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2002年2月22日
 刑法犯認知全国1位の大阪 「不良債権」の清算で急増
鈴木龍一(大阪社会部) 


 ◇やめた数字のマジック

 大阪の昨年の刑法犯の認知件数が前年より約7万5000件も増え、東京の約29万件を一気に抜いて32万7262件、全国トップになった。全国ワースト1は殺人、路上強盗、非侵入盗、ひったくり(26年連続)、自動車盗(19年連続)、部品盗、重要窃盗、知能犯の発生――と8項目を数える。犯罪発生率(人口10万人当たりの認知件数)も約3700件で福岡を追い越し最悪に。特に、車上狙いの犯罪発生率は725件で、ニューヨーク市を上回った。この数字を見て「大阪は怖い」に異論を唱える人は少ないだろう。しかし、私は、急増の背景の一つは、“統計上隠れた犯罪”を表面化させ「警察の不良債権」を清算したことにあると考えている。

 「警察改革の一つとして、犯罪統計のあり方を見直したいが、認知件数の増加に伴う検挙率の低下について非難を浴びるだろう。日本の安全神話が崩れ、社会不安も起こすかもしれない。どうしたものだろうか?」

 被害相談の対応の遅れが事件を拡大させた埼玉県桶川市の女子大生刺殺事件の後の00年春、私は警察庁に勤めるある知り合いから、悩みを打ち明けられた。

 犯罪の「認知」とは、告訴・告発、110番通報などによるもので、全体の8割が被害関係者からの被害届。これらを「発生原票」というものに記載すると犯罪統計で認知に計上される。ところが、これまでは警察署で被害届を受理しても、すべてを発生原票に記したわけではなかった。書き込むかどうか、警察官の判断が介入したのだ。

 申告内容が不確か、被害が判然としない――など理由はさまざま。中には、正当な理由とは受け取れないものも交じるようになっていた。

 関西のある警察署の刑事課長からこんな話を聞いた。新米だったその刑事課長は、これまでのやり方を変えて被害届をなるべく忠実に発生原票に記した。

 ある日署長に呼びつけられ、その理由を尋ねられた。「管内の犯罪状況を客観的に把握するため警察官の恣意(しい)性を排除しました」と答えると、署長はこう怒ったという。「署の検挙率を下げるつもりか。君には警察幹部としての管理能力がない」。検挙率至上主義がはびこってきた証拠だ。

 桶川事件でその一端が露呈した後、各地で被害届を警察官の机やロッカーなどに放置していたなどの実態が明らかになった。警察庁は、警察改革要綱の中で「警察行政の透明化」などを指示した。

 従来の統計は、捜査側の都合に合わせたものだったのだ。

 大阪府警の内部文書によると、警察改革要綱が発表された翌月の00年9月、刑事部長名で「犯罪として問えるものはすべて受理し、犯罪統計に上げること」との通達を出した。そして明らかにその月から刑法犯認知件数が増加した。

 年間ベースで比較できるようになったのは、01年が最初の年。前年に比べ、大阪府警分だけでも四国4県分以上に相当する数が増えた。車上狙い約6万4000件(41%増)▽部品盗約2万1000件(約52%増)▽器物損壊約1万5000件(約240%増)――が増加の主要因で、ほとんどが被害届による認知。従来のやり方では、計上されないものを多く含んでいた。府警幹部はこの差を、警察の「不良債権」と呼んだ。

 全国の都道府県警察は同様の作業をしているのか。前年比増加率は、富山(同47%)をトップに大阪など6府県が30%以上。10%を超す「激増地域」は計23府県だった。残る24都道県はひとケタの伸びか減少で、東京は微増。改革提言前の98〜99年の全国の平均増加率が約6%だったので、これまで通りの変動だったと言える。警察改革の足並みが乱れていると感じるのは私だけだろうか。

 もちろん、大阪府警にとってはこれらが言い訳にはならない。

 しかし府警は、新設の街頭犯罪対策本部のトップに警視正を充て、路上強盗に多用される金属バットの携帯を禁じた「安全なまちづくり府条例」を府と協力して策定中。淀川署では、繁華街の駐車違反取り締まり強化で刑法犯を2割も減らすなど、従来の組織を効果的に活用する工夫もみられる。

 実情に即した「姿」が見えればこそ、対策も練ることができたのだ。

 「不良債権」が表面化することを恐れていては、犯罪対策の遅れという結果を生み出す。犯罪を数字のマジックで抑えることより、一件でも多くの検挙こそ市民のためだ。そのために必要なら「重要犯罪解決率」などの新たな指針を示してはどうだろう。

 メールアドレス kishanome@mbx.mainichi.co.jp

(毎日新聞2002年2月22日東京朝刊から)


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