産経新聞 朝刊 06517
「『靖国』対中提言 西に軍配」
岡崎久彦 元駐タイ大使

  時を同じくして、東京の経済同友会と関西経済同友会が、靖国問題など、
対中、対韓外交について提言を出した。

  東京の提言は「しかし、『不戦の誓い』をする場として、政教分離の問題を
含めて、靖国問題が適切か否か、日本国民の間にもコンセンサスは得られ
ていないものと思われる。総理の靖国参拝の再考が求められると共に、
総理の思いを国民と共に分かち合うべく、戦争による犠牲者すべてを慰霊し、
不戦の誓いを行う追悼碑を国として建立することを要請したい」と言っている。

  関西経済同友会は言っている。「いわゆる歴史認識問題は、古今東西、
地球上に数多(あまた)存在する普通の事象であり、過度に拘泥する必要は
ないと思われる」「中国や韓国の政権が、反日感情を体制維持のために
利用して・・・いるように映る現状について・・・毅然とした態度で臨み、
正しい相互理解促進の観点から、修正・謝罪・透明化を率直に求める」
「中国の覇権主義を思わせる現状と韓国の北朝鮮迎合的な傾向に対しては
両国のより良き関係構築の観点から、政府・議員・官僚はより毅然とした態度で
外交交渉に臨むことが肝要である。経済人もまた然るべく民間交流に
努めるべきである」
  靖国参拝については、「注」として、一九八五年の中曽根康弘首相参拝まで、
中国はA級戦犯合祀や、総理の靖国参拝などを問題視しなかった事実を挙げて、
「これらの事実から判断して、中国の参拝批判は政治的に途中から作り出された
外交の交渉カードと考えるのが自然である」と書いている。

  文章の品格、国際情勢の読みの深さ、いずれが優っているか、一読すれば
自明であり、これ以上喋喋(ちょうちょう)する必要はない。
  とくに政策提言はその前提として情勢判断が不可欠であるが、
関西の情勢判断は事実に即して適確犀利(さいり)であるのに較べて、
東京の提言で情勢認識らしきものと言えば、「首脳レベルでの交流を早急に実現する上で
大きな障害となっているのは、総理の靖国参拝問題である」のくだりである。
  これは、総理はいつでも会うと言い、先方が一方的な注文をつけている事実を
述べただけでその背後の情勢判断は皆無である。そして総理が中国の
内政干渉を受け入れた場合、その後の日本の利害得失の分析にまったく
欠けている。
  せめて経済面でこれだけの損害を受けているという分析でもあれば、商利を
国益に優先させているという批判はあっても、経済団体の提言としては、
まだしもであるが、ただ首脳会談を実現させるためだけの提言というのは、
無意味というか素っ頓狂としか言いようがない。

  中国の経済関係といえば伝統的に関西のほうが遥に深い。その関西が
示している節度と較べて東京の態度はよそながら恥ずかしくて見ていられない。
  私は経済同友会に知己は多いが、幸いにして今回の提言の背景については
全く知らない。だから、個人の顔を思い浮かべずにはっきり物が言える。
  このような素っ頓狂な提言を、しかも、経済の緊急な必要があるわけでもない、
高度に政治的問題について、反対意見があるのに強引に多数決で通したのは
どういうことなのか、訝(いぶか)しさを禁じ得ない。

  背後関係については知る由もなく、また、この種の情報は決して表にでることは
ないが、誰しも考えるのは、関係者に対する中国による利益誘導か、
あるいは脅迫である。
  最低の線として、今回の提言を推進した人間は中国に対して今後良い顔が
出来ることになるのは間違いない。また、対日工作をしている中国側担当者が
あったとすれば、大手柄であろう。惜しむらくは、関西経済同友会まで手が
回らなかったことであろう。もし、東西同時に経済界が靖国参拝反対の狼煙
(のろし)を上げていたらと思うと慄然(りつぜん)とする。

  地方健在なりとの感がある。江戸時代以来、日本は地方に確固たるインテ
レクチュアルな中心があり、独自の見解を示して来た。今回については関西の
見識が東京に優っていることは歴然としている。こんな粗雑な素っ頓狂な
提案で日本を動かせると思うのは、東京の思い上がりである。




関西経済同友会
http://www.kansaidoyukai.or.jp/teigen-iken/2000/0604chousarekishi/0604chousahyoushi.html
提言本文(PDF
http://www.kansaidoyukai.or.jp/teigen-iken/2000/0604chousarekishi/0604chousateigenhonbun.pdf

経済同友会
http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2006/060509a.html
提言本文(PDF
http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2006/pdf/060509.pdf




:
経緯
「首相の靖国参拝再考を」 経済同友会が提言
2006
59日 朝日

首相の靖国参拝に反対、経済同友会が提言
2006
59日 読売

「商売とは別」首相が反発 経済同友会の日中関係提言
2006
59日 朝日

経済同友会の靖国自粛提言に批判相次ぐ 首相も不快感
2006
510日 産経

北城経済同友会代表、靖国神社参拝自粛提言で首相に謝罪
2006
517日 日経