11-3.コットンブーケ



 「本当なら、皆さんをお招きして、お式や、披露宴を行うべきだったのだけど、色んな事情があって、そうしなかったの。だから、もうしばらく、ふたりが結婚したことは、秘密にしておきたかったのだけれど、秘密には出来ない事情が出来て、今日はこうして二人を招いたのよ」
席についた、ジャクリーンとシーラを前に、にこやかな笑顔のマーガレットだった。
「その・・・、ぜひ、こうなった経緯を、教えていただきたいわ」
ジャクリーンは、まるでそこに化け物が座っているかのように、アンヌを眺めまわしたが、当のアンヌは、さもその場所にいるのが当然とでもいうように、夫に手を取られて、平然と座っていた。
「もちろんよ、ジャクリーン。あなた方をお招きしたのは、そのことをお話するつもりだったのだから。私が、ふたりのお付き合いを知ったのは、夏頃のことね。この夏、アンヌの農園で、困りごとがあって、ランドルフが手助けをしたのだけれど、一緒に過ごすうちに、次第に惹かれ合って、将来的なことを約束するようになったの。でも、当初、私は、ふたりの交際を反対したのよ。だって、そうでしょう。四月の、あなた方との諍いのことを考えると、とても、とても・・・、アンヌが、この家に相応しいとは、思えませんでしたから」
ゲストルームに集うランドルフ、アンヌ、ヘンリー、レイチェル、そして、ジャクリーンとシーラは、誰一人、テーブルに並んだお菓子にも、お茶にも手を付けることなく、マーガレットの話に聞き入っていた。
「それに、ご縁のなかった縁談を、今更、あまり人前で話したくはないのだけど、ランドルフには、春頃から、別に、私の勧めていた縁談があったから、一度は、ふたりを別れさせたの。ランドルフも、一度は、アンヌを思い切って、私の勧めるお嬢様との縁談を考え始めて、十一月初めのモーガン家の夜会で、そのお嬢様と、初めて顔を合わせたのだけれど、やはり、どうしても、アンヌを忘れることは出来ないから、縁談を断りたいと言ってきたの。お嬢様の気持ちを考えると、今更、そんな無茶なことと、私も、随分、ランディを叱ったのだけれど、アンヌと一緒になれなければ、この家を出て行くとまで言われると、私たちとしても、ねえ・・・、あなた」
「マギーの言う通り。家を捨てるとまで言われると、私たちも反対することはできないからね」
水を向けられて、何度も頷きつつ、ヘンリーはそう答えた。



 マーガレットが、ペンナの富豪、ブラウン家の三女、シャーロット・ブラウンとランドルフの縁談を熱心に勧めていたことは、マーガレットから直接は聞かなくとも、ジャクリーンとシーラの耳にはちゃんと届いていた。
十一月初めの夜会で、どうやら何か問題が起こったらしく、縁談が頓挫したらしいと、しかもその原因は、モーガン家側にあるようだということは、社交界で専らの噂だったが、 その理由が何であるのかを知る者はおらず、謎だった。
けれども、今その理由が、はっきりとわかった。
理由は、アンヌだったのだ。



 「ふたりが、そうまで言うのなら、結婚は認めましょう、と。それで、結婚式を挙げました。聖マティス教会で、身内だけの、慎ましやかな結婚式を。あれは、そう、夜会から、二日後の事ね」
「それはまた・・・、随分急な話ね。そうまで、急がなくても、もう少し、時間をかけるべきだったのじゃないかしら。後で・・・、後悔しないためにも」
ジャクリーンは、澄ました表情のアンヌを、意地悪く、横目でにらんだ。
「そうね、私も、ジャクリーンの言う通りだと思うわ。ランディは、二度目だから、派手なお式は控えたのかもしれないけれど、やはり、念入りに準備して、お招きする方はお招きして、このお屋敷の格式に見合ったお式は、必要だったんじゃないかしら」
シーラは、落ち着きを取り戻したのか、そう言いつつ、目の前にあるケーキスタンドのお菓子にようやく、手を伸ばし始めた。
