗が舞い、国王万歳、フィリップ新国王万歳と、フィリップを称える声が、渦になって、辺り一面にこだまし、割れんばかりの歓声と、拍手だった。
フィリップがその歓声に応えるように手を上げると、一際、歓声と拍手が盛り上がった。
大歓声の群衆を目下に、フィリップの胸にこみ上げるのは、喜びではなかった。
国民の命を守り、このユースティティアという国を預かる責任の重さに、身の引き締まる思いだった。
奥歯をかみしめて、拳を、ぎゅっと、握りしめた。
「フィリップ、よく見ておくんだ」
そのフィリップの後方から、声をかけたのは、サヴァティエ総司令官・・・、サヴァティエ公爵だった。
「君は、この民の命を守ることが使命だ。この国は、今、新たに始まったばかりだ。世の趨勢(すうせい)を見極め、賢く勇敢な王となり、ユースティティアを、正しく導くのだ。己を過信せず、真摯な眼差しを持て。二度と、この人々が、土地を追われ、苦難を味わうことがないように」
フィリップは、そのサヴァティエ公爵の言葉に、力強く頷くと、群衆に向き直った。
そして群衆に応えて、再び、手を振った。
熱狂が渦巻いた。
その時、フィリップの眼に、ひとりの男の姿が飛び込んできた。
フィリップは、驚きで、眼を見開いた。
フィリップの眼の前には、何万の群衆がいた。
本当なら、たった一人の人間が、そのように眼にとまるはずはなかった。
それでも、その男は、くっきりと、フィリップの眼に映った。
そして、リックも、その黒い瞳で、じっと、フィリップを見つめていた。
熱を帯びる群衆の中で、ただひとり、静かに、フィリップを見上げていた。



 アルカンスイエルを奪還してから、約一ヶ月の後、クリスティーヌ王妃からの手紙が、リヴィングストン伯爵を経て、フィリップの手元に届いた。
そこには、全ての経緯が記されていた。
ラングラン公爵、アンヌ、ミラージュ、ブロンディーヌ、そして、アレクセイ国王、クリスティーヌ自身のこと・・・。
焼け落ちたセヴェロリンスクのミラージュの隠れ家から、ラングラン公爵夫妻と思われる遺体が見つかったこと。
アンヌと、レティシアの遺体は、見つからなかったこと。
もしかしたら、あの火災で亡くなったのかもしれないし、どこかへ逃げ出したのかもしれないけれど、依然として行方不明のままだということ。
そして、レティシアが、妊娠していたこと。
クリスティーヌ自らは、グラディウスのアレクセイ国王の妻として、全ての罪を背負って生きること・・・。
それらが、詳細に記されていた。
その手紙を受け取ってから、二か月がたっていた。
リックとは、ウッドフィールドで別れてから約四カ月、会ってはいなかった。
リックは、あのクリスティーヌ王妃からの手紙を、読んだのだろうか。
レティシアが、アンヌと共に、消息を絶ったこと。
そして、レティシアのお腹に、赤ちゃんがいたこと・・・。
おそらく、もう知っている。
だから・・・、だから、あんな眼で、今、僕を、見つめているのだろう。
「リック」
聞こえるはずもないのに、フィリップはリックに向かって、呼びかけていた。
そしてまた、フィリップのその声が耳に届くはずもないのに、リックは、何だ、という顔で、フィリップを見つめ返した。
そして、唇の端を上げ、微笑みを浮かべた。
「リック・・・」
フィリップは、もう一度、呟いた。
リックは、しばらくフィリップを見つめてから、かぶった帽子の先に、指で軽く触れると、それが別れの挨拶であるかのように、そのまま背中を向けた。
そして、群衆の波に飲まれて、その姿はかき消された。