8月1日。健診グループは昨日とは別のハウドゥック村というカンボジア国境の村に出かけていった。今日はリハビリテーション指導グループの様子を伝えることにする。会場は平和村。平和村というのはベトナム全土に11箇所あってドイツの財団の寄付をもとに設立された。目的はベトナム戦争で散布された枯葉剤による被害児の救済のために生活の場とリハビリテーションの場を提供することにある。しかし場所によって性格は様々だ。ここタイニン省の平和村は1993年に設立され、入所・通所のリハビリテーションを行ってきた。対象は枯葉剤被害児に限らず障害を持った子どもたち全般に対して門戸を開いている。省内には、ここ以外にリハビリテーションをおこなえる施設がまったく存在しないからそれも当然だ。最近は成人障害者へと対象を広げてきており、名称も今年からタイニン省リハビリテーション病院にかわった。この病院に医師とリハビリテーションスタッフはあわせて9名、かかえる人口は100万人以上。平和村だけではいくら頑張ったところですべてに対応することは不可能だ。日々求められる要求に対応する為には地域に住む、熱意があって少しだけ医療に詳しい人々を多数募集して、リハビリテーション技術と生活指導の方法を教育し、その人たちに直接の障害児者への対応を任せるということになる。この実際の担い手のことをCBRワーカーと呼び、こうした制度のことをCBRと呼ぶ(本来CBRは地域の人々の力に依拠した生活改善全体を含めたシステムであるが、ここでは医療に限定して使わせていただいている)。平和村スタッフの役割はワーカーたちを指導すること、そしてワーカーたちの手に負えない障害に直接対応する、この二点にある。
この日の夜は平和村スタッフを招いて歓迎の夕べが催された。なぜ訪問している私たちが歓迎会を主催するのか?これこそベトナム流、前夜はベトナム側が私たちを招いてくれた。要するに順番に招きあうのが習慣なのだ。ハーブと香辛料のほどよく利いたベトナム料理とバーバーバー(ベトナムを代表するビールの銘柄)。酔いが回るのも早い。宴もたけなわのころ、わがNPOホーチミン駐在員西村さんが苦労してベトナム語訳された「山賊の歌」を西村さんのリードで高齢者チームが合唱。それを受けて若者チームはテンポよく「世界でたったひとつの花」を。ベトナム側もスタッフ、通訳合同でベトナムの歌を披露してくれる。言葉の壁を忘れさせてくれるひとときだ。