「ふたりの言うことは、最もだと思うわ。皆様にお知らせせずに、敢えて、ささやかなお式になったのには、理由が三つあるの。一つ目は、ランドルフとアンヌが、盛大な式を挙げるよりも、できるだけ早く結婚したいと強く希望したの。一刻も早く。まあ・・・、これは若い人によくあるお話ね」
アンヌは、そう、さらっと話すマーガレットから、視線を、ランドルフに移すと、ランドルフは、もうなるようにしかならないよ、と言うように、小さく肩をすくめて見せた。
「二つ目の理由は、ジャクリーン、シーラ、あなた方のせいよ」
「私たち?」
「一体どういうこと?」
「四月に、このゲストルームで、あなたがたとアンヌが、酷い言い争いをしたでしょう。アンヌには、アンヌの考えがあったのだとしても、あなた方に対してとった態度は、高慢で、横柄で、とても認められるものではなかった。あんな風では、社交界で受け入れられるはずがないし、アンヌのせいで、私はあなた方のような、大切な友人を失ってしまうことになると思ったの」
今を時めくモーガン家の夫人から、大切な友人と言われて、ジャクリーンとシーラは悪い気はしなかった。
「だから、しばらく結婚の公表は控えて、私がアンヌを教育する必要があると思ったの。モーガン家の、ランドルフの妻として、どのように振る舞わなければならないか、どのように、みなさまに受け入れていただくべきか。そうして、十分、みなさまに受け入れていただけると、私が判断してから、ランドルフの妻として、改めて紹介しようと思っていたの。・・・これはまだまだ、これから私の長い仕事になるようだけど」
と、少々挑戦的に、マーガレットはちらりとアンヌを見た。
「そして、三つ目の理由は、これは、アンヌの家柄に、関係のあることなのだけれど・・・、世間で噂されているように、アンヌは、貴族の出身です。不敬になってはいけないから、お名前は差し控えますけれど、親戚の中には、王家と関わりを持つ方もおられるとか」
「王家!」
驚きのあまり、手元を誤って、シーラの口に入り損ねた、焼き菓子が、そのたっぷりと贅肉のついた顎から、ぽろりと床に落ちた。
アンヌの、複雑な過去を考えると、その出自を明らかにするべきではなかったので、マーガレットは、具体的な名前を一切出さなかった。
けれども、貴族の出身、しかも王家とつながりがあると言うことを、匂わせておくことで、身分が高いことを理由に、その高慢な態度を大目にみてもらえるだろうという、マーガレットの思惑があった。
「そのような立場にあるアンヌの結婚式を、盛大に催すとなると、誰をお招きするかということになるでしょう。・・・でも、まさか、海の向こうの国王陛下を、お招きするということはできないでしょうし」
マーガレットのこの一言は、痛烈に効いた。
ジャクリーンもシーラも、国王と縁戚関係にある者の、陰口を言う度胸はなかった。
じっと、マーガレットが話す姿を眼で追いながら、守ってくださっているのだと、わたくしのことを必死で守ろうとしてくださっているのだと、アンヌは、胸が熱くなった。
「それで・・・、その、秘密にしておいた結婚を、何故、こうやって、公にすることにしたのかしら?」
「そうね、公表を控えていたのなら、逆に、もうしばらく、黙ったままの方が良かったんじゃないかしら?」
それは、最もな質問だった。
「ふたりの言う通り、私も、もうしばらく、公表は控えたかったの。私が、これなら、モーガン家の、ランドルフの妻に相応しいと、納得し、判断し、みなさまに紹介できるようになるまで、内密にしておくつもりでした。けれども、そうできない事情ができたの」
「それは?」
マーガレットは、ジャクリーンのその質問には答えずに、ジャクリーンの視線を、アンヌに促した。
当初、何のことかわからずに、じっと、アンヌを眺めていたジャクリーンだったが、そうと気づくと、ああ、と声を上げた。
「あなた、赤ちゃんが・・・」
「ああ、そういうこと・・・」
ジャクリーンもシーラも、納得の声を上げた。
「アンヌが、モーガン家に慣れて、もう少し社交界の方々を敬うということができるようになり、結婚をみなさまにきちんと報告してから、子どもの事は考えるべきだと言い聞かせていたのです。それまでは、自重するようにと、ふたりには言い含めていたのです。ですが・・・、新婚のふたりには、難しかったようね」
マーガレットの咎めるような視線が、若い二人には少々痛かった。
「その点については、反省しているよ。アンヌに責任はない。僕が軽率だった」
ランドルフは、妻を庇った。
「そう、それは、あなたが、反省すべきですよ、ランディ。でも・・・、この家に新しい命が誕生することは、決して悪いことではありません」
マーガレットの抑えきれない喜びが、その声には滲み出ていた。
「ジャクリーン、もちろんこれから、私に色々と教えてくれるでしょう。あなたはもう三人の孫を持つ、おばあ様ですものね。昨今の育児方針については、詳しいはずよ。確かに、私には、ランディという息子がいますけど、育てたのは、随分と昔の事だから、忘れてしまっていることも多いと思うの。ぜひ、お力を貸してね」
「ええ・・・、それは、もちろん」
「シーラ、確かあなたにも、来年早々に、初孫が生まれるのでしょう。私たちの孫は、生まれる前から、もうお友達がいるなんて、なんて素晴らしいんでしょう」
「そ、その通りね。本当に・・・、素晴らしいことだと、思うわ」
そう答えつつ、ジャクリーンとシーラは、顔を見合わせた。
何やら押しつけがましさのある、そのマーガレットの言葉に、ふたりとも、戸惑うばかりだった。
そうして、
「今日、何よりも、あなた方に、言っておきたいのは・・・」
と、前置きをする、マーガレットは、微笑みつつ、けれども、その瞳の奥には、友人たちには、めったに見せることのない威圧的な光を含んでいた。
「今日、何よりも、あなた方に言っておきたいのは、まさかとは思いますが、アンヌのような若い娘を、本気で追い詰めるつもりはないでしょうね?確かに、私も、アンヌの未熟な点は認めますし、それについては、これから私が、じっくり教えていきたいと思います。でも、もし、アンヌが、社交界で肩身の狭い思いをするようなことがあるなら、私も・・・、ベアトリス・アンダーソンも、黙ってはいないでしょうねえ。・・・私、大切な友人を失いたくないわ」
不敵に微笑む、マーガレットだった。
ジャクリーンもシーラも、アウラで絶大な権力を持つ、モーガン家、そしてアンダーソン家に敵対して、社交界で生き残ることができるとは思わなかった。
ある意味、直接、喉に直接、刃物をつきつけられるよりも、恐ろしいように思えた。
「も、もちろんよ・・・。私たち、あなたのお家にお嫁に来た人を、ないがしろになんてしないわ。ねえ、シーラ」
「ジャクリーンの言う通りよ。私たち、ミス・クレマンじゃなくて・・・、お若いモーガン夫人と、仲良くなれるのを・・・、楽しみにしているわ・・・、本当に、心から」
ストーブを焚く部屋の中は、ちょうど適温だったが、ふたりの額には、じっとりと汗が滲んでいた。
「そう、それなら、よかったわ。そう聞いて、ようやく私も安心しました」
ほほほ、と大袈裟に声を上げて、満足げに笑うマーガレットだった。
そうして、人並外れてお喋りな二人にこうして話しておけば、来週中には、この一件を知らぬ者は、社交界にはいないだろうと、マーガレットは予想した。
「さあ、アンヌ、みなさまに、ご挨拶なさい。それとも、何か、言いたいことがあって?」
アンヌを促すマーガレットは、完璧と自負する今日の首尾の感想を、アンヌに尋ねてみたくなった。
その場に集う一同、この場で、これまで黙ってマーガレットの話に耳を傾けていた、高慢で気位の高い娘は何と答えるだろうと、一斉にアンヌに視線を向けた。
アンヌは、ひととき、その濃緑の瞳で、マーガレットを見つめた後、
「いいえ・・・、全て、お母様の仰る通りだと思います」
そう答えた